全力ダッシュ!
放課後の校舎、3階の廊下の窓から見えた、一人で歩いてる藤真の姿。
・・・チャンス!
なんのチャンスかなんて自分でもよくわからないけど、あたしはいても立ってもいられずダッシュで駆け出した。
告白なんてできるわけないし、『一緒に帰ろう』なんてとても言い出せないチキンな心臓。そもそもあたしと藤真は同じバレー部とはいえ、男子部と女子部の隔たりはコート半分この距離感に反してそれほど仲良くないのだ。
せいぜいできるのは挨拶くらい。根っから体育会系の藤真は反射で必ず挨拶を返してくれるから。だから、すれ違いざまに『おつかれさま!』の挨拶くらいは、だれがどう見ても片思いなあたしにだって与えられてる、正当な権利だと思うのです。
挨拶して、挨拶を返されて。さりげなく近くを陣取って。できれば隣を歩きたい。
そして調子にのれたら、どうして今日は自転車じゃないのか聞いて、家がどの辺りなのかとかって会話に発展することも可能なはず!
ああでも、贅沢はいわない。挨拶だけでも幸せだから。
クラスの違う藤真の姿を見られるのは部活の時だけ。
なのに試験を控えた今は一週間の部活動禁止中で。学校ってなんて非情なシステムなのだろう。
お陰様で藤真が不足しているあたしは、少しでも長く藤真を見てたいなんていう乙女な衝動と今しかないって焦燥にかられ、そのすらりとした長身をガン見しながら練習でもしたことないような全力ダッシュにギアを入れた。
たとえその原動力が乙女の恋情だとしても、端から見れば不審きわまりないだろうって自覚はある。
頼むから、藤真が振り返りませんように。見られてもいい顔作る余裕なんて、まったくないんだから。
のんびり歩く藤真の後ろ姿。さらさらで少し茶色い髪に、整った襟足がかわいい。
少しでも近付きたい。少しでも側にいたい。
なのにずっとこうしてただただ見ていたい、なんて疼き出すあたしの弱気。
胸が締め付けられるように痛んで苦しい。いやこれはダッシュのせいだけどそれだけじゃない。
今更足を止めるなんて出来なくて、惰性ってヤツを恨んでみても、確実に近付いてくる藤真の背中。
じりじりと焦げ付くような焦燥感。ああもう、好きすぎて泣きそうだ。
追いつく刹那
藤真が横目であたしを見てくれたのを、駆け抜けたあたしは残像で見た。
(気のせいかもしれないけど、ダッシュで側を駆け抜ける人がいたら誰でも見ちゃうだろうけど、あたしだってわかってないかもしれないけど、)
みなまで言うな。追い抜いてどうすんだ!なんて話はわかりきってる。
だけど、学校からダッシュで走ってきて藤真のとこで止まったら、あたしが藤真を追いかけてきたって丸わかりじゃないか。
しかもこんなゼェゼェ乱れた呼吸で、汗だくの顔で、どうやって藤真と会話すればいいの。
(小鼻ふくらんだとことか見られたら、あたし死ぬ!)
情けない言い訳と共にじわじわ沸き出す後悔で満たされるあたしは、それでも遠ざかってく藤真の気配を過剰に意識しながら、一つ先の曲がり角を曲がるまでの400メートルを走破した。
---なんて根性の無駄遣いだ。