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こちら暁古書店、文字狩りハンターです  作者: 千葉シュウ
そいつはフリーランスだ
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Good Day Sunshine

 よく晴れた空の下、エレンは街を歩いていた。

 場所はサンストリート。そこは、この街で唯一の商店街。やや活気がありながらも昔ながらの姿が残っている貴重な場所。

 新旧の様々な店舗が立ち並ぶ商店街の中を彼女は闊歩する。目的地は一つ。商店街でもある種異様な雰囲気を持つ、暁古書店に他ならない。


「こんにちは、エレンちゃん。また、暁のところかい?」

「ハロー、金物屋のおばさん。暁古書店にはいつになったら来てくれるのかな?」


 ニコニコと親しげにエレンが答えた。彼女はある特定の人物を除けば、かなり友好的かつ社交的な女の子である。


「遠慮しとくよ。あたしはあまり本を読まないからねえ」

「ふふ、そう。それじゃ、またね」


 エレンは歩く。颯爽と歩く。

 その一挙一動はそれなりに注目を浴びているのだが、彼女は気にしない。容姿のせいで見られることにはもう慣れたのだ。それは、ある種仕方がないことだと彼女は割り切っている。

 それから数分後。

 暁古書店の看板を見つけると、彼女は微笑んだ。

 いついかなる時でもその様はまるで変わらない。

 エレンはそれが嬉しかった。彼女にとってここは、どこよりも心が休まる唯一無二の場所なのかもしれない。

 彼女は店内に入り奥に進むと、ベルを鳴らした。

 奥から人が現れる。


「ハーイ、私がやって来ましたよ……って、篠宮じゃん。この私の爽やかな気分を害すなんて、覚悟は出来ているんでしょうね」

「いやのっけから酷いよ! 大体、気分を害したってどういうこと? まだ僕は何も――」


 篠宮の言葉を遮るエレン。


「あなたが、いるじゃない。そこに」

「そんなことで!?」


 それから一通り、挨拶とは名ばかりの悪態を済ませたエレン。二階に上がり古びたクローゼットからエプロンのような簡易的な制服を取り出すと、着替え始める。

 着替えとは言っても、高校の制服の上に暁古書店の制服を羽織るだけである。あっという間に着替え終わり、はたきを持って一階に降りてゆく。


 エレンが暁古書店でアルバイトとして働くようになったのは、それ程前のことではない。数か月前に高校生になったばかりの彼女は、ある事情から親元を離れて一人暮らしをしている。しかし仕送りだけではいけない、とアルバイト先を探していた。

 だが、中々条件に合う場所が見つからず、エレンが少し途方に暮れていた頃、それは起きた。暁と篠宮がある特殊な文字狩りに苦戦。一般人も巻き込んだ事件が発生した。そこで彼女は、生まれ持った力で獅子奮迅の活躍を見せたのだ。

 ひょんなことからその事件に関わったことで、暁古書店で働くことになったという経緯があるエレン。

 そんな彼女は、暁の下で働くようになってから、学校よりもこちらにいることを好んでいる。学校は学校で楽しいようだが。

 なにせここは、時々手伝わせられる裏の仕事を除けば、実に楽な仕事しかない。

 だが仕事が楽だということはつまり、繁盛していないということになる。店には問題が山積みである。

 暁は全く頭を悩ませていないが、商売としては致命的なまでにほとんど客が来ない。当然その要因は多数ある。実は篠宮が、何か出来ないかと時々考えていたりする。実行に移したことはないが。


 暁、古書店。本を売る場所である。

 店に置く商品の仕入れは暁自身が行っている。しかし商品の陳列は適当、ジャンルで大別しているだけ。

 そんなことでは客が来ないのも当たり前と言えるが。


 エレンは仕事を始める。

 エレンがパタパタと埃を払っているが篠宮は特に何もしていない。することがないのである。


「今日、誰かお客さん来た?」

 篠宮は首を傾けて答える。

「十人いるかどうか、って所かな。いつもよりは……多かったよ」 


 果たしてそれで多いなどと言えるかどうかは甚だ疑問ではあるが、日に客が一人も来ないことすらある彼らの勤務先。それもこれも、店主である暁の仕入れに問題があるというのが二人の共通認識だった。


「だって暁さんのチョイスって滅茶苦茶だもの。私は面白いから買うけど」

「それ、暁さんの前で言っちゃダメだよ。絶対怒られるから。僕も楽しみにしているのは否めないけど」

「だってしょうがないじゃない。あそこなんて見てよほら、ライトノベルと純文学が並んでる。相変わらず面白いわね」


 その商品群の特徴を上げるとすれば、やはり装丁ということになる。

 どれもこれもやけに凝ったものや、派手なものばかりだ。暁は、内容ではなく完全にデザイン先行で商品を仕入れていた。二人はその訳を知っているから、今度はどのような珍品がやって来るのかと心待ちにしている部分がある。

 そういえば、とエレンが気付いたことを口にした。


「今日は暁さん、いないの?」

「いるよ。地下のソファーで寝てるから、起こさないでくれって」


 暁はよく眠る男だ。地下で眠ることが多いことを知っている篠宮はそれに慣れているから、本棚の仕掛けはしっかりと停止させている。客がいる間に地下への隠し通路から出てこられては、客と店、双方どうすればいいのか分からないだろう。それに、秘密は厳守しなければならない。


「へへへ、覗いちゃおっと」

「あっ! ダメだよそんなことしちゃ――」


 篠宮の静止も効かず、エレンは千里眼を使用した。

 目を閉じると、視界が移り変わる。

 地下にいる暁はダラリと着崩した着物のまま、枕も布団もなしにソファーで眠りに就いている。寝苦しそうなのが見て取れる。

 エレンはその姿を視て、篠宮の耳をつねった。不意打ちだ。以前の借りを返した形になる。


「痛っ! ちょっと、何するのエレンちゃん」

「あのね、暁さんは店長なのよ。いわばマスターね。聞くけど、その手は何のために付いていると思っているの?」

「いや、何のためにと言われると返答に困っちゃうけど」

「暁さんをお世話するためでしょうが! この、そんな役立たずの手はこうしてやるわ!」

「痛い痛い! 助けて暁さん!」


 と、彼らがふざけたやり取りをしている最中。一人の女性が来店した。

 なんと、エレンが来てからは初めての来客だ。二人は姿勢を正して「いらっしゃいませ」とお決まりの挨拶をし、あたかも真面目に勤務していたかのように振る舞う。

 しかし客はその微妙な変化に気付くことはなく、何冊かの本を軽く立ち読みした後、何を買うでもなく退店した。

 その後ろ姿を見送ってから、二人は溜息を吐く。


「ああ、貴重なお客さんが」

「あんたが気の抜けた挨拶するからでしょ。大体ね――」


 エレンと篠宮の遊びは、その後も続いた。




「そういえば後藤、だったかな。あの後どうなったわけ?」


 内容のないやりとりの中、エレンが思い出したように唐突に言う。

 篠宮は何やら複雑そうな顔をした。


「あー、うん。きちんと文章は戻ったし、奥さんも元通りになったみたいだよ。ほら、奥さんが話を聞いてくれなくなったって嘆いてたし、あの人」

「そうなんだ。……ってどうしてそんな苦々しい顔してるわけ?」

「いや、依頼完了の報告を暁さんがしたんだけどね。もう、僕らのことについて興味津々だったらしいよ。根掘り葉掘りの質問責めで、暁さん怒りが爆発しちゃって」

「うわー、想像したくない。暁さん怒ると超怖いから」


 エレンは一度叱られた時のことを思い出し身震いする。


「ま、教えるわけにはいかないからね。でもまあ、後藤さんも反省してくれたみたいだし、いいんじゃないかな」

「そう、それならよかったわ……ていうか、ちょっと話し込み過ぎたわね。そろそろ閉店の時間じゃない」

「あ、本当だ。お店閉めないと。暁さんはどうしようか。まだ寝てるみたいだけど」

「そうね、私が暁さん起こしてくるから、篠宮はカギお願い」


 エレンが地下に向かおうとしたタイミングで、ドアが開いた。二人も見知った顔だ。


「どうも、里中美鈴でーす。暁さんいますかぁ?」


 その刑事は、気の抜けた挨拶と共に登場した。


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