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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
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冬山の怪奇


 新たに白毛の馬人族リズメルことリズと、その従魔のビルドコアラが仲間になって早三ヶ月が経過した

 その間に大きな事件も騒動も起きず、至って平穏な日々を送っている。

 いや、違うか。俺達の周囲ではちょっとした事が起きていた。




 まずはどこから漏れたのか、母さんの出身がアトロシアス家であることと、俺がそっちの籍へ入ったことが知らぬ間に広まっていた。

 そのせいでギルドだけでなく、町中でも質問攻めに遭っただけでなく、俺を通じてアトロシアス家、さらにはベリアス辺境伯と繋がりを持ちたそうな輩から声を掛けられるようになった。そういった奴らはアリルが「色別」で感情を見抜き、一旦持ち帰ってノワール伯父さんに相談して対処してもらった。

 さらにこの影響でアトロシアス家の屋敷が冒険者の名所的なことになったのには、ノワール伯父さんとシュヴァルツ祖父ちゃんは気にしていないと言いつつも、揃って苦笑いを浮かべていた。




 次にあったのはリズのことだ。やたらと迫って来るからロシェリとアリルを交えて話を聞くと、なんとなく察していたけどやっぱり俺に好意を持っていた。

 主な理由は暗闇の中から引っ張り出してやったから。加えて、一緒に逃げようと言ったのも理由だそうだ。

 なんでも馬人族は昔、理不尽な重労働を強いられる奴隷みたいな扱いを受けていた時代があった。その頃に苦境を脱して一緒になろうと手を取り合って逃げ出した馬人族の男女が、逃亡先で幸せに暮らしたという実話が存在している。

 それは扱いが改善された現在でも語り継がれていて、一緒に逃げようという言葉が何故か求婚時の言葉として今も使われているらしい。

 つまり俺は、意図せずしてリズへ求婚していたという訳だ。

 勿論、そういうつもりで言ったんじゃないし、リズもそれは分かっていた。

 だけど、それはそれ、これはこれ。

 どん底の暗闇から引っ張り出してくれた上に、初めて信頼できた他人の、しかも異性を手放すまいと心に決め、俺達と共に一生を過ごすつもりだと言われた。

 そう、「俺と」じゃなくて「俺達と」だ。


『だって、俺達と一緒に逃げようって言ったじゃないか』


 確かにそう言った。「俺と」じゃなくて「俺達と」逃げようと言った。

 だからリズは俺を独占しようなんて考えず、できればロシェリとアリルと一緒に俺を支えたいと宣言。

 これを聞いた二人の意見は。


『だったら……いいよ』

『まあ、こうなるとは思っていたから? 奪わないのなら文句は無いわ』


 とのことらしい。

 だったらまあいいか、嫁が増えるのは男冥利に尽きるし。

 そう半ば無理矢理に自分を納得させて、既に二人と将来の約束をしていること、そのためにCランクを目指しているのと家を買う資金を集めていることを説明。

 今から加わるリズがCランクになるのを待つのもなんだからと、ランクに関しては目を瞑り、資金集めには協力するということで決定。そのことをアトロシアス家の人達に報告したら、その日はちょっとした宴みたいな夕食になった。酔ったリアン従姉さんが、自分の運命の相手はどこにいるんだって叫んでいたのは、軽くスルーしておいた。

 ああ、そうそう。これを機にリズへ「完全解析」と「入れ替え」の件を説明した。

 当然だけど滅茶苦茶驚かれたものの、自分のために悪意を向けていた連中のスキルをごちゃ混ぜにしたのと、「能力成長促進」をくれたからとあっさり受け入れてもらえた。

 ちなみに手は出してないぞ? 迫られはしたけど、宿でも俺達だけの家でもない上にアトロシアス家からすれば俺達は居候だからと、頑張って断った。

 三人からは揃ってヘタレって言われた。余計なお世話だ。




 三番目はゴーグ従兄さんが結婚した。

 相手は辺境伯家の屋敷で料理長を務めている人の娘で、筋肉質で大柄なゴーグ従兄さんとは対照的に小柄で華奢な人だ。

 幼い頃からの知り合いで、お互いにある程度仕事を任されるようになった頃に交際開始。順調に仲を深めて現在に至ったとのこと。

 アトロシアス家の奥さん一同が花嫁を囲み、息子ができても筋肉に夢中にならないように気をつけなさいと言われた花嫁は、勿論ですと笑顔で力強く頷いていた。

 身内だからと俺達も式に参加させられ、慣れない着飾った服装に戸惑いつつ、用意された豪勢な料理をがっつり味わった。主にロシェリが。

 そうそう、この時に初めてゼインさんの子供達を紹介されたんだった。次期当主予定でゴーグ従兄さんと同い年の長男ジョイスさん、この前擦れ違った三男のライカ、次女のミミル、そして三女のアローレ。不在の次男と長女は現在、王都で寮制の学校に通っているとのこと。

 ゴーグ従兄さんの護衛対象であり、親友でもあるジョイスさんは見た目はひょろくて頼りなさそうだけど、王都の学校をかなりの好成績で卒業したほど頭がいいと、何故かゴーグ従兄さんが自慢していた。既に結婚もしていて、王都から嫁いできた伯爵家出身の綺麗な奥さんも紹介してくれた。他の弟妹達にも既に相手がいて、成人したら結婚したり嫁入りしたりするらしい。さすがは辺境伯家、相手が決まるのが早い。

 ちなみにジョイスさんの奥さんから一般人の学友との見合いを提案されたけど、ロシェリ達を紹介して丁重にお断りした。




 とりあえず、俺達の周囲で起きた事はこれくらいだ。

 他には冒険者としての仕事に励んだり、シュヴァルツ祖父ちゃんやノワール伯父さんから指導を受けて鍛えたり、元実家で世話になった使用人や護衛の代表から連名での手紙が届いたり、リズから貰った「精神的苦痛耐性」を討伐に向かったオークの持っていた「強打」と入れ替えたり、それぞれが何かしら新しいスキルを習得したり、野営をしたことが無いリズのために何度か野営をして経験を積ませたり、半月ぐらい前にリズがFランクに上がったり、最近調子に乗っているからと難癖付けてきたDランク冒険者を返り討ちにしたりした。

 元家族からの接触は警戒していたけど、直接的にも間接的にも全く無い。

 ああ、もう一個あったっけ。つい先日、元々使っていた宿が無事に再建を果たしたんだ。全焼じゃなかったから、工事も短めの期間で済んだようだ。

 依頼を終えてギルドで手続きをしていたら髭熊に話を聞いて、早速見に行ったら明後日から再開という看板が立てられていた。

 良かったなと話しながら帰ったはいいけど、ここでアトロシアス家に留まるか元々使っていた宿へ戻るかの問題が浮上。

 俺としては宿に戻るつもりだったけど、ロシェリ達はできれば留まりたいと主張した。

 理由は奥さん一同から、妻としての心得やなんかをもっと色々教わりたいからだそうだ。いつの間にそんなことをしていたんだ?

 さらに話を聞いた奥さん一同と従妹コンビの強い引き留めにより、俺が折れるしかなかった。

 結託した女性陣は強い。そしてそれを前にした男は総じて弱い。それを身に染みるほど理解した。




 そういう訳で、俺達は現在もアトロシアス家を拠点に冒険者活動をしている。

 ただ、ここ最近は依頼を受けるよりも訓練をしていることが多い。理由は冬だから。


「本当に冬場は依頼が少ないわね」


 依頼を貼ってある掲示板を見ながら、冬用に買った長袖長ズボン姿のアリルが愚痴る。

 当然だ。冬に入って間もない頃まではたくさんあった依頼が、すっかり減っているんだから。

 魔物も生物だから冬場はあまり活動せず、採取をしようにも肝心の植物が育っていないから採りようがない。

 この時期の主な依頼は護衛か、冬場でも活動している魔物の素材採取や討伐依頼か、大したことおない雑用仕事か。

 そもそも、冬場に活動している魔物も動物も種類が少ないから、依頼自体がだいぶ減っている。

 農家も商家も冬を前に大きな仕事は終わらせているから、雑用も本当に大したことがないものばかりだ。


「だからって稼がない訳にはいかないから、どれか依頼を受けないとな」


 冬に入る前に頑張ったから蓄えは十分にあるとはいえ、Cランクになるためには評価を上げる必要があるから、鍛えてばかりはいられない。

 そう思って残っている依頼を確認していると、女性職員が歩み寄って声を掛けて来た。


「あの、申し訳ありません。皆様は確かDランクの方が三名いるパーティーでしたよね?」

「そうですけど」


 声を掛けてきたその人は、よく受付で顔を合わせている女性職員だった。

 泣き黒子のある色っぽい人だけど、既に人妻だと冒険者の男達が悔やみながら喋っていたのを聞いたことがある。


「受けて頂きたい依頼があるのですが、お時間はよろしいでしょうか」


 向こうからわざわざ依頼の話を持ってくるなんて、一体何だろうか。

 とりあえず話を聞くために了承すると、奥の方にあるテーブルを挟んで椅子が三つずつあるスペースへ連れて行かれた。

 ここは主に冒険者が打ち合わせに使ったり、職員が重要な依頼の詳細を説明したりする際に使う場所だ。

 そこへ座った俺達に女性職員が説明を始めた。


「実はここ最近、山間部の方で妙な出来事が発生しているんです」

「妙な出来事?」


 なんでも、魔物の死体が放置された状態で発見されているそうだ。

 それだけ聞けば、別の冬眠していない魔物に襲われたと思うんだけど、その放置のされ方がおかしいと女性職員が言う。


「魔物に襲われたにしてはそれらしい痕跡が無く、人為的なものと推測されます。ところが肉と皮には全く手を付けずに、骨や牙や爪や角ばかり持ち去られているんです」

「えっ、なんで? おかしくない?」


 確かにおかしい。

 別の魔物に襲われたんだとしたら、その目的は腹を満たすためだ。だから肉が残っていないのならともかく、肉が手つかずというのは変だ。

 冒険者や狩人がやったんだとしても、死体をそのまま放置するはずがない。

 今の時期は防寒具になる皮と食料になる肉は、冬に備えての準備によるピークを過ぎたとはいえ、まだまだ需要がある。そっちに手を付けず、骨とかだけを回収するなんて変だな?


「致命傷……受けた後に逃げて、そのまま、野垂れ死に?」

「だとしても、骨とかだけが持ち去られているのは変じゃないか」

「あっ、そっか……」


 ロシェリの考えもリズの一言で否定され、答えが出ない。


「奇妙ではありますが、人的被害が無くて街道付近ではないので騎士団は動けず、現状は高ランク冒険者を動かすような事案とは判断できません。しかし調査は必要ということで、それなりのランクの方々に協力を募っているんです」


 それでDランクが三人いる俺達のパーティーへ声を掛けたって訳か。


「報酬はギルドから出ますし、目的は調査です。何かあっても無理に対応せず、撤退しても構いません。とにかく少しでも手掛かりを見つけて来てくれれば、それで十分なんです」


 要するに、撤退しても失敗扱いにならない調査依頼ってところか。

 大事なのは解決じゃなくて、少しでも情報を持ち帰る事。その内容次第で対応を決めるって訳だな。


「他に二つのパーティーが参加するのが決まっているので、受けてくださる場合はその方々との合同になります」

「合同ですか?」

「安全の確保と見落としを減らすため、人数は多い方がいいという上の判断です。それとこう言ってはなんですが、情報を持ち帰れる可能性を少しでも上げるためです」


 何が起きるか分からないし、何が起きているのかも不明。そのために人数を多くして安全を確保しつつ、調査での見落としを減らすのは分かる。

 だけどそれ以上に大事なのは、仮令たとえ誰か一人になっても生きて帰って来てもらって情報を得るってことか。

 そりゃ言い辛いのも無理はない。


「勿論、断っていただいても結構です。あくまでお願いであって、強制ではありませんから」


 とはいえ、ちょっと気になるしギルドからの依頼なら報酬も期待できる。

 何より、ギルドからの頼みをこなせば評価の向上にも繋がるだろう。

 三人へ目を向けると、全員が頷いている。断る理由は無いな。


「分かりました。その依頼を受けます」

「ありがとうございます。早速ですが、今日の午後に参加者への説明と打ち合わせの場を設けますので、必ず出席してください」


 ということは、今日は依頼を受けられない事が決定だな。

 出席を了承して一旦女性職員と別れ、午後まで時間を潰すためにバロンさんの工房に寄ったり、消耗していた薬を買うために馴染みの薬屋へ寄ったり、早めの昼食を取ったりした。

 しかし薬屋の婆さんはどうして、毎回あの酷い悪臭がする香水を売ろうとするんだろうか。

 だから、何度勧められてもいらないって。リズ、興味本位で手を伸ばすな!

 そうして午後まで時間を潰した後、再度冒険者ギルドを訪れるとさっきの女性職員が俺達を見つけ、別室へ案内すると言われた。

 でも、なんだか女性職員の表情がイマイチ冴えない。

 さっきの今でどうしたのかと尋ねると、あの後でさらに一つのパーティーが参加することになったようだ。

 それだけ聞けば問題は無いように思うけど、参加の仕方が問題だった。


「皆さんへの説明を終えた後、それを偶然耳にしたという四人組が強引に参加を決めたんです。何度お断りしても、まるで聞き入れてもらえず……」


 絶対に面倒な奴らじゃん、それ。

 そのパーティーはEランクの人間三人とFランクの巨人族一人の男四人組で、冬で仕事が無い田舎の村を出て最近ガルアに来たばかりとのこと。

 田舎で弱い魔物ばかり狩っていたのに調子に乗っていて、まともそうなのは巨人族の男ぐらい。そいつが止めようとしても、他の三人から鈍間だの愚図だの黙っていろだの言われていた上に、本人も気が弱そうだから強く発言できずにいたそうだ。


「そういう訳なので、ご迷惑とは思いますがよろしくお願いします。はぁ……」


 一応ギルドマスターへの報告はしておいたようで、それを聞いた後に改めて案内される。

 通されたのは横長の机がいくつも並んでいる広めの部屋で、入室すると参加者らしき九人の男女がこっちを向く。

 男性三人と女性二人の五人、女性四人でそれぞれ固まっているから、俺達の前に参加が決まっていた二つのパーティーなんだろう。


「おう、お前さんも参加するのか。ブラストレックス討伐の立役者がいるとは、心強いな」


 五人組の中にいた、ドワーフの男が声を掛けながら歩み寄ってくる。

 ドワーフは大抵髭を生やしているから年齢は判断しづらいけど、声色からして中年くらいか?


「おっと、わしがお前さんを知っていてもお前さんはわしを知らなかったな。Cランク冒険者のベイルだ。よろしくな」

「Dランクのジルグだ。こちらこそ、よろしく」


 向こうの方が格上で年上だから、敬語は使わなくとも一応頭は下げておく。

 次いでベイルさんの仲間へ目を向ける。腕を組んでいる逞しい体つきの虎人族のおっさんと、線の細い短髪の人間の青年、髪の毛を弄っている身軽そうな猫人族の若い女性、にこやかな表情を向けてくる兎人族のこれまた若い女性。

 犬人族とのハーフのタブーエルフと白毛の馬人族に加え、別々の従魔達が四体もいる俺が思うのもなんだけど、なかなか多種多様なパーティーだな。

 そんな事を考えていると、もう一方の女性四人組から気の強そうな人が寄って来た。


「横から失礼するよ。アタシはタバサ、そこにいるベイルのおっさんと同じCランクだ」

「誰がおっさんだ。俺はまだ三十七だぞ」

「十分おっさんだろ」


 同感だ。三十七がおっさんでないなら、なんだというのだろうか。


「アタシもベイルのおっさんもあの場にいたから、アンタの戦いは見ていた。その若さで大したもんだね」

「おうよ。うちの若いのにも見習ってもらいたいぜ」


 そう言ってベイルさんが見るのは線の細い青年。彼は目を向けられると、困った表情を浮かべていた。

 まあ、俺の強さはインチキ混じりだから正直言って邪道だし、あの時は周りから勝手にスキルを借りていたから余計にインチキ要素が強い。だから俺も心から誇れず、苦笑いを浮かべるくらいしかできない。


「あれを見た仲間の一人は、目の色変えて鍛錬してるよ。張り切りすぎてドジってるのは、少々いただけないけどね」


 タバサさんの指摘に目を逸らしたのは、ジッとこっちを見ていた鬼族の女性。

 鬼族特有の赤みが強い肌、額には小さな角が一本生えていて、長い黒髪を束ねて纏めている。そんでもって厚着の割にはスタイルの良さが分かるほど……。はい、ごめんなさい、謝ります。だからアリルとリズは左右から脇腹を抓らないでくれ、ロシェリは俺の後ろに隠れるふりをしながら背中を抓らないでくれ。


「だってさ、ドジっ子キキョウ」

「拙者はドジではない」

「分かってる。キキョウはドジっ子じゃなくて剣術バカ」

「もっと酷いではないか!」


 キキョウと呼ばれた鬼族の女性を弄る仲間の女性二人。一人は赤い髪の凛々しい見た目の人間で、もう一人は頭に小さな花で作った冠を被り、両側頭部に小さな花を一輪ずつ差している小柄で無表情な少女。緑の髪と茶色っぽさのある肌からして、樹人族のアルラウネかドライアドかな。樹人族を見るのは初めてだ。


「お前ら、人前で騒ぐんじゃないよ! 悪いね、うちの連中が」

「別にこの程度、気にしないって」


 大半の冒険者が賑やかで騒がしいから、この程度じゃ不快だとは思わない。あくまで良い意味での賑やかさと騒がしさならな。


「さて、後一組か。聞いた話だと、あまり期待できそうにない連中らしいが」


 ベイルさんがそう口にした直後、扉が開いて女性職員と四人の男が入って来た。金髪の男を先頭に生意気そうな三人組の後に続き、二メートルを軽く越えている背丈と彫りの深い顔つきをしている大男が入室する。

 体つきはしっかりしていて強そうだけど、なんか気弱そうな表情をしているから少し頼りなく見える。

 でも、あの人があの中で唯一まともっぽいっていう、巨人族なんだろう。


「ちっす。俺達も参加するんでよろしく」

「つか女の子多くてラッキー」

「年増のおばさんも一人いるけどな」


 こいつらは何をしにここへ来ているんだ。

 女性陣は揃って不快な表情をしているし、年増のおばさん呼ばわりされたタバサさんは静かに怒っている。


「それでは皆さん、依頼の詳細を説明するので着席してください」


 女性職員に促されて着席していく。

 その際、最後に来た男三人を女性陣に近づけさせないようにベイルさんと仲間の男二人、タバサさんが女性陣を守るように着席する。俺も同じように三人を壁側に並んで座らせ、守るように廊下側へ座る。

 巨人族以外の男達はそれを見て不機嫌そうにしながら、適当な空いている席へ座った。


「今回はご協力ありがとうございます。依頼内容は既に説明してある通り、山間部で発生している妙な出来事の調査です」

「魔物や動物が、骨とかだけを取り除かれた状態で放置されている、だったの」

「その通りです。冒険者か狩人か、他の生き物に襲われたにしても不自然なので、今回調査をすることになりました」


 ベイルさんの質問に答えた女性職員は空間収納袋から地図を取り出して壁に貼り、赤く丸が付いている個所を指差す。


「これらの位置が、ギルドで把握している不審な死体の発見場所です。発見した冒険者が証拠として持ってきてくださった物がありますので、参考にご覧ください」


 続けて空間収納袋から両手で取り出したのは、ゴブリンぐらいの大きさがある兎の魔物、ビッグラビット。骨が抜かれているからか、なんかダラリとしているそれを机の上に置いた。

 近くに寄って見てもいいと言うので、全員が前に出てビッグラビットを観察する。


「わー、本当に骨だけ抜かれてるんですね。わざわざ頭部を切り裂いて、頭蓋骨まで取ってますよ」

「刃を入れている跡があるから、人の手によるものだろう。だが、何故肉や皮を持ち帰らない」

「発見時は内臓の処理すら行っていませんでした。そちらは腐敗気味だったので、こちらで処理しました」


 つまり本当に目的は骨とかだけってことか。

 にしても、なんかこの切り口は違和感があるな。なんだろう。


「しかし下手な処理だ。解体が上手くいかなかったから、放置したんじゃないのか」


 金髪男の発言に、そいつの仲間の男二人がそうかもなと笑う。んな訳ないだろ。

 そんなことをしたら、それを狙う魔物の移動から縄張り争いに発展して、魔物が暴走する切っ掛けになるかもしれない。だから持ち帰れない場合は放置せず、焼却処分か地面に埋める必要がある。不要な部分は放置するなんて、駆け出し冒険者でもやらないぞ。

 三人の男だけが笑う中、後ろにいる巨人族の男だけは申し訳なさそうに小さく頭を下げている。

 うん、やっぱりあの人だけはまともなんだな。


「これをやった人、解体の知識が全く無いね。おまけに肉や皮には、まるで興味が無いみたい」


 切断面を見ていたリズがそう呟くと、全員の注目が集まった。


「リズ、どういうことだ?」

「ジルグ君も解体をしているから知っていると思うけど、解体は生物の骨格や筋肉を把握しているほど上手くできるんだ。上級者になると、肌や肉の筋目や繊維の向きまで把握した上で解体する。でもこれにはそれが見られないし、欲しい箇所が手に入れば他はどうでもいいように見える。だから皮と肉の切断面が荒いし、乱暴さが見て取れるよ」


 スラスラと述べるリズの意見に、何人かが切り口を改めて見て納得したように頷く。

 言われてみれば、確かに骨格や筋肉なんか気にせず力任せに切ったように見える。違和感の正体はこれか。


「これを見たギルドの解体職人の方も、そうおっしゃっていました」

「なるほどの。お嬢ちゃん、なかなかやるじゃないか」

「全部お祖父ちゃんから教わったことだけどね」


 熟練の人に教わったからこそ、そうした知識と観察力が身に付いたんだろう。


「ということは、これをやった奴はよほど骨が欲しいってことか。だが何のために……」

「おまけに角や牙や爪もでしょう? それなりに価値はあると思うけど、肉や皮を無視するほどではないはず」


 肉と皮はどうなってもいいくらい、骨と角と牙と爪を欲しがる理由か……。

 角も牙も爪も素材としての価値はあるだろう。でも骨に価値がある魔物はそうそういない、欲しがる人もいるかどうか。精々料理屋が出汁を取るために使う程度じゃないか?

 ドラゴンとかのような珍しい魔物でもないのに、わざわざ骨を持ち帰る理由ってなんだろう。

 深く考えずに骨集めが趣味の変人の仕業だろうと言い、笑いあっている三人組は放っておこう。


「何にしても、調査してみないことには分からんな」

「そうだね。ギルドから、調査に関して何かあるかい?」

「ギルドマスターからの指示は二点です。調査期間は明日から最長で五日まで。全体の指揮は経験豊富なCランク冒険者であるベイルさんが執り、同じくCランク冒険者のタバサさんが補佐をするようにと」


 ということは、野営用に揃える物は五日分。余裕を持つことを考慮すると七日分か八日分くらい準備すればいいかな。

 特に食糧はロシェリもいるし、十分に用意しないと。今の時期はなかなか魔物も動物も見つからなくて、ロシェリ用の肉が日々減少傾向だから。


「分かった。そういうわけで、わしが指揮を執ることになった。よろしくな」


 ベイルさんの指示に、不満そうに舌打ちする三人組の男以外は返事をする。

 仲間の様子に巨人族の男は溜め息を吐き、また申し訳なさそうにこっちへ頭を下げている。しっかり注意してもいいのに、見た目の割に本当に気が弱いんだな。

 この後はいくつかの質疑応答と打ち合わせをしてから解散。明日の朝に集合して出発することになった。

 さてと、準備に行こうか。主に食料の買い出しへ。


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