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突き抜ける鋼鉄

「俺は残るぞ。ヤツを逃すわけにはいかん」

「店の方はどうするんですか!? 二人が心配です!」

「応援を呼んでおいたはずなんですが、まさかまだ到着してないというのですか?」

「何がどうなっている……?」


 誰しも、不安を抱かずにはいられなかった。混乱は避けられない。

 三上の疑問はもっともだ。彼らが目にしたのは異様な町の光景だったといおうのもある。

 というのも、それまで活気のあった町に人の姿が見られないからだ。既に、周辺住民に至るまで避難が完了していたらしい。手引きをしたのは誰なのか、彼らには見当も付かない。


 彼らの中でも、特別焦っていたのは篠宮だろう。

 相手の底が見えないこともそうだが、店の状況を窺い知ることが出来ないことが、焦りに拍車を掛けている。

 翔子が戦場にいることも、大きな不安要素の一つだ。一時的に文字狩りの行動を奪えたとはいえ、それも長続きはしないだろうことは、誰しもが理解していたこと。既に意識を取り戻していた翔子は状況が掴めていなかった。いかに一般人と乖離した生活を送る彼女でも、まさか命のやり取りをすることになるなど夢にも思わない。


 状況は切迫していた。

 里中と三上は、家電量販店から脱出してからすぐ、応援を要請していた。しかし、いつまで経っても来る気配がない。

 冷静さを欠いてはいけない状況だが、それでも動揺は隠せない。


「むぅ、ストップストッープっ、ですよ! この状況で言い争っていても仕方がないでしょう!」


 里中は一種のムードメーカーだ。本人の性格がもたらすのは、緊張感の緩和。彼らは現状を把握することに努めた。

 全員が現状の戦力を確認する。装備は暁の持つ刀、残弾の少ない銃火器のみ。

 スタングレネードのような強力な道具はもうない。真正面から文字狩りを相手取る必要がある。絡め手も、それ程策を練る時間もない。

 脅威は、災害は待ってはくれない。

 冬の寒さが遂に店の外まで漏れて来た。


「来ました、ヤツですよぉ。油断したらお命頂戴されてしまいます」

「ふざけている場合か。構えろ」


 篠宮は翔子を逃がさなければいけないことに思い当たった。己の身よりも、叩く力がない翔子をこの場に残しておくことの方が、心配の比重が大きい。


「翔子ちゃん。逃げるんだ」

「え? みやっちのこと置いてけないし!」


 素人では、ここから先は着いて来れるはずもない。


「ゴメン翔子ちゃん。君には無事でいて貰いたいし、君がこの場で出来ることはないんだ。僕らに構わず行って」


 翔子は逡巡する。

 もちろん、危険などいかに翔子といえど承知の上だ。化け物に襲われたのだから、誰でもその危険性は理解できる。彼らが特殊な人間であることも、それに積極的に関わってはいけないことも、彼女には大体理解できていた。それでも、篠宮を置いて行くことなど出来はしないとうのが翔子の心からの気持ちだ。


「頼むよ」

 今まで見せたことのない、あまりにも真剣な表情が翔子の心を動かした。

「……わかった。でも、絶対無理しちゃダメだかんね」


 翔子は通りの向こうへと走り去っていく。彼女の無事が確保されたことで、篠宮のみならず全員が多少の安心感を得た。一般人の死者を、これ以上出してはならない。

 その間にも、ゆっくりと文字狩りは近付いてきていた。様子がおかしい。


 文字狩りはフラフラと一行に接近してくる。だが、それは酷く不安定な足取りだ。未だ、三上による閃光の影響が残っているようだ。彼らにとっては好都合。


 戦闘が再開される。文字狩りの繰り出す攻撃は相変わらず強力だ。

 恐らくもう一度同じアプローチを取ったとしても、周囲一帯を凍てつかせる隙を与えてしまえば、結果は見えている。暁達は敗北することになるだろう。

 だが、有効な攻撃手段がこれと言ってないのも事実。

 一連の攻防は、店内で繰り広げられていたことを再現するかのようだった。

 呼んだはずの応援が来ないことにも、徐々にいら立ちを覚え始めた特対班。しかし、誰がこの状況を打破できようか。

 この敵を打倒するには、相手と同ランクの能力を保有しているか、より強力な武装が必要なことは明白だった。

 膠着状態が続く。

 変化が訪れたのは、再戦開始から数十秒後のことだった。。


「待て、近付くな!」


 暁の怒号が響き渡った。

 それに従う彼らは、謎の行動に出た文字狩りを警戒する。


 文字狩りは突如動きを止めてしまったのだ。好機とも取れるが、罠である可能性も考慮して近づくことをためらった。結果としてそれは最大のチャンスを逃すことになるのだが、その是非を問う必要はない。

 この判断が吉と出るか凶と出るかなど、結果論でしかないのだから。


「わ、わた、私が、わたしが私が私が言う…………主が降臨なされたと」


 その時だった。

 暁が突如、頭痛を覚えた。徐々に痛みは増していき、遂に膝を着いてしまう。それを見ていた篠宮が駆け寄ろうとするが、文字狩りを見て思わずひるんだ。

 様子が違う。明らかに、威圧感が増していることに気付いたのだ。


「私が、わたしが、言う――少し黙ってて――ああ、主よ、私の中に入って来て下さるとは――君が不甲斐ないからさ」

「なん、だ。この感覚は」


 暁の全身に悪寒が走る。まるでそいつを知っているかのように、体の奥底から憎しみが沸き上がって来る。全力を持ってアレを叩きのめせと、血肉が滾る。

 

「あっ、ダメですよ!」


 里中の静止も虚しく、暁は一人飛び出していた。全員が協力してようやく互角まで持っていった相手に、何たる愚策だろうか。

 普段の暁ではありえない行動にしかし、文字狩りが反応する。

 文字狩りが手を振ると、先の戦いとはまるで異なる威力の冷気が吹き荒れる。


 瞬く間に暁がそれに包まれる。誰もが暁の死を覚悟したが、そうはならなかった。

 暁は突如出現した氷の壁に閉じ込められていたのだ。

 それはまるで牢獄のように、格子状の形をしていた。


 だが、攻撃の後にはチャンスが生まれる。

 この時、三上は能力の後隙を狙って、銃撃を行った。従来通りの見立てであれば、確実に命中するタイミングだ。


 だが、それは呆気なく阻まれてしまう。


「なっ!」

「驚いたかい? この能力は本来こういう風に使えるのさ。僕に掛かれば自由自在って所かな。あれ……耳が聞こえないな。全く、一体何をされたらのやら」


 君臨した化け物たちの長は配下の不出来さを嘆いたが、己が来たからにはもう心配など不要。

 不調に気付くも、それを感じさせない圧倒的な能力の飛躍を見せた。

 楽しそうに人間を嘲笑する。そのしぐさは、確実に相手を見下している生物だけが見せる強者の余裕。

 己を主と呼ばせる傲慢さは、持たざる者には出来ないこと。


「暁君は後でじっくり嬲るとして……君らには興味がない。さあ、死のうか」


 言葉と共に、文字狩りだった何かは標的を篠宮に変更する。暁のサポートを失い、無手でしかない彼は格好の的だった。

 成す術もなく、初めて感じた本物の恐怖が篠宮の足をすくませた。

 恐怖が篠宮を震えさせる。

 自分はここで、死んでしまうのだろうかと、初めて本気で感じていた。威圧感も相まって、一歩、ただ一歩動かすことさえできれば逃げられるかもしれないのに、それが出来ない。

 特対班の二人も、同じような力の波動に苛まれていた。創造主の放つプレッシャーが全員を釘付けにする。


 だが、震えて見ているだけなど彼らには出来るはずもない。ここには弱き者はいないのだ。暁だけは蹲ったままだが。

 決死の覚悟でプレッシャーを跳ね除けると、起死回生の一撃を放つタイミングを探るべく、三上と里中は銃撃を再開した。能力に対して無防備とも言える篠宮に、アレを近付かせてはならないと。

 創造主は遊んでいた。やろうと思えば、すぐにでも遠くの二人は始末できるのだろう。弾丸を苦も無く防ぎ、じわじわと篠宮に近付いて行く。


 彼らは攻めあぐねる。遂に弾丸が底を突きた瞬間。それまで弾丸を鬱陶しそうに払っていた創造主は、ニタリと笑う。


「その顔が見たかった」


 篠宮は死を覚悟した。

 創造主がやや距離のある位置から手掌を篠宮に向け、いざ死を与えようとしたその時のことだ。


「ダメぇぇぇ!!」


 篠宮が横目でそれを見ると、そこには翔子の姿があった。

 僅かに正気を取り戻すも、既に狙いは定められている。死の冷気が篠宮に迫る。


「翔子、ちゃん! どうして戻って来たんだ!」


 愛ゆえに、舞い戻っていた一人の少女が篠宮を助けんとする。

 翔子は走り出していた。誰しも予想だにしていないであろう健脚が、彼女を篠宮の下へと運ぶ。凍てつく冷気が篠宮に降りかかろうとしたその瞬間、翔子は篠宮に勢いよくぶつかり、二人は大きく飛んだ。

 辛くも回避するが、二人は既に戦える状態ではない。


「邪魔が入ったね」


 ギリギリで躱した弊害は篠宮だけでなく翔子にも表れていた。

 翔子の足は、無残にも凍結の憂き目に遭っていたのだ。放っておけば重症になる可能性が高いだろう。翔子も創造主の殺気にあてられていたというのに、動けたのはなぜか。篠宮もまた地上へと、氷の力で縛り付けられていた。だが、翔子は絶望していない。

 翔子は強靭な意思でこの場に在った。ただ、愛ゆえに。

 戦力として数えることすらバカバカしく思われる程にかよわい少女は、篠宮を庇うために立ち上がる。創造主を真正面から睨み付ける。


「絶対に死なせないんだからね! せっかく会えたのに、こんなので終わり何てあり得ないし!」


 だが既に、二人揃って動くことは叶わなくなってしまった。翔子の勇気も、このままでは無駄に終わってしまうことだろう。


「これでチェックメイトだよ。誰か一人でも欠ければ君らに勝ち目はないんだから」


 創造主は距離を詰めようとする。直接手を下そうという算段だろうか。

 氷に閉じ込められた暁は、苦しみながらただ見ていることしか出来ない。


 彼らにはもはや、勝ちの目は残されていないのだろうか。篠宮に死が迫る。


「弱い、実に弱いね君たちは。初めからこうしていれば良かった。さあ、絶望して貰おうか」

「待って下さい!」


 里中が大声で叫んだ。


「……何? 少しだけ付き合ってあげてもいいけど、下らない内容だったら――というかよく聞こえないよ、バカなんじゃないかい? ふふ」

「いいえ、むしろ最高のニュースをそのご立派なお耳に聞き届けられますよ!」


 創造主は、多少ながら興味を持ち始めた。

 里中には策がある。そうでなければ、顔からにじみ出たその余裕は何だというのだろうか。


「いいよ、言ってごらん」

「それでは、よぉく耳を澄ましてください。何か、聞こえてきませんか!」


 里中は、けたたましい音と共に最後の弾倉が空になるまで銃弾を連射した。ただの不意打ち紛い、策とも呼べないもの、創造主は呆れと共にそう断じていた。


 もちろんそんなわけがない。里中はヤケクソのように拳銃そのものまで創造主に投げつけた。

 しかしそれは、創造主の頭の上を越えて行ってしまう。


 すると同時、そう遠くない距離から大きな音が鳴り響いていることに創造主が気付いた。けたたましいサウンドを奏でるそれは、静寂が訪れていた戦場に、排気音と共にやって来た。

 三上と里中は援軍の存在に気付いていたのだ。

 接近してくるのは、国産のスポーツカー。その車内で、一人の男が咆哮を上げた。そのまま緩やかにスピードを落としながら文字狩りへと一直線に向かっていくと、驚きの行動に出る。


「おらぁぁぁ!!」


 スピードに乗った車体を、そのまま創造主へとぶつけたのだ。反応が遅れたのは、里中の銃撃が功を奏した結果だろう。

 スタングレネードでほとんど潰れていた耳が、その反応を遅らせた。至近距離まで近づけたのは、里中が気を引いていたお陰であった。


 耳をつんざく衝突音。

 創造主は派手に吹き飛び、ガードレールに擦られながら遠くまで転がる。いかに文字狩りの肉体であろうと、大ダメージは必須。


 ある種、唖然としながらその一部始終を見ていた一同。車両から降りて来た一人の男が、気さくに声を掛けた。


「待たせたな。まあ誰も待っちゃいなかっただろうが」

「結城、大輔か……! 驚いたぞ」


 創造主との距離が離れたことにより、暁の頭痛は治まっていた。


「それより危ないじゃないのお姉さん、銃が車体を掠めた時はどうしようかと思ったんだが……」

「あなた方が遅すぎるからですよ。罰が当たればよかったのに」


 この時、翔子は気が抜けたようにへたり込んでしまった。

「た、助かったの……? マジで死ぬかと思った……」

「ダメだよ、まだ油断しちゃ――気絶しちゃったみたいだね」


 命拾いしたことが分かると、翔子は再び気を失う。篠宮はそれを優しく支えると、抱きかかえて立ち上がる。命を助けてくれた翔子に、不思議な感情が湧き始めていた。


 だが、戦いは終わっていない。結城大輔は周囲を見渡してから、ふうっと息を吐いた。


「さて、と……」


 東北の雄、一人の男が復讐に力を滾らせている。今にも同法の敵を討たんと拳を握りしめるが、能力を使う寸前の所で止めてしまう。


「だけどそれを下すのはおれっちじゃねぇのよ、文字狩り改め創造主様よ」

「――おい、起き上がるぞ!」


 ゆっくりと上体を起こし、創造主が立ち上がった。

 創造主は、先程までのように舐め切った態度など既に捨てていた。

 そこにはただ怒りがあるのみだ。憎悪がそのままプレッシャーに転化し、それを肌に受けた結城はブルリと体を震わせた。


「おーこわ。てかしぶとい野郎だな。だが問題ねえ……来たぜ、あんたらの本命がな」


 最初に気付いたのは特対班の二人だった。忘れるはずもない、訓練の記憶が呼び起こされる。降下訓練では、二人はよく突き落とされていた。

 援軍は、空からやって来たのだ。

 警察機関が保有する中でも、緊急事態に駆り出される機種だ。ヘリコプターが襲来し、空気を裂く音が戦場を支配する。


「もう一人、強力な助っ人を連れて来た。あっちが本物の援軍さ」


 滞空するヘリコプターのドアから、長い銃口が覗いていた。

 爆音が鳴り響く。携行用の拳銃とは比べ物にならない口径の大きさから奏でられる弾丸の射出音は、創造主へと次々に襲い掛かった。


 一、文字狩りの右足に着弾。

 二、次いで右腕、左腕、全ての四肢を貫通。

 三、最後に胴体へと鋼鉄が突き抜ける。


 正確かつ無慈悲、人外クラスのスナイパー性能を誇ったのは一人の、人間。

 かつて鷹の目とまで呼ばれた戦場の鬼は、創造主に反撃さえ許さなかった。猛威を振るっていた創造主が宿りし文字狩りは、成す術もなく奇襲により打倒された。


§


「と、統括班長! どうしてあなたが!」


 無人の町に降り立ったのは、芦屋誠一郎だった。長大なライフルを肩に担ぎ尊大な態度で彼らの下に歩み寄って来る姿は、歴戦の兵士であることを雄弁に物語っていた。組織の長が現場に出向くことなど、当然ながら珍しいことである。

 特対班という異質な組織にあっても、それは常識レベルの話。

 このことに驚きを隠せないのは当然、特対班の二人である。結城が協力関係にあることはあらかじめ聞かされていたし、そのことについて思う所もあった。

 だが、まさかそれを聞かされた本人がやって来るとは思わない。


「詳しい話は後だ……ふむ、凍り付いた所が融解している。これならば問題ない」


 芦谷が言うように、暁を覆う氷の牢獄も、篠宮と翔子を縛り付けていた氷の鎖も、溶けて消えていた。これは文字狩りが倒れたことの証明に他ならない。


「芦谷さん。驚いたぞ、結城が協力者だとはな」

「ああ、彼は私が引き込んだ。そして暁君、よく彼奴を足止めしていてくれた。礼を言う」


「篠宮、無事か。伊織翔子はどうだ」

「……二人とも問題ありません。僕は少しあいつの空気にあてられていただけですし、翔子ちゃんも気を失っているだけです。それにしても、何も出来ずに申し訳な――」

「言うな。俺とて結局はあの様だったのだ」


 そして、皆互いの無事を確認した後。

 全員が倒れ伏す創造主の下へと歩みを進める。


 創造主は、呪詛をまき散らすかのようにブツブツと何かを呟いていた。

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