ハイテンション☆ガール
教室を覗いて一番最初に探すのは、用があるヤツじゃなくて藤真の姿。
ああ、でも二人は仲良くてほぼ一緒にいるから、セット扱いにしてやっても構わない。つかセットでいてください。切望。
用のある方に呼びかけようとするあたしの口内は、やたらに乾いて言葉が絡む。
なんであたしが林の名前呼ぶのに、こんなに緊張しなきゃなんないのさ!
「林」
ようやく口から出た声に気付いて、振り返る2人。
さっきの文句の答え。だって呼びかけてしまったら、藤真があたしを見るから。緊張するなって言う方が無理でしょう。
「コレ返しといてって預かったよ」
言いながら差し出したのは、林の英語の教科書。同じクラスの男子が教科書を忘れたと困る姿に『同じ部の林か藤真にでも借りてきたら』ってそそのかしたのも、『あたしも用があるから返してきてあげる』と親切ヅラして奪い取ってきたのも、こうして藤真の側に堂々と近づくため。
ほら、あたし藤真に会いに来たんじゃないんだよ。
ちゃんと用があって来たの。怪しくないよ?ちっとも不自然じゃないでしょ?
心の中でそんな無意味な防御壁を必死に築いて近づくあたしの目は、うしろめたいわけでもないのにまっすぐには藤真を映せない。せっかくすぐ側に藤真がいるのに、意識しすぎて背けたあたしの首筋はピキッと音を立ててつりそうなくらい変な力が入ってつらい。
抑えようとしても高鳴る鼓動を誤魔化すように、あたしは懸命に藤真の何気ない視線に気付かないフリをした。
(側にいたいのに、今すぐ逃げ出したくなるのはなんでだろう。)
「サンキュ」
「おう」
短く礼を言って教科書を受け取る林。
なんだわざわざ届けてやったのにそれだけか。気を使ってもっと話引き伸ばせよコノヤロウ。
言っとくけどお前のためにストックしてる話のネタなんてねぇぞ?
「この単元ってもう終わった?」
毒づくあたしの声が聞こえたのか、恋する乙女の祈りが天に届いたのか。
できる男の林は受け取った教科書のページをめくり、あたしに問いかけてきた。
よしよし。やっぱ使えるなお前って。
「どこ?」
さり気なく身を寄せて、林の手にある教科書をのぞきこむ。
今あたしのカラダは藤真に近付いたんだろうか。それとも遠ざかった?
そんなことが気になって、さり気なく藤真にチラリと目だけを向ける。
うあ。
動揺で泳いだ視線を、ふたたび教科書に戻す。
藤真だ。
藤真の目はあたしじゃなくて林に向けられてたけど、ホントに藤真がすぐ側にいた。・・・いや、いる。現在進行形でいる!
やばい。やばいやばいやばいやばい。あたし今どんな顔してるんだろ。
頬が熱い。つか中心から一気に広がってく熱。
今あたしが見たの、藤真は気付いてるだろうか。赤くなったあたしを、藤真は見ただろうか。
え、ちょ、ヤダ気付いてませんように!藤真を見て赤くなったあたしになんて気付かないで。
でもそれはそれで、一度も見てないと思われるのも失礼なんじゃなかろうか。
見たいよ?見たいんだよ。あたしを見て欲しいし、目が合ったらもうホントパニクって泣いてしまうかもしれない。
だけどそんなあたしは絶対迷惑だから。これから先どうしていいかわからなくなるから。
でも、藤真はそんなあたしのことなんて、気にも止めないのかもしれないな。
「それ、新刊?」
不意にあたしの火照った顔に風が吹いた。
新しい週刊マンガ誌を読む他のクラスメイトに声をかけて、この場を離れる熱源。
今のは動いた藤真が揺らした空気。
「ここ。次、訳当たるんだけど」
あたしの傷心になんてまったく気付かない林が、暢気に教科書を指差す。
「・・・うちのクラスの授業が文系クラスより進んでるわけないじゃん」
一気に興味の失せたあたしの返答に、林がわかりやすく眉を寄せた。
ああ、機嫌損ねたのなら謝る。謝るから今すぐに藤真を呼び戻して、豊富な会話のネタを提供して、絶対外さないパスであたしに話を振り続けて下さい。
「おまえ、なんでケンカ腰?」
しかし林はもちろん藤真を呼び戻したりせず
なんだったらあたしを追い払った後にそっちに加わるんだろうってのが見え見えだ。
「別に!むしろこっちが訳教えて欲しいくらいだし!」
「・・・おまえそれ頼む態度じゃねーよ」
「つか来週まで訳当たらね―よ!」
「そりゃよかったな!」
うん。完全に八つ当たりです。
わかってる。林には申し訳ないと思うけど、そもそも藤真と林ふたりの話に割りこんで居座ってるのもどうかと思うけど
「おまえ、わけわからん」
ため息とともに白旗を上げるだけで許してくれる林は、ホントに人間できてると思う。
「あたしも色々あるんだよ」
だから時々、林に想いを打ちあけて、協力を仰ぎたい気分になる。
けど、女友達にすら隠してる片想い。
同じ部活ってだけの同級生に、それも利用するためになんて、言えるわけもない。
こんなだから、あたしの恋はなんの進展も進歩もないままだ。
「そんなんだから藤真もおまえのこと」
「へ」
突如飛び出した藤真の名に、あたしの心臓は音をぎくりと立てて止まる。
なんでここで藤真だよ。なにあたしの心の声が漏れてましたか?つか藤真があたしのことってなによ!
「・・・・・・藤真が、なに」
軽く痺れたような舌で、しょうがないから聞いてやるとばかりに続きを促す。
今までの自分の行動と、話の流れから沸き上がるのは、期待なんて淡いものより大勢力の不安。
林、頼むから言葉は選んで。ああもう、つか真実は要らない、嘘でいいから優しい言葉を下さい。
「藤真がおまえのこと、すっげ声でけーなって」
「・・・・・・・・・」
自分の名前が出たことに気付いたのか、ぼんやりとピントを外した視線の先で藤真がこっちを見てる。
「・・・・・・それ、褒め言葉?」
「・・・・・・アホ」
ようやく絞り出した前向きな解釈は、呆れきった林の声とほんのわずかな藤真の愛想笑いに吹き飛ばされた。
ああでも、覚悟してたよりはずっと高評価って気もしない?
それは、君の気をひきたいからだ。