それは夏の悪戯
藤真の背は高い。
そして藤間の髪は少し茶色い。
そしてサラサラと風になびく様が爽やかすぎる。
だから、人波の中でも見つけやすい。
授業中の窓から眺めるグラウンドに、練習中のコートに。ついついその髪を目で追ってしまうせいで、まったく別人と分かっていても、似た髪色や髪質まで反応してしまうほど。
そして、今日。
夏休みの部活。やって来た体育館で、あたしは思わず固まった。
藤真が坊主になっていた。
「や、スポーツ刈りだし。ふつーに短髪なだけだろ」
「いやいや、これだけ短かったら坊主だろ」
「野球部だったら長いって言われるだろけどなー」
坊主と言われるのを嫌がる藤真に、ここぞとばかりに林と高岡がいじり倒している。
坊主じゃなくて、そうか、スポーツ刈りなのか。こめかみの高さまでサイドと後ろを短く刈り、トップと前髪は少し長めに残している。
でもどうやら柔らかい髪質のせいで、刈った長さ以上に頭皮が透けてしまっているのと、残した髪が重力に負けてぺたんとしてしまっているせいで、かなり短く見えるらしい。つまり坊主に見える。
いや、坊主は別に悪くない。藤真も全然悪くない。
あたしが勝手に藤真のサラサラ茶髪を藤真の代名詞にしていただけだ。風に揺れて襟足がのぞくのが好きだっただけだ。さらっとかき上げたときに見える額がレアできゅんとしていただけだ。なんだあたし生え際好きだな!
あまりの衝撃に動揺が治まらず、その日の練習は散々だった。
その夜、あたしはベッドの上で自分の気持ちを見つめ直すことにした。
藤真は藤真。顔も好きだし、爽やかオーラも相変わらず健在だ。温度のない落ち着いた声が好き。普段はあんまり変わらない表情が、練習中はコロコロ変わるのが好きだ。あとは・・・あんまりよく知らないけど。あああ、ほんとに藤真のことは全然知らない。
なんせ、見た目から入った恋だから。
このまま、気持ちは冷めていくのだろうか。それはそれでいいかもしれない。だって好き過ぎたから。近づけないのに、仲良くなれないのに、好きだけが勝手に膨らんでしまうから。
藤真の見た目が好きだから、藤真の見た目が変わったら好きじゃなくなるんだろうか。髪が伸びたらまた好きになるんだろうか。
・・・しょーもないなあたし。
情けなくて涙が出て、一晩がっつり落ち込んで、その割にぐっすり眠った翌日。
部活に行くのが、藤真を見るのが怖くて、体育館までの道をのろのろ歩きながらため息をつく。
「ちは」
油断しまくりの背後からかけられた挨拶にビクッとして振り返ると、藤真がいた。
「ちは・・・あれ、帽子珍しいね」
挨拶を返しながら視線を上げて、髪を切った藤間を初めて正面から見ると、珍しくキャップをかぶっていた。髪が短くなったから日差しが辛いんだろうか。
深く考えずに指摘すると、藤真はキャップをちょっとだけ深くかぶり直して口を尖らせた。
「・・・隠してるとかじゃないから」
「へ?」
「坊主じゃないから」
「・・・・・・そっか」
聞いた訳でもないのに勝手に言い訳をして、藤真がぷいっと足早に通り過ぎていく。
坊主って言われるのそんな嫌なのか。そして隠してるのか。部活中はかぶれないから、むしろ隠して来た方が林達にいじられるんじゃないだろうか。
なんて考えながら、体育館の下足スペースで靴を脱ぎ、更衣室に入った瞬間、我慢できずにうずくまった。
なんだそれ!?かわいすぎだろ!!
顔が真っ赤になっているのがわかる。
だめだ、頭が沸騰してとにかく叫びたい。かわいい、藤真かわいい!
バンバンと床を叩いて悶えるあたしに、先に更衣室にいた部員たちの視線が刺さるのも気にする余裕もなく。
この日、再び。あたしは藤真に恋をした。