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接近、文字狩り

 彼らが目標に定めた男は吸っていた煙草を灰皿に放ると、何でもなさそうな様子で本を読みながら歩き始めた。その本にはカバーもなにも付いておらず、裏表紙にも何も書かれていない。これも、二人が普通の人間と文字狩りを見分ける判断材料の一つだ。それも、かなりわかりやすい部類のもの。

 もっとも、文字狩りは外でその本らしからぬ本を読むことはあまりないので、二人にとっては実にラッキーなことだったのだが。これは、暁と篠宮がその存在を感じ、栞の力が反応したことの裏付けとなる。

 それからも男はフラフラとあちらこちらに歩き回り、目の前の本にしか興味がなさそうとしか思えない様子だ。尾行をしている二人も、毎度のこととはわかっているが長い間緊張状態のため、疲労が蓄積する。

 そうしてようやく男が自宅らしきアパートに辿り着いたところで、僅かに休息をとることにした二人。


「どうやらあのウェインズ・ハイツがあいつの住処みたいですね。どうします?」

「そうだな、一旦様子を見てから決行時刻を決める。エレン、任せたぞ」

「オーケー。じゃあ、集中したいから一旦無線にして頂戴。ヘッドセットは二人とも忘れてないわよね?」


 暁と篠宮は無言で頷き、ヘッドセットを装着した。ここからは、戦闘になる恐れもあるので両手は空けておく必要がある。


「さあ、私に部屋を覗かせなさい、文字狩り」


 彼女は現在暁古書店の地下にいる。 

 エレンが集中力を高めると、彼女の脳内に暁と篠宮の存在が浮かび上がって来る。

 千里眼と呼ばれる力だ。

 エレンは生まれつき、超能力と呼ばれる力を行使することが可能だった。そのことで疎んじられたこともあるが、本人は今、充実している。一般社会ではこの力を十全に扱うことはできないが、ここは違う。

 そして彼女は意識を二人からウェインズ・ハイツへと移していく。一切の抵抗なく部屋を盗み見できるのは、相手が人間ではない存在だからなのだろう。


「ふーん、ぼろいアパートね。文字狩りにはお似合いよ……あ、男は今ソファーに腰掛けているみたいね。何かを警戒している様子は見受けられないわ。周りに少し人もいるし、一旦夜まで待機ね。こいつが寝静まったら伝えるわ」


 暁の文字狩りを探索できる能力とエレンの千里眼。

 この二つに掛かれば、文字狩りの位置を特定することなど、決して難しいことではない。




 数時間後、辺りは暗くなって時刻は深夜帯に突入していた。空腹を満たすために簡単な携行食でエネルギーを補給した二人は、戦闘になることも見越して準備を行う。

 暁がゴルフバッグから日本刀を取り出す。湾曲した刀身とそれを包む鞘は月明りを反射して、黒く光り輝く。柄はそれ程変わった形状ではないが、暁古書店の看板にも刻まれている暁家の家紋が掘られている。鍔もまた同様に、家紋を象った形状だ。

 一方の篠宮は、徒手空拳のままだ。一度現場を離れていた篠宮。

持って来ていたバッグを暁の物と合わせて人目に付かない場所に置いて、現場に戻ってきたようだ。


「まずは俺がドアを破壊する。俺の方へ向かってくるだろうが、もしかすると窓から逃げ出そうとするかもしれない。幸いにも一階だから、窓の側で待機しておけ」

「了解です! エレンちゃんも、逃げられた時のためにしっかり視ておいて」

「こちらも了解!」


 ボロボロのアパートの敷地内に二人が侵入する。文字狩りは、どういうわけかこういった場所に住んでいることが多いのだ。

 暁が玄関の前に辿り着く。辺りを夜の静寂が包み込む中、部屋からわずかにでも物音がしないことを確認した。

 突入直前のエレンによる監視によって、男は間違いなく眠っていることは彼らの間で共有されていた事実だ。

 暁は、腰の刀を持って待機する。緊張が走る。しかし、突如その時は訪れた。

 部屋の中から突然物音がし、急にドアが開く!

 最初に気付いたのはエレンだが、時すでに遅く、暁は対処が間に合わない。


「ちょ、まずい、暁さん!」

「なっ――!」

「おおぉぉぉぉぉ!!」


 男が人間のモノとは思えない咆哮を上げ、暁に襲い掛かった。

 ここまで凶暴な文字狩りは、暁にとって初めての経験だ。それゆえ、奇襲するはずが、される形となってしまったのである。馬乗りになり暁の首を絞めようとする男。

「貴様……どれだけ文字を喰らった!?」暁の問いに男は答えない。

 文字狩りには個体差があることを暁は知っている。そして時には、謎の力が芽生えていることも。だが今回のケースでは、暁が想定していたモノを遥かに超えていたようだ。暁は必死に男の腕を押し返そうとする。

 しかし、人間離れした文字狩りの腕力によって暁は徐々に拮抗状態から押されていく。

 遂に押し負けた暁の首に文字狩りの手が食い込み、締め上げる。もう少しで、暁の意識は飛んでしまうだろう。

 だが男の咆哮を聞きつけた篠宮が暁の元に辿り着くまでに、ほんの僅かな時間しか掛からない。


「暁さん!」

「ううぅぅぅ……」


 篠宮が男を蹴り飛ばそうと接近する。しかし、二対一では分が悪いと踏んだのか、男は不気味な呻き声を上げながら去って行った。

 篠宮は男と暁を見て一瞬の逡巡を見せた。暁の心配をするのが先か、男を追うことが先決か。


「何をしている、早く行け」

「え、でも!」

「少し、休んだら俺も行く! さっさとしろ、取り逃がしてしまうぞ!」

「……クソっ!」


 首を抑えて苦しむ暁は、篠宮へそう告げた。

 篠宮は苦渋の決断ではあったが、男を追いかける。文字狩りは得てして身体能力が高く、常人の足ではとても追いきれるものではない。

 しかし、篠宮は特殊な体質がある。

 身体能力が、異常に高いのだ。その高すぎる運動能力は、篠宮にスポーツをすることを辞めさせるに至ってしまった。なにせ、敵がいないのだ。

 住宅街を走り抜ける男と篠宮。

 しかし、いくら篠宮といえど一人ではいつか離されてしまうだろう。今回の相手は、それ程までに強い個体だ。

 だが、そうはならない。


「篠宮、次を左!」

「わかった!」


 エレンの存在だ。千里眼を所有している彼女は、常に文字狩りを俯瞰視点から追跡していた。彼女は遠距離からのサポート役としては、あまりにも便利な能力を持っている。だがエレンには現在、頭に纏わりつく違和感があった。

 深夜帯とはいえ、全く人通りがないわけではない。とはいえ、可能な限り人目を避けて移動する文字狩りにエレンは知性を感じ取り、それはまた強力な違和感として彼女の思考をわずかに鈍らせた。

 だが篠宮は駆ける、駆けていく。

 たった数分であっという間に住宅街を抜ける。

 文字狩りはこのままでは逃げきれないと判断でもしたのか、廃ビルの屋上へと壁を伝って登っていく。窓から窓へと飛び移るその男は、人間ではありえないスピードで屋上へと昇っていく。

 篠宮が階段を使ってビルの屋上へと昇ると、文字狩りはどういうわけか、逃げずに屋上の中心に佇んでいた。それを不思議に思った篠宮だが、構わず慎重に接近していく。

 しかし、あと数メートルで攻撃範囲に入ろうかという所で、男が口を開いた。


「俺の、邪魔をするな。創造主は、お前らのことを良く思っていない」

「創造主? 知るか、そんなことよりも大人しくしてもらおうか!」


 篠宮が地を蹴って男に肉薄した。


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