一期一会
コインが落ちてく音と共に、自動販売機のライトが点く。
根っからのコーヒー党(だけど苦いのはダメ!ミルク20%は欲しいトコ)のあたしだけど
今日はなんとなく可愛いピンクのデザインが気恥ずかしい、イチゴオレを選んでみた。
紙パックの裏に謎のカタマリでくっついた袋の中にあるストローを、指先に渾身の力をこめて押し出す。
意外と丈夫なビニールが、なかなか破れず執拗に伸びてく様に感じる心地よいイライラ感。その鬱憤を晴らすように、銀色のフィルムめがけて尖ったストローをぶっ刺した。勢いあまって指先に散る桃色の雫。
ためらうことなく制服のスカートで雫を拭い、その手でパックを抱えるように持つ。
なんなら指一本でも持てるくらいの重さだけど、あえて両手で持って飲んでやろう。
目下絶賛片想い中の女子中学生が、人目につかない場所で可愛い自分を演出するくらい、人類は自由であって然るべきだ。つか甘い。
自動販売機横の壁の前に移動して、ぽっかりと空いたなにもない時間を満喫する。
タイムスケジュールに追われる学生にふと訪れた、ただ紙パックのイチゴオレを飲むだけの時間。
怠け心に急かされるような、奇妙な感覚。
ぼーっとしてたいのに、なにかがすぐ側まで追いかけてきてるみたいにほのかな焦燥感。
口の中を満たす甘い液体に、ほんのわずか胃がきしむ。
校舎の方からの足音。なにげなく目をやったあたしのチキンな心臓は、瞬く間に跳ね上がる。
藤真だ。
あたしに気付いた藤真が、軽く会釈をするように首をかしげた。なんだそれ可愛い。
あたしはあわてて紙パックに無駄に添えてた片手を下ろし、横柄な会釈を返した。
ばくばくと弾むあたしの心臓などお構いなしに、マイペースな足取りで藤真が近付いてくる。
ゴム底の上靴がそんな大きな音をたてるわけがないのに、渡り廊下に落としたあたしの視界に、やたら存在をアピールして。
ずっと味わっていたいような、早く過ぎ去って欲しいような。
矛盾する乙女心。すぐそこに藤真がいる、あたしはそのことだけでたやすくいっぱいになる。
あたしの狭い心をすぐに満たして溢れて零れそうになるあたしの想いが、藤真の足元を濡らしてしまうことが怖くて
懸命に頑丈な蓋をして、力任せに押さえつけることしかできないあたし。
もっと他のやり方があるなら教えて欲しいけど、あいにく誰かに相談できるほど、あたしは素直なつくりをしていなかった。
藤真が動く。空気がゆれる。たとえそれがただ風が吹いただけでもドキドキするくらい、許容量をとっくに超えてる。
自動販売機の向こうを行き過ぎる、藤真をこっそり横目で見つめた。
藤真はあたしの方なんて見てないと思ったから。
サラサラした髪が動きに合わせてゆれるのを、目の端にとらえて嬉しくなる。末期だな。
「甘そー」
通りすがりに、藤真がいつもよりも少し低い声でぼそっと呟いた。
突然の出来事にあたしの思考は一瞬フリーズする。
甘そう?なに?あたしのこと?(絶対ちげぇ)ああそうだ、これだ。
あたしの飲んでる(フリをして気まずいのをごまかしてる)イチゴオレ。
「・・・・・・甘いよ?」
テンパった中、必死につむいだ言葉がコレだ。なんてつまらない返答。オウムか。
だけど、ほんの少しの間、足を止めてた藤真は、表情の読めない小さな笑みを浮かべて「やっぱな」ってうなづいた。
熱を帯びるあたしの頬を知ろうともせず、藤真はなにごともなかったかのように歩き出す。
通り過ぎてく後ろ姿。だけど今度は横目ですら追うことも出来なくて。
ドキドキと跳ねる心臓と邪魔な熱で、あたしに向けられた藤真の笑顔がどっかに飛んでいきそうなのを、なんとか押し留めてから
あたしは自販機の影からそっと首を伸ばして、藤真を探した。
いない。
それを確認したら、急に頭とカラダが冷えてきた。
今あたし、藤真と会話した?会話だよね?言葉のキャッチボールだよね?
頭の中で反芻する。ああ、やっぱりなんてマヌケな返答。もっと気の利いた返事とかできなかったかな。
つか藤真が声かけてくるとか珍しい。そんなにイチゴオレが甘そうだったのか。・・・・・・もしかして飲みたかったとか?
え、それ「飲む?」とか聞いてみたりしてよかったのかな。そんで間接チューでドキドキみたいなアレでよかったのかな。
ああもう、こんな噛み潰したストローとか出せないよ。
何食わぬ顔して飲んで(るフリして)たつもりだったのに、歯型とかついてるし!噛みしめてるし!
なに今あたし、千載一遇のチャンスを逃したりとかしましたか!?
「・・・・・・やり直してぇ」
どうせまたあの瞬間に戻れたとしても、絶対またテンパって固まるだけだろう。
そもそもやり直しなんてできないことくらいわかってる。
・・・・・・なのに。なかなかこの場を立ち去れない、バカなあたし。
一期一会・リトライ禁止。
あの笑顔を思い出すだけで、一生泣ける気がする