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こちら暁古書店、文字狩りハンターです  作者: 千葉シュウ
そいつはフリーランスだ
8/32

事件の香り

 里中美鈴は刑事である。

 以前配属されていた部署では世間一般のイメージにあるような刑事として、殺人事件や強盗事件などを追っていたこともある。上司からの評価は芳しくなかったが、それは決して能力が低いわけではなく、また別種の問題であった。

 里中は、優秀だ。

 だが彼女の現在の様子を見てしまっては、人はそう思えないかもしれない。しかし、間違いなく出来のいい刑事である。

 それは、例え彼女が今ソファーの腰掛に片肘をつきながら、だらしなく足を伸ばしていたとしても。

 感情のない虚ろな目で、お茶を啜りながら菓子をむしゃむしゃと頬張って食べているとしても。

 里中は紛れもなく優秀な刑事である、筈だ。


「ああ眠い。暁さんはまだですかね、篠宮くん」

「あの、一応刑事なのですから、もう少しシャキッとしていた方が、その」

「はい? 何か言いたいことでも?」

「あ、いや何でもないです……」


 里中は日々の業務から来る疲れからか、篠宮をぞんざいに扱っていた。しかし彼はへこたれない。篠宮は、暁から時折受ける横暴にも耐えている健気な青年である。

 その篠宮がこうしている一方、エレンはというと。


「暁さん、来客ですよ。起きないと」

「……待たせておけ」

「ちょっと暁さん!」


 このように、一度寝たら満足するまで起きようとしない暁をなんとかソファーから引きはがそうと、奮闘していた。

 実は地下にある応接間のソファーは、その寝心地の良さに惹かれた暁が一目ぼれして購入したものである。座り心地の良さではない。大変ふかふかである。

 このままでは暁は二度寝の体制に入るだろう。エレンはそれを見越して力ずくで起こしてしまおうかとも考えたが、首に残った痣を見て躊躇した。

 首を横に振って気合を入れ直す。


「ほら、起きないとですよ! 特対班の美鈴さんが来てるんだから!」

「何?」


 暁は里中美鈴の名を聞いたとたんに完全に覚醒した。

 エレンは、率直に言うと驚いていた。


「なぜそれを早く言わない。仕事となれば話は別だ。さあ、行くぞ」


 すっくと立ちあがる暁。彼女は地上に向かう暁を呆然と見て呟く。


「え、私の苦労は一体……?」


 エレンの頑張りは徒労に終わった。




「遅いですね」

「いいんですよ。なんならこのまま来ないというのも……」

「……ダメ刑事」


 これを受けた里中は唇を尖らせて言う。


「む、聞き捨てならないことを言いましたね。これでも私、一度はエリート街道を歩んでいた身なのですよ」

「でも今は違うんですよね」

「全く、その通りです」

「そんなんじゃ僕らを笑えないじゃないですかもう……あっ、来ましたよ」


 先ほどまでエレンに見せていたものとは打って変わって、寝起きを感じさせない暁が現れた。

 その手には愛読している一冊の本が握られている。小説ではない。寝る前に眺めていたのだろう。その後ろを追従するエレンには、ほのかに疲れが見え隠れしていた。


「何をしている、お前たち」

「ハロー、美鈴さん」

 里中美鈴はだらしなく伸ばしていた足をようやく正した。

「どうも暁さん、それにエレンちゃん。あなた、この間は大変だったみたいですね」

「何の話だ?」

「首ですよ首。まだ跡が残ってるじゃないですか」


 里中は、痛々しい痣が残る暁の首を指して心配を口にした。


「そんなことはいい。それで、一体何の用だ」

「そうでしたそうでした。ちょっとこちらへ」


 手招きされた暁は、丸テーブル横の座椅子に座った。この部屋には、椅子と呼べるものはそれしかない。バックヤードのような場所で、暁を始めとする面々は客が来ない時は大抵ここで休憩している。

 それに続いて篠宮、エレンの両名も各々が適当に座る。篠宮は先ほどまでの元気が失われたエレンを見て、暁に振り回されて来たのだろうと当たりを付けた。それを指摘するとつねられてしまうこと請け合いなので、黙っていることを選択したようだが。

 里中はテーブル上の物を端に追いやり、膝に載せていたラップトップをそこに置いた。


「これなんですけど」


 そう言って里中はラップトップの画面を見せる。そこに映しだされていたのは、彼らには妙に見覚えがある光景が映った監視カメラの映像だ。


「あれ、これどこかで見たような……」

「篠宮くん正解です。だってこれ、この店の前ですから」

「え、どういうことですか。勝手に設置したとかだったら僕も黙ってられな――」

 暁は最後までそれを言わせなかった。

「そういえばお前には言ってなかったな。だが一旦それは忘れろ」

「そうよ、黙って美鈴さんの話が聞けないの? 篠宮のくせに生意気よ」

「……」


 監視カメラの映像に集中する一同。

 すると画面上に表示されている時刻が深夜になった所で、変化が訪れる。


「開けてくれ! いるんだろう!?」


 先日の文字狩りに遭った被害者、後藤である。そこから里中が早送りで数分後の映像まで飛ばしたところで、映像を一時停止した。


「ここです、ここ」

「……美鈴さん、私には何にも移ってないように見えるけど?」

「いえ、よぉく見て下さい。向かいの酒屋さんのあたりですよ」

「むっ、これは!」


 暁が何かに気付いた。エレンと篠宮は未だ分かっていない様子。

 それは、明らかに人影だ。街灯の明かりに照らされて、物陰から少しだけその影は顔を覗かせていた。

 その後暁と里中に示唆されてようやく人影の存在を確認したエレンと篠宮。

 里中が映像にズームを掛けると、映像からはフードを目深に被った人物が確認できた。


「酔っ払い……には見えませんね」

「この人影、ずっと動かないと思ったら突然いなくなるんですよ。不気味でしょう?」

「まさか、何者かがここを監視しているとでも? いや、だがこれはあまりにも不自然すぎる。この時間にはまず人がいないのがサンストリートだからな」

「そうですねぇ、一応我々の見解では、最悪特殊な能力を持った文字狩りではないかと見てます。仮にどこかの組織の人間だと仮定すると、あまりにバレバレですから。素人丸出しですね」


 それぞれがその怪人物の正体を想像する。すぐに答えを出すことは叶わなかったようだ。

 それを見て里中もあまり深く考えすぎるなと諭した。まだ彼女たちにも具体的な方策はないが、深刻な事態が発生してからでは遅い。


「我々も何らかの対策は打ちますから、警戒しておいて下さい」




 里中はその他幾つかの連絡事項を提示した後、荷物をまとめて直帰の準備を済ませた。彼女は三上に無理やり残りの仕事を押し付けここに来ていたのである。薄情なことだ。

 店の入り口まで里中が歩いて行き、ドアノブに手を掛けた。


「ではこれで。また何か見つけたら報告します」

「ああ、分かった」

「あ、そうそう。暁さん」


 店を出る直前、何かを思い出したように里中が振り返った。


「あまりエレンちゃんを深夜労働させないように。あなた達だから見逃していますけど、普通に犯罪ですからね。労働基準法違反ですよ」

「……善処しよう」


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