名前を呼んだ。
藤真に恋した日の話
「正直に言ってみ?」
そう言ってあたしを凝視する先輩たちの笑顔は、笑ってるようでその実目が本気すぎて怖い。
聞かれたあたしは戸惑いを隠せずに、曖昧な微笑みを返した。
目の前には同じ部の先輩が6人。
と言っても別に1対6というわけではなく、あたしの隣には同じ学年の友達が3人並んでる。
その3人もどこか冷めた眼差しで、あたしと同じなんともいえない愛想笑いを浮かべてた。
なんであたしがこんな風に、複数の先輩に囲まれているのかと言うと。
ことの起こりは、深い考えなんてなにもなしに入った部活が『イケメンが多い部 NO1』だったということに尽きる。いや、男子部と女子部わかれてるから別物でしょうに。
(知らねぇよそんなこと)
「誰が好みなの?」
辟易として心の中で毒づくあたしに、好奇心というには高すぎる圧力をもって、先輩が詰め寄ってくる。同じ部の女子として、男目当てに入る後輩を諌めたいのか、人気の男子に変な所有意識があるのかはわからないけれど。
「入学したばっかなんで、先輩の顔なんてよくわかんないですよー」
こっちは誠心誠意答えてるのに、瞳ぇギラつかせて「またまた~」とかいなすの止めてくんない?
いやいや、あたしもお年頃なわけだから、もちろん好きですよ?イケメンくん。かっこいい男子がいるとか聞いたら、そりゃ気になりますよ?この後さりげなくチェックしてしまうのは間違いないと思う。
でも、入った部がイケメン揃いとかってのはほんとに偶々なのだ。変に睨まれたくないあたしはほんとに困りながら、否定を繰り返した。
「ほんとに知らなかったんですってば」
「そーなんだ」
あたしの必死の弁明に先輩はようやく納得してくれたみたいで、瞳に浮かんでたなんか怖いやつが消える。
ほっとして他の3人の同級生を見ると、こっちはまだ冷めた眼差し。つかおまえらもちょっとはフォローしてこいよ。なにあたし1人に押し付けてんだよ。
こっそり睨み付けてると、先輩たちが今度は完全に好奇心だなって質問をぶつけてきた。
「じゃ、一年部員目当て?」
・・・男目当てじゃないと部活入っちゃダメとか決まりあんのかな?じゃあなに目当てだとか聞かれたら、友達に誘われたからとしか言いようないけどさ。なのでその友達に聞いてやってくれませんかね。頼むから。
がっちりあたしにロックオンされた眼差しに口元が引きつるのを感じながら、あたしは返答を探して思考をめぐらす。
そりゃ確かに同じ部にかっこいい人がいたら、嬉しいし楽しいしやる気も出るよ?
現にさっきちらっと見かけた男子部の新入生の中に、相当好みの男子がいてうっひょひょいなのは間違いないけど!クラスも違うしまだどんなヤツかもわからないけど、相当好きな顔でした。
いやいや違うよ?男目当てじゃないよ?入った部活にたまたまいたんだよ!
ジャージに刺繍された名前をしっかりチェックしたのも、別に深い意味はないわけで
「藤真」
ぽろりと零れるみたいにその名前を呟いてしまったのは、先輩たちの誘導尋問のせいだ。
だって藤真はなんとなくかっこいいなって思っただけの
涼しげな目元とサラサラの少し茶色い髪の毛が目を引いただけの
「・・・とか林とか高岡とか!いやあみんなかっこいいっすね!」
あたしは急速に熱くなる顔を誤魔化すみたいに、適当に知ってる名前を挙げた。
「あんな質問、答えなくてもよかったのに」
「ああいうのは適当にかわしなよー」
「お陰であたしら、やっぱ男目当てみたいじゃん」
呼び出されてた部室から解放されるや否や、さっきまで大人しくあたしを盾にしてた友達が口を揃えて文句を言うのに眉を寄せる。
「そう思うなら助けろ」
不機嫌を隠さず向き直ったあたしを見て、3人はにやりと笑って後ろを指差した。
「あ、藤真だ」
「違うから!なんか答えなきゃなって思っただけだから!」
あわてて否定しながら振り返るあたしの視界に、ぞろぞろと歩いてくるジャージの集団。
「藤真はわかるけど、林と高岡ってどれ?そんなかっこいい?」
小声で聞いてくる友達の背中を軽く張り飛ばし、おまえらもチェック済みじゃないか。とため息をつく。
「こんにちは」
「ちわー」
同じ部活のよしみとやらで挨拶をして通り過ぎる。
集団に紛れてさりげなく藤真を見ると、やっぱちゃんとかっこよくて、なんだかホッとした。
名前を呼んだ。
その瞬間、君に恋した。