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ACT.02/出逢い


 †

 

 息苦しい――。顔にすっぽりと麻袋を被せられたため、呼吸がままならない。さらに、視界も悪い。目閉じていても開いていても、広がるのは真っ黒な世界だけだ。厳密に言えば、編まれた麻の隙間から光が入っては来るが、心境的にはとてもそれを楽しむ余裕はない。


 身動きが取れない――。両手は後ろに回された状態で、何重にも縛り上げられている。下手人が加減なく、あらんかぎりの力を籠めて縄を結んだため、ほどける気配はまったくと言っていいほどない。指先を動かすこともできない――というか、締め付けが強すぎるために、肘から先の感覚が、先ほどからずっとなかった。血がうまいこと通わなくなっているのだ。


 足も同様だった。足首の部分を縄で縛られているため、ろくに動かせない。膝を曲げることはなんとかできなくもないが、曲げたところで何か障害物にぶつかるため、あまり意味は無い。


 そうした状態で、俺は、芋虫のように横倒しになっている。


 狭い。なんとか寝返りを打とうとしても、充分なスペースがない。


 馬車の荷台に放り込まれて、荷物と荷物の間の、わずかひとひとりが横になれるギリギリの空間に押し込まれているような状態だった。



 俺は、『拉致』されていた。



 先ほど、俺を襲ったやつらは盗賊団のようだった。


 縛り上げ、袋を頭にかぶせ、乗っていた馬車で身柄を攫う。その手際は良く、こういったことを生業にしているのだということはすぐにわかった。


 少なくとも、目的は殺しではなかった。

 それと、リリィはこの馬車に乗せられていない。

 この二点は、不幸中の幸いと言えるだろう。


 舗装されていない道を馬車が進むのを、震動で感じる。荷台の傾きやその揺れの大きさから、おそらく山道へとはいったのだろうと判断する。


 しかし、最悪だった――。


 被せられた麻袋の中は、自らの呼気により非常に呼吸がしにくい。さらに、無理のある体勢。ただでさえ気分は最悪といっていい。そこに加えて、この激しい揺れ。荷物が頭にぶつかって痛みを感じるが――それ以上に、馬車酔いが切実な問題だった。


 この状況で嘔吐などしようものなら、それは地獄以外の何物でもない。麻袋の中で吐瀉物から逃げられるはずもなく、最悪の場合、窒息して死ぬこともあるだろう。


 だから、それだけは避けなくてはならない。


 しかし、避けようとしてどうにかなるものでもない。俺に出来ることは、喉の奥からせりあがってくる酸っぱい物を口から出さないよう、ただただ耐え忍ぶことだけだった。



 永遠にも思えるほど長い時間の末――ようやく、馬車が停まった。



 目的地に到着したらしい。


 男たちの怒声が麻袋越しに聞こえる。どうやら、馬車の荷台の幌が開けられたようだった。


 俺の身柄を攫った盗賊の一人が、声をかけてきた。


「立て」


 無茶を言うな。


 猫の額ほどのスペースしかなく、麻袋を被せられ、後ろ手に拘束され、脚も縛られ、数時間も馬車で転がした直後の人間に何を言っているんだお前はと文句を言いたくもなったが、あいにく、そんな元気はなかった。


 男は、舌打ちをしてから、ぐったりとしている俺の身体を、ひきずるようにして馬車から出した。


「〈豚喰い〉。運べ」男が命令する。

「わかったよ、頭領(カシラ)ァ」


 ぐい――と。身体が持ち上がる。


 どうやら、〈豚喰い〉と呼ばれた男が、俺を担いだらしい。その力強さや、持ち上げられた高さから、こいつが、相当の大男であることがわかった。


 リーダー格らしき男と、〈豚喰い〉。それから、五つの足音。


 計七人が歩き出す。


 向かう先は、おそらく、この盗賊団のアジトだろう。


 ほどなくして、足音が反響し始めた。麻袋越しの光が弱くなる。洞窟に入ったのだ。

 七人の足音が重なり、響き渡る。かなり五月蠅い。視覚が制限されている分、聴覚が鋭敏になっているのだ。〈豚喰い〉も俺を荷物のように雑に運ぶののもあいまって、馬車良いで気持ち悪くなった俺は、いよいよ吐きそうになる。


「じゃあ、そいつをしまっとけ」頭領が言った。

「あいよ」


 足音がひとつになる。〈豚喰い〉以外の男たちは、アジトの何処かへ解散したようだ。


 そのまましばらく運ばれたが、ややあって、俺を担いだ〈豚喰い〉が、脚を止める。


 そして、乱暴に、俺を放り投げた。


「――がッ」


 息が漏れる。洞窟の床に投げ捨てられたのだ。ろくに受け身も取れず、肺の中の空気を吐き出す。

 錆びついた扉か何かを閉める音。そのあとに、大男の足音が、そのまま遠ざかる。


 足音は、そのまま、遠くの方へ消えて行った。


 しばらく耳を澄ます。近くには、誰もいなくなったようだった。

 おそらく、ここが、盗賊たちのアジトの中の、誘拐した人間を監禁しておくための場所、ということだろう。


 見張りの気配もない。完全に捕えたと思って油断しているだろうか。


 だとすれば好都合だった。大人しく捕まったままでいる気は毛頭ない。なんとかして奴らの虚を突き、逃げ出し、生きて帰らなくてはならない。


 しかし――この麻袋が邪魔だった。


 視界がなくなり、周囲の環境がほとんど把握できていない。音や気配の大まかなことしかわからないのだ。


 これは、まずい。


 脱出するにせよなんにせよ、まずはこの麻袋を外さなければお話にならない。


 しかし、両腕が後ろに拘束されて、手が使えない状況で、自分の頭に覆い被せられた袋を取り外すのは、至難の業だった。


「くっ……くききき……!」


 唸り声をあげながら、首をひねる。右に回し、左に回す。取れない。

 床にこすりつけるようにして、顔を上下に動かし、摩擦で脱ごうとする。取れない。


 顎と肩で麻袋を挟むようにして、外そうと試みる。取れない。

 取れない。取れない。取れる気配がない。


 これは……まずいのでは……?


 俺は、焦りからか全身をぐねぐねと動かし、丘に打ち上げられた魚のように跳ねてみせた。半ば自棄である。騒いだら盗賊たちがこっちの様子を見に来るかもしれない。やめておこう。俺は落ち着いた。


 その時――俺の耳が、何か動く音を拾った。


 一瞬、見張りか誰かがいたのかと慌てたが、どうやら違う。距離が『近い』。


「止まってください。動かないで」


 目の前から、少女の声が聞こえた。透き通った、落ち着いた声色だった。


 驚き。そして、不可解に思いながらも、俺は、言われたとおりに身体の動きを止める。


 誰かが、近づいてくる。


 ぐい、と。頭にかぶせられた麻袋が引っ張られる。

 そのまま、すぽんと脱げた。


 ――久しぶりの、外気。


 思い切り息を吸いたくなった俺は、しかし息を止める。

 理由は簡単で、当たり前のことであるが、つまり、俺の麻袋を取ってくれた人が、すぐ目の前にいたからだ。


 一番最初に、目に飛び込んできたのは、その両の瞳。

 晴れた日の海のように青く、宝石のように輝く二つの眼。


 長い睫。白い肌に、すっと通った鼻筋と瑞々しい唇。

 蠱惑的でありながら、どこかあどけなさを残した顔立ち。


 至近距離で目の前に現れた少女の顔を見た俺は――そんな事態ではないことは重々承知しているにも関わらず――そのあまりの美しさに、しばらく思わず我を忘れて見惚れてしまっていた。



 呆け――。



 盗賊に身柄を誘拐され、あわや命が危機的状況にあるというにも関わらず、俺は、目の前の少女を見て――ほんの数秒ではあるが――ぽかんと口を開けたまま見惚れてしまっていた。


 その美しい顔から強引に視線を外し、彼女の全身を視界に収める。


 異様な格好だった。


 目の前の少女は、ほとんど下着姿のような服を身に纏っていた。いや、「纏っている」と表現するのが適切かどうかはわからない。極少の布面積は、本当にぎりぎりの部分しか覆えていないからだ。


 必然――甜瓜(メロン)ほどもあろうかという巨大な乳房は零れ落ちそうになってしまっているし、くびれた鼠蹊部や肉感的な太腿も、ほぼ全てが露わになってしまっている。


 どこに視線を向ければいいのかわからず、視線を彷徨わせていた俺は、彼女の頭と背中に特徴的な部分を見つけた。


 少女の頭には、『角』が二本生えていたのだ。羊のようにくるりと湾曲した、漆黒の角。

 そして、背中には大きな、蝙蝠のような羽が生えていた。


 少女は――、人間ではなかった。


淫魔(サキュバス)か――」

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