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はんじゅく。  作者: 叶橘
5/12

青い憂鬱


「終わったぁぁぁぁ・・・」


 夏休みのある一日。

 猛暑日の、さらに熱こもる体育館での部活終わり、一年生という立場から押しつけられがちな後片付けを終え、壁を背にしてぐったりと座り込む。

 練習だけでもクタクタなのに、少しでも藤真のいる男子コートに近付きたいと、モップ掛けまでしたせいだ。もちろん見てるのなんて気付かれないように目線をぼやかし、視界の隅に藤真の姿を常に映しながら。


「でも暑いよ・・・暑すぎるよ」

 体育館の中も暑いけど、開け放った扉の外に見えるアスファルトから揺らめく蜃気楼。

 誰だ。この体育館割り当ての中でも一番暑い真っ昼間を引いたくじ運の悪いバレー部顧問は。練習始めだけチラッと顔を出して、今頃はクーラーのきいた職員室で涼んでる顧問は!!

 小柄でバレーボールは未経験、熱血指導には程遠い国語教師に内心で怒りをぶつけながら、準備を始めたバスケ部に追い立てられるように立ち上がった。



「うひぃ」

 おしゃべりしながらだらだらと着替え、同級生3人と一緒に体育館を出ると、思った通りのむわっとした熱気に思わず情けない声が出る。


「どっか寄ってこーよ」

「アイス食べたいー」

「いいねー。けど練習後のアイスは喉かわかん?」

「あーわかる。なんか飲みたい」

「とりあえず涼しいところ!涼しいとこ行こう!」


 同じようにくったりしながら、涼を求めて最寄りのコンビニに向かう途中、見慣れたTシャツの集団を見つけて思わず足を止めた。


 藤真だ。

 そして、林と高岡の男子バレー部の一年生トリオ。

 ちなみにバレー部のクラブTシャツは、男女で色違いなだけのお揃いデザインがニ種類ある。

 そして残念なことに、藤真の着ているTシャツは、あたしが今着ているTシャツとは違うタイプのものだった。

 二択外した!くそぅ!!


「おー、お疲れ」

 お揃い不発にがっかりするあたしには気付かずに、通りかかったあたし達に気付いた林が、人懐っこい笑顔で手を挙げる。逆の手には氷の文字がどんと書かれたあのプラカップ。

「お疲れ様ー」

「今日も暑かったねぇー」

 みんなに合わせてあたしもお疲れ様を返しながら、再び活躍の周辺視野で林の隣にいる藤真をこっそり捉えながら、準備した笑顔をさりげなく藤真に向けた。


 かき氷のカップを手に、かき氷スプーンを口にくわえたままの藤真が、あたしの視線に気付いて小さくぺこりと会釈をくれる。

 ふっぐ。なんだそれ。めちゃかわええ。

 

「かき氷!そっかそれが正解だわ!」

「おお、なるほど!」

 女子達からあがる感心の声に、思わずポンと手を打つ。この暑さでは確かにアイスより氷だわ。みんなでうなづき合い、自然な流れでかき氷を食べるプランに変更することになった。藤真達と一緒に。

 部活頑張ったご褒美ですか。やっほう!!



 藤真達がいたのは、たこ焼きのテイクアウト専門の屋台っぽいお店で、学校近くという立地も買い食いには最適だ。まぁ平日であれば校則違反なのだけど。

 夏季限定かき氷は粒がない細かいタイプなのも、あたし的には高ポイント。

 お店の前にはベンチがふたつ向かい合わせて置いてある。藤真達が一つのベンチに詰めてくれたので、女子4人でベンチに並んで座った。


 ブルーハワイのかき氷を頼んだあたしは、狭いーと文句を言いながら、狙ったわけでもないのに藤真の真向かいに座ってしまい、え、やばい。足のムダ毛って今どんな状態だっけとさりげなく視線を落とす。

 万が一でも藤真に万全でもない状態を見られて、うわこいつ処理甘いとか思われるわけにはいかないので、かき氷のスプーンを口に運びながら足元に置いた部活バッグをこっそり足の前におしやって隠した。



 男女それぞれでしゃべりながら、時おり混ざる会話の流れで藤真に視線を流す。本日大活躍の周辺視野をフルに使いながら、目が合わないかなと期待したり、合ったら合ったでどうしようとドキドキしながら、いつ見られてもいいように、気合を入れて顔を作る。

 そしてちょっとかわいこぶってかき氷を食べるくらいは許される。と自己弁護しながら、小さめの一口をすくって口に運んだ。甘い。



 あざと食べとかき氷の溶け具合を慎重に見極める。フローズン状になった氷はすくいにくく、そろそろストローで美味しく飲めそうだな、と気を抜いたところで、周辺視野で捉えた藤真の顔に反応して顔を上げる。


 ひゅ、と喉が短い音をたてて、呼吸が止まった。

 ドキッとか通り越してギクッとした。

 思考が止まった。


 平時キリッとした表情をしている藤真が、今もその真っ直ぐな瞳であたしの顔を映している。

 

 一瞬の後、体がぶわりと熱を上げる。

 動きを早める心臓が痛い。混乱した指先が震えて、救い上げたままのかき氷が、ぼとりと膝に落ちた。鈍く感じる冷たさに反射で視線を落とす。

 え、ちょ・・・なんだこれ??

 混乱しながらなんとか顔を上げて藤真の茶色い瞳を見返すと、やっぱりあたしを見たままだ。なにか言おうと口をぱくぱくさせるものの、言葉が出ない。


 その不審な動きで、あたしが気付いたことに気付いた藤真が、こてんと首を傾げた藤真が、人差し指をあたしに向けた。

 ギクッとか通り越してビクッとした。



「なんか唇、青くない?」

「へ?」



 あたしの脳に、遅れて言葉が届いた。


「ん?あ、マジだ。青いわ」

 あたしの隣に座っていた友人が、あたしの顔を覗き込んだ後、すぐにうなづく。

 へ?なに?


「ああ、ブルーハワイの着色料な」

「あ、舌青くなるやつ?」

 みんなが一斉にあたしを見た後、楽しそうに互いの舌を見せ合う中、あたしは慌てて鞄を漁って鏡を取り出して絶望した。

 確かに青い。舌だけじゃなくて、唇が。

 それもかわいこぶって小さいお口で食べてたせいで、唇の中心だけがしっかり青く染まっているではないか。

 それを藤真に見られた!!てか一番に気付かれた!!そして指摘された!!



 あまりのショックと恥ずかしさで言葉を失うあたしをよそに、先に食べ終わった藤真達がそろそろ行くかーと立ち上がる。

 じゃあなー、お疲れー、と交わされる挨拶に、いつも通りの涼しげな藤真の横顔を目で追いかけて、ちらりとも向けられない目線に備えて、慌てて口元を隠した。



「明日も部活かー」

「夏休み中にみんなで遊び行きたいよね」

 ベンチにぎゅうぎゅうに座ったまま、みんながカップに残る溶けた氷を、ズズーッと遠慮なくすする音を聞きながら、あたしはカップからストローを抜いて、決意を込めて一気に直飲みした。






二度とブルーハワイは頼まない。




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