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ACT.01/グランドハイヴ家の才悩人


 例えば信じてくれよ こっちはなおさら疑うさ

 それより触ってくれよ 影すら溶けていく世界で 影じゃない僕の形を

                ――BUMP OF CHICKEN『太陽』より



挿絵(By みてみん)

(Illustration/Owozora様)    



『使い魔は影より来たる -Familiars Come From The Shadows-』



◆Chapter1.グランドハイヴ家追放


 

 †


 訓練用の木剣を振るう。

 剣先が空気を斬る音が響く。


 縦、横、袈裟、逆袈裟――。何度も何度も繰り返し、身体に染み込ませた型を行う。その際に、意識するのは身体の「動き」だ。


 素振りは、決められた動作を、ただ漫然と繰り返せばいいというものではない。その動作をする際の自分の身体の「動き」を意識し続けなければ、意味がないのである。


「剣の道の第一歩は、自分の身体を、完全に自分の物にすることだ」


 俺に剣を教えてくれた、師匠の言葉だ。八年間の修行の末、なんとなく、その言葉の意味することは掴めてきた――気がする。「なんとなく」という実感しかないということは、つまり、俺がまだ、剣の道の第一歩すら踏みだせていないということなのだが――。


 剣の型を一通りこなしたころには、既に身体は汗だくになっていた。


 休憩。俺は、シャツを脱いで汗を絞る。おびただしい量の汗が流れた。

 風が、木々を揺らす。


 いま居る場所は、グランドハイヴ家の屋敷から、二キロほど離れた雑木林である――とはいえ、広大なこの家の、敷地中ではあるのだが。


 剣の修行をするだけならば、別に、ここまで離れなくてもいいのだが、鍛えたいのは身体と剣の技能だけではない。〈契約者〉としての感覚を磨くには、自然の中に身を置くのが一番効果的であるとされている。


 ゆえに、ここで修行をするのが、俺の日課だった。

 汗をかいた身体に、風が心地よい。

 ふと、木立ちの陰に、何者かが動くのを、目の端に捉える。


「リリィ?」


 俺の呼びかけに、がさりと茂みがゆれる。ややって、そこにいた少女が姿を現した。


「むう……、すぐに気付いてしまわれるのですね……。せっかくお兄様をびっくりさせようとしましたのに」


 俺の腹違いの妹である、リリィ・グランドハイヴだった。若草色のドレスに身を包み、不満げに頬を膨らませている。


 リリィは、こちらに駆け寄ってくる。その小脇に、バスケットを抱えていた。


「もしかして、差し入れを持ってきてくれたの?」


 俺の問いかけに、リリィが頷く。編み込まれた亜麻色の髪が、頭の動きに合わせて揺れた。


「そうですわ。お兄様は放っておくと、ずぅっと修行をし続けるんですもの。しっかり食べて、英気を養っていただかなくては」

「ありがとう。助かるよ」


 リリィはまだ十四歳であるにも関わらず、非常にしっかりとしている。ころころと変わる表情は、とても愛くるしい。自慢の妹である。

 リリィが持ってきてくれたバスケットを開く。中には、サンドイッチが入っていた。


「あとで食べてくださいね」

「うん」

「それと、お兄様……」

「ん? なに?」


 訊きかえすも、リリィは視線を逸らす。

 珍しく歯切れが悪い。彼女はすこしの間、そうやってもじもじとしていたが、やがて、意を決したように小さな箱を差し出す。


「これは?」

「今日は、お兄様の、十八歳の誕生日でしょう」

「あー、そっか……」

「だから、これは、その、プレゼントです」

「ありがとう、リリィ。嬉しいよ」


 箱を受取る。手の平の上に乗るほどの大きさで、重さもさほどない。

 お礼を言うと、リリィはふふーんと胸を張ってみせた。


「開けてもいい?」

「もちろんですわ。開けてみてください」


 箱を開ける。中に入っていたのは、銀のネックレスだった。指の先ほどの大きさで、翼をモチーフにした造形。羽の一枚一枚が丁寧に彫刻されていて、細かい細工が手がけた職人の業を感じさせる。


「すごいな……綺麗だ」

「お兄様に似合いそうなものを注文しましたの。着けてみてくださいな」


 銀翼のネックレスを首から下げる。細身の鎖が、しゃらんと微かな音を鳴らした。


「お似合いですわお兄様」リリィが朗らかに笑う。

「ありがとう、リリィ。大事にするよ」

「大事にしてくださいな。起きるときも寝る時も常に肌身離さず身に着け、朝と晩にはそれを私だと思って口づけを――」

「それはちょっと重くない?」


 再び、風が吹いた。リリィは、帽子が飛ばされないよう、上から抑える。


「それにしても、ここ最近お兄様は修行ばかりしています」

「そうかな……いつも通りじゃない?」

「いつもそうですけど、最近はより一層……なんというか、鬼気迫る感じで」

「まあ、そうだね……今年で俺も十八だし、〈アガリアレプト〉との契約も、いい加減成功させないとだから――」


 魔族。


 この世界とは異なる世界――〈影界(えいかい)〉に存在する、異世界の住人だ。

 彼らと『契約』を行うことで、その力を借り受け、操ることが出来る人間を〈契約者〉と呼ぶ。

 グランドハイヴ家は、代々優秀な〈契約者〉を輩出してきた、杯架(はいか)貴族と呼ばれる名家だ。

 俺の父も、その父も、そのまた父も、代々強力な魔族であるサタナキアとの契約を結び、この皇国に貢献してきた。


 だが、俺は――。

 十八歳という年齢になりながら、いまだに契約を結べずにいる。


「そう、ですね。私も、お兄様を応援しておりますし、契約できると信じております」

「ありがとう」

「ですが――」リリィが帽子を目深にかぶりなおす。「――契約の如何にかかわらず、私は、お兄様のことをお慕いしております。それだけは、忘れないでください」

「…………」

「し、失礼いたします。先にお屋敷に戻っていますので。サンドイッチ、食べてくださいませ」


 そそくさと戻っていくリリィ。俺は、その後ろ姿をしばらく見送った後、ふたたび修行を再開した。

 



 剣の修行に続き、体術の型を一通りこなすと、太陽が既に傾き始めていた。

 俺は、空になったバスケットを片手に、屋敷への道を歩いていく。


 舗装された道の左右が、木立のようになっている。


 グランドハイヴの敷地は、そのうちのおよそ七割を森が占めているほど、自然が豊かだ。で、あるにも関わらず、荒れている様子がなく、木々の枝も揃っており、綺麗に整っているのは、ひとえに雇っている庭師たちのたゆまぬ努力の結晶としか言いようがない。


 屋敷への道の先から、一台の馬車が走ってくるのが見えた。

 広大な敷地を持つグランドハイヴ家である。当然ここも、領地内にあたるわけではあるのだが、当然、商人や荷物を運んでくる業者など、部外者が入ってくることもある。


 だが――、


 今日は、誰か来る予定があっただろうか。

 それに、あの馬車は見たことがない。


 予定にない来客。

 見覚えのない馬車。


 僅かに警戒心を抱く。


 近づいてくる馬車を確認する。


 二頭立ての、白い幌の馬車。乗合というより、商人が使うような、後ろの荷台に荷物を詰めるようなタイプのつくりをしている。


 馬車が、徐々に速度を落とす。

 業者席の男が手を挙げた――その顔も、見覚えはない。


 荷台から、ふたりの男が姿を現した。


 その手に、曲刀を携えている――。


 どう見ても、堅気ではなさそうだった。


 曲者――。


 刃物を持った二人が、こちらに歩み寄る。

 どちらも、暴力の臭いをまったく隠さない。その凶暴性で俺を威嚇しようとしているかのように。


 目的は、俺の、命か身柄か。


 どちらにせよ、簡単にくれてやるつもりはない。

 俺は、訓練用の木剣を構える。


 男たちも、剣を構えた。

 間合いまで、あと数歩といったところで――、


「おいおいおい、待て待て待て」


 荷台から、陽気な声がした。


「抵抗されると面倒なんだよ。なぁ、兄ちゃん――。その武器、捨ててくれねぇか?」


 そんな軽口を叩きながら、新たな男が姿を現す。その態度から、奴がこの荒くれ者たちのリーダー格と見て間違いだろう。


 筋肉資質の、がっしりとした身体。伸ばされた無精髭。頬に着いた創が特徴的な男だった。年齢は、三十代の半ば、といったところだろうか。


 だが、俺が目を奪われたのは、その男が羽交い絞めにしている――、


「リリィ!」


 思わず叫んだ。

 先ほど家に帰っていたはずのリリィが、男の手に囚われている。


 走って駆け寄ろうした俺を、リーダーの男が牽制する。


「待てって、止まれよ」片手に持ったナイフを、リリィの首に突き付ける。「可愛い妹のピンチに慌てる気持ちはわかるが、クールになれよ。そんな風に近づかれたら、びっくりして俺の手が滑っちまうかもしれねえだろ」

「ぐっ……」


 俺は、その場に縫いとめられたように立ち止まる。


「なぁ、その木の棒、捨ててくれよ。そんで跪け。俺達、怪我とかしたくねえんだ。楽して攫わせてくれよ。そうすれば、この子は開放してやるから、さ」


 ひひひ、と下卑た笑いを上げる男。軽薄という言葉を体現したかのような表情。

 到底信じることなどできはしない言葉だ。


 だが――それでも、俺に、男の指示に従う以外の選択肢は――ない。

 リリィが傷つけられることだけは、あってはならないのだから。


「お兄様……」顔を青くし、震えながらリリィが言った。




「お兄様、剣を捨ててはなりません」




「――は?」


 後ろの男が、虚を突かれたような顔をする。

 それを無視するように、リリィが声をあげる。その声は、しっかりとしていて、まったく震えてはいなかった。


「剣を捨てたところで、私が助かる保証はありません。むしろ、殺される可能性の方が高いでしょう。ですが、ここでお兄様が戦えば、私が死んでも侵入者たちは確実に倒すことができます。ひとりをとるか、ふたりとも死ぬか――です。考えるまでもありません」


「おいおい」男が呆れたような声を出す。「それだとお嬢ちゃんが確実に死ぬぜ? 強がりはよせよ」

「黙りなさい。慮外者」リリィが、男を睨みつける。「私はグランドハイヴ家の人間です。『覚悟』はできています。私がここで死んでも、お兄様があなた達を打ち果たし、お父様があなた達の仲間を探しだし打ち滅ぼします。喧嘩を売る相手を間違えたことを後悔しなさい」


 リリィの言葉を聞いた男が、引き攣った笑い声をあげる。


「いやぁ、すごいなぁ……ひひっ、君くらいの年齢でさぁ、そんな科白言える奴いないぜ?」


 男の表情が、急に真顔になった。


「――でも軽いんだよなぁ、言葉が。『覚悟』が出来てるっていってもさぁ、ぬくぬくと金持ちの家で育ってさぁ……、なんの苦労もしたことがない奴の言葉なんだよ。お前、泥の味とか知らないだろ?」男が、ナイフをリリィの目に近づける。「その綺麗なお目目をかたっぽくりぬいた後で、同じ科白を吐けるかどうか、賭けをしないか?」


 言うや否や、男はナイフを振りかぶり――。


「やめろッ!」


 俺が叫んだ。


 男の動きが止まる。


 俺は、


「やめろ、やめてくれ……」


 俺は――、


 俺は、手にした木剣を、地面に投げ出した。


「お兄様……」リリィのか細い声が聞こえる。


 俺は、地面に両膝を突き、両手を耳の高さにまで挙げる。


「いい兄貴を持ったな、お嬢ちゃん」リーダー格の男が言った。


 彼が合図をすると、手下の一人が鞘の付いたままの曲刀を、俺の頭へ勢いよく叩きつけた。

 ゴッ――、という鈍い音と共に、俺の身体は前のめりに倒れ込んだ。

 


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