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Despair

 場所こそ違えど、暁達の戦いに参加するはずだった二人。しかし、新たな敵の襲撃に気付いたことで、急ごしらえながらも戦線の構築に着手しているのである。

 それは、向こうでの戦闘が一時膠着状態に陥っている頃、エレンと遥はそれぞれが強い気持ちと共に着々と準備を進めていた。


 エレンはこのような状況では、常に複数の視点で何かを確認することにしている。敵の接近を事前に捉えられたのは、彼女以外ではありえないことだろう。商店街内に設置してある監視カメラも、特対班の二人がモニター前に常駐しているわけではないのだ。

 二人は、出来るだけの戦闘準備を整えていた。しかし、出来ることは少ない。そして何より危機的状況を招いている要因の最たるものとして、二人が地下に籠っていたことが挙げられる。接近に気付くのが遅れてしまった以上、逃げ場がないのだ。


 遥は、暁が店に置いている一振りの刀を急いで資料室から持ち出していた。竹刀でも、木刀でもない。これを今の遥に扱い得るかは、決して現実的ではなかった。満足に振ることすら出来ないのが現状であるため、遥を戦力として期待、過信することはできない。それは、エレンも気付いていたことだ。ゆえに、自分が何とかしなくてはという意識が生まれていた。

 そのエレンも、店の地下にある幾つかの装備を持ち出していた。咄嗟にソファーをドアに押し付け、部屋中から何らかの重量物を、可能な限り最短で、その場しのぎのバリケードとして採用した。効果は期待できないが、何もないよりはマシといったところか。

 加えてその手には、一丁の拳銃が握られていた。警視庁でごく一般的に採用されているモデルである。

 しかし扱い方など、映画で見た知識程度しかないそれを操ることはエレンには難しいが、今はそうする他にない。

 暁がかつて特対班から渡されたその黒く鈍い輝きの銃身は、暁の相棒でもある日本刀とはまた異なる殺意を放っている。手心を加えることなど出来ない、正真正銘の殺人兵器の一つだ。明確な殺意と共に使用しなければ、打つことなど出来ないのだ。

 エレンは自分にそれが出来る自信が全く欠如していることに、気付けているのだろうか。


 そして、それを向けられているのは翔子と篠宮に襲い掛かった個体とはまた別の、新たな脅威である。

 それが文字狩りだとエレンは気付いている。それはつまり、並々ならぬ力を保有している可能性があるということ。

 エレンは継続して視ていた家電量販店の映像を切った。三上がスタングレネードを投げる瞬間が脳裏に焼き付きそうになるのを何とか回避する。

 この時エレンは一旦暁達の映像を切り、店の方へ集中させることに専念する必要があった。複数の視点を同時に操る行為は、それぞれが独立した風景として映り、その数に応じて不鮮明さを増していくのだ。


 たった今、エレンの脳裏へとより鮮明に浮かび上がって来たのは一人の男。暁たちが相手をしている個体と同様の祭服を纏ったその姿は、ただ一つ、そして決定的に違う部分があった。

 腰に巻き付けられた紐には、太刀がぶら下がっていたのだ。ドアノブに躊躇なく手を掛けるが、鍵が掛かっているので開くことはない。だがその数秒後。

 文字狩りはドアを、素手で破壊していた。豪快なことだ。

 既に文字狩りは店内を探り始めている。

 願わくば、地下の存在に気付かれないことを祈るエレンだが、その願いは当然叶わない。

 太古より伝わりしある秘術により守られている地下への階段の存在が気付かれるのも、時間の問題だ。


「遥……幸いここは上よりも広いわ。それを振るうことも、できるでしょう。でも、今の遥にはそれが出来ない、そうでしょう?」

「やらなきゃ、死ぬだけなんだ。私は、戦える。そう、戦えるの……」


 遥は平時の落ち着きなど微塵も感じさせていない。この場で直接敵を相手取れるのは自分だけだが、それが出来るかは己の手に握られている。それはいわば、遥の、エレンの生殺与奪権を持ち合わせているようなものだ。


「……やっぱり、私がどうにかしないと。でもやれるの? 本当にこれで」


 既に、店に危機が訪れたことが暁達に知られているのは、通信により伝わっている。しかし、到底今から駆けつけて間に合うものではない。加えて、他に呼ぶことが可能な味方も、全員が別の場所にいるのだ。

 エレンは決意する。遥と、自分を守ることを。

 遥は決意する。エレンを守ることを。


 それぞれの思いが交錯する手狭な地下室に、一体の荒武者が降臨する。


 凄まじい膂力によって吹き飛ばされたドアとソファーが、バラバラに砕ける。苛烈な蹴撃を見せて現れた文字狩りは、そのまま部屋へと侵入した。


 エレンは改めてその化け物を見る。その見た目は限りなく人間に近いが、異様な殺意と威圧感に満ち溢れている。その異様さに、二人は文字通り圧倒されていた。


 エレンが構えた拳銃に警戒している様子もなく、何のためらいもなく刀身を抜き放った文字狩りは、彼女達に問いかける。


「貴公らはなぜ創造主に逆らう?」


 現代に現れた場違いな存在が、まるで己が侍であるかのように、尊大に問う。

 その疑問に二人は答えることが出来ない。創造主のことは、暁にそれとなく知らされただけでその深淵までは知らない。

 創造主と呼ばれている存在、仮にそれが本当の神だとしても、知ったことではないと言わんばかりに、不遜な一言をエレンが言い放つ。


「神、ね。私は無神論者よ。この国の意識に根付く八百万の神ですら信じられない私が、どうしてそれらを信じられるというのか教えて欲しいくらいね」


 エレンは強がりを強調する。実際にあらゆる超常的な存在に興味がない彼女は、強気な態度を取ることで隙を稼ごうとしていた。攻撃の瞬間を。

 遥がそれを実行できるかどうかについては自信がないことは自分にも理解できていたが、現状ではこうする他ない。

 エレンは賭けに出ていた。


「愚かな。信仰こそが曖昧な世界に生きる生命体がすがることの出来る、唯一にして最大の象徴だというのに」

「は、知ったことではないわね。私はそれこそ曖昧なものだと考えているのよ。もちろん、私が日本人でアメリカンでもある、ということは関係なくね」


「……そうか、ならば容赦することはない。今すぐ創造主の御許へと送ってやろう」


 この文字狩りには、特殊な能力など一つもない。あるとすれば、その知性と武器の扱いに長けている点だろう。

 ソレは、得物に手を掛けた。

 その太刀は、現代社会には似つかわしくない風貌と威力をもって現世へと顕現した。全てを薙ぎ払うその刀身は、それ程広くない室内であろうと関係がない。仮にそれを防ぐ術を持った存在を推し並べても、全てを切り捨てるだけの実力を備えている文字狩り。

 己の信奉者より指令を受けた対象を、自身の判断の下斬殺しようという闘気をほとばしらせ、二人を見据えていた。

 殺意の塊であるそれを見て、そういった悪意にそれ程耐性がない二人は僅かに恐れおののいた。直接文字狩りに対面するのが初めてであるエレンもそうだが、フリーランス時代に比べれば落ち着いている遥も困惑を隠せない。蛇に睨まれた蛙のように。


 だが、文字狩りが決して二人を侮っているわけではないことが窺い知れるのは、すかさず飛び込んでこなかったことだろう。エレンの所作の一つ一つに、細心の注意を払っているいるのだ。いかに非凡な生命体であろうと、銃撃には対応できないのが拍車をかけていた。それもその筈。


 ハッタリが効いているのだ。


 そもそもエレンに拳銃を扱うスキルはない。その手には、一度とて、容易く生命を終わらせる鋼鉄が握れらたことはなかったのだ。

 文字狩りはしかし、いかに人間に近しい知性を持ち合わせていたとしても、それは人間の肉体にインストールされたソフトでしかない。単純思考はともかく、相手の構えている武器の習熟度は測れない。


 しかし、使用する武器種が同等であれば話は別だ。

 遥が構えているのは、リーチでは劣るごく一般的な日本刀である。そこには特殊なギミックなどない。

 ただし、堂に入った構えから警戒に値す相手であることは認識しているのか、せわしなく両者に対して、眼球の動きで行動を逐一見ているのだ。

 

 膠着状態、とまでいかない程度の読み合いの中、初めに動いたのは文字狩りだった。


 化け者じみた脚力は、そのまま一歩の大きさに転じる。向かったのはエレンの下。


 銃声が轟く。しかし、文字狩りは半身分を射線からずらすことでそれを回避した。銃弾がその衣服をほんの少しだけ掠めるが意に帰していない。


 そのままエレンの首を掴むと壁に叩きつけ「まずは一人」と呟いた。内臓から無理やり息を叩き出され、苦痛を与えられたエレン。

 しかし、エレンが用意していたのは拳銃だけではない。


「く、食らいなさい、化け物……」


 スパークが発生する。エレンは最大電圧に設定しておいたスタンガンを、残された力で起動して文字狩りの腹部に叩きつけた。


 そして一瞬の隙が生じる。その隙に、遥が攻勢に転じようと足を動かす。しかし、何らかの力が働いているかのように、前に進むことが出来ない。


「遥、今! ……かはっ……!」

「ふむ、少々驚いたがその程度ではな」


 瞬時に回復していた文字狩りにもう一度、首を掴まれてしまうエレン。だが多少なりとも効果はあったようで、やや先ほどよりも精彩を欠いた動きだ。

 それでも、武器も、戦闘する術も持たない一人の少女を害するには、十分すぎるほどの力があるのだが。

 結局遥には、動き出すことが出来なかった。


「これは、やはりフェイクか。お主には策があるように見えたのだが、これであったか。脆弱な力だ」


 文字狩りは落ちた拳銃を部屋の隅に蹴り飛ばす。唯一にして最大の武器を失い、奥の手も特段ダメージを与えられない結果に終わった。エレンは内心で歯噛みする。


「なぜ、殺さないの?」

 潰れた声だ。

「勘違いするな、お前は殺す。だがその方、なぜその手の内にある力を振るわない? 見た所かなりの使い手だろうに――」


「はっ、はっ、はっ……」


 息が荒い。遥には、動くことが出来なかった。目の前には、今にも傷付けられんとしている光がいるというのに。

 

「問答には答えてくれぬか、娘よ。……まあよい、貴様から殺させてもらうとしよう」


 そう言って、文字狩りはエレンを下ろした。エレンは力なく崩れ落ちるが、必死に立ち上がる。

 文字狩りは一歩下がり、野太刀を素早い動作で抜き放つ。やや腰を落として八相の構えを取ると、相手を切り伏せるという意思のみを滾らせた。


 それが解き放たれれば、たちまち対象を斬殺せしめるだろう。死せる一太刀の標的は、エレンに定められた。


「言い残すことはあるか?」

「ふふっ、ふふふ……」

「気でも触れたか」

「人間の、ようなことを言うのね。化け物のくせして。滑稽だわ」

「……何?」


 エレンは文字狩りに問い返した。その目には、しっかりとした意思が宿っている。まだ、希望は捨てていない。

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