同業者
エレンと遙が休息を楽しみ。
篠宮がレポートで苦戦をして。
里中と三上が職場での立場的な苦戦を強いられて。
そこには三者三様の模様があった。しかしそこには暁の姿だけが散見されない。それには理由がある。
暁はその間、より深刻な問題に直面しなければならない状況に追い込まれていたのだ。文字狩りに対応する特対班に初の死者が、加えて文字狩りハンターにも死者が出たとあっては、動かざるを得なかたのだ。
単身、暁古書店を離れている暁は、一人の男と真剣なまなざしで何かを確認し合っている。
そこは、北関東地区某所にある警察が保有するある施設。名称は公開されておらず、ほとんど人が立ち寄らない地形に沿うように、円の形状を取る摩訶不思議な建物だ。そして、どういうわけか人目に付くことはない。
東京都内にある文字狩り患者専門の病院に雰囲気が似ており、職員も少なく、規模も大きくない。常駐しているスタッフは僅か数十名。その全てが、ある意味では一般的な人間とは違う。何かしらの技術体系を習得したプロフェッショナルの集団だ。
同所の地下に当たるフロアーには、ごく一部の者を除いて立ち入りが禁止されている区域があった。パスワードを知る者はただ一人。
その暗室の中、資料に目を通す男がいた。一人は暁、もう一人は壮年の男性だ。
手元の資料にはこう書かれている。
『20××年6月10日
最近文字狩りの動きが活発になっている。捕らえられた文字狩りは口々に創造主という単語を並べており、皆一様に凶暴性が高く、身体能力の向上のみならず、特殊能力を有しているケースが多い。
先日遂に我々の仲間に死亡者が出たことは記憶に新しいだろう。東北地方では一体何が起きているのか、全貌を早急に掴む必要がある。何か情報が入り次第、可及的速やかに情報の共有を行うように。
対処に当たっては、最大限の注意を払うよう警告せよ。また、有事の際は特対班の人間も現場に出ることをいとわないことだ。今回のケースでも、仮に我々までもが現場に出張らなかった場合、より深刻な被害が及ぼされていた可能性もあったのだ。
今回は止む無く目標の殺害を選択したわけだが、恐らく特殊な個体であったことは想像に難くない。
このままでは、いずれ再び死者が出ることが予測される。
各々研鑽を怠らないことだ。次回はこのようなケースがないように対策を建てよ。
なお死亡者のデータはや現場の状況などは添付のSDカードにて確認するように。
以上、最悪の場合は他地方からの応援も視野に入れて行動するように警戒されたし。
警視庁捜査一課特対統括班長 芦屋 誠一郎』
それを読み上げると、資料から目を離して暁を見据えた。この壮年の男性こそ、資料作成者その人。
里中や三上を束ねる特対班の最高責任者、芦屋誠一郎だ。
全てを見通す鷹の目と称される敏腕刑事。自衛隊、公安での訓練経験も持つ、老体一歩手前ながら高い能力を誇る男だ。
「どうだね暁くん、君の意見が聞きたいのだが」
「高梨医師と俺の仮説とそう大きく外れてはいないな」
「確か、文字を奪った総数が凶暴性に直結ないしは関連しているというものだったろう。ここには丁度いいデータが揃っている」
分厚いファイルに挟まれた一枚の報告書。そこには、死亡事件が発生した際に確認された文字数が記されている。
総数、4000文字オーバー。
ページごと脱落しているだとか、そういったレベルの被害ではない。
「分かるかね。今回敵の対応に当たったのは、特殊能力を持ったハンター三名、高度な逮捕術を操る警官が一名。それを跳ね除けるだけの力を持つ個体がついに出現してしまった、というわけだ」
「そして最早、情報を制限することにも限界が近付いてきている。君たちは同業者同士で軋轢があることは承知しているが、どうだね、私の指揮の下、協力し合うというのは。早急に、とは言わんが悪い話ではないだろう」
「そうかもしれんな。だが、俺達の手綱を握るのは芦谷さん、あんたでも無理だ。九州の連中など、とてもじゃないが扱い切れんだろう」
「ふむ、彼らがいたか。君の言うように九州の連中は滅茶苦茶だな。フリーランスと結託して、あまりにも非合法な手段で奴らを狩っている。それを見過ごすわけにはいかんが、協力が必要なのだ」
「失礼するぜぇ」
「……誰だ」
最初に反応したのは芦谷だ。暁と共に冷静な対応を見せる。芦谷は懐の拳銃に、暁は腰の刀に手を置いている。
「その話、おれっちも混ぜてくれよ」
暗室の入り口、少数ながらも厳しいセキュリティーに阻まれている筈の一室に、侵入して来た男。
施設に忍び込むことが可能な人物など、限られている。それは当然、何らかの能力を有しているという事実に他ならないだろう。
暁は侵入者の顔を見て、柄から手を離した。一応は顔見知りだ。それも、タイムリーな相手。芦谷も男を知っていた。
「東北の人間が何の用だ。関東くんだりまでわざわざご苦労なことだ」
「君か。いい度胸だ」
「久しぶりだなぁ、暁さんよ。おまけに小うるさい芦谷さんまでご一緒たぁ、結構なこって」
彼の名は結城大介。文字狩りを狩っている数少ない暁の同業者であり、現在は東北全域を管轄する立場にある。怪しい噂の絶えない男として、業界では名の知られた存在だ。
「一度あんたとは話してみたいと思っててよ。一対一で。ウチの管轄内で仲間が一人天に昇ったことは、知ってるだろ?」
暁は無言で頷く。
「単刀直入に聞くけどよ、お前さんどこまで知ってる? 創造主だのなんだの、おれっちにはさっぱりでよ」
「ふむ、俺とてそう確信に迫っているわけではない。だが……創造主とやらが存在し、文字狩りを生み出している。そして、最悪の場合それらを操ることが可能というのが、こちらの見解だ」
「クソッたれ、信じたくねぇな。面識はなかったが、優秀な奴だったと聞いてたのによ。しかも能力持ちたぁ、惜しいのを亡くしちまったぜ。俺がいれば……」
手元の硬貨を弄びながら、結城は仲間の死を悔やんだ。儀式のようなものだろうか。
意図するところは、自分が出ていれば、彼が死ぬこともなかったろうという所。
「もう一つ教えてくれよ。あんたの力のことだ。これから先奴さんみたいなのが湧いてくるとしたら、共同戦線でも張ることになるかもしれねぇよな? 同業者の能力位、把握しておきたいもんでよ」
暁は考える。確かに、結城の言っていることは間違いではない。しかし、信用が出来なかった。虚偽を織り交ぜて慎重に話す。
結局教えたのは、自身が栞とだけ呼んでいる能力のことだけだ。仲間の情報を教えることはない。エレンの能力を知られれば、篠宮はともかく、いち高校生でしかない彼女が危険な目に遭うことは目に見えていたからこその判断だ。高宮遙の一件は既に知られているから、特に何も言うことなかった。
これを受けてヒュウ、と結城が嘯いた。
「いいよねぇ、あんたには便利な力があって。こちとら奴らをズタボロにして無理やり文字を吐かせるんだから、苦労も倍だよ」
「何が言いたい、結城」
「いーや別にぃ。でもな、考えてもみろよ。俺達みたいな能力者が誕生したのと、文字狩りが出現した時期が重なるなんてのは、絶対に単なる偶然じゃないぜ。それぐらい分かってんだろ? 原初の文字狩りハンターさんよ」
疑問は尽きないが、終わりの時間が迫っていた。施設内のアラームが鳴る。
「おおっと、警備の連中が来たみたいだ、それじゃ俺はここで失礼するぜ。またいつか会おうぜ、暁さんよ。あ、後赤いドレスの女には気を付けな」
フリーランスとしても活動している男、結城はそれだけ言い残すと、足早にこの場を去っていった。
「奴め、何のためにここまで」
「全く、どうやってここまで忍び込んだというのだ。恐らくは何らかの能力であろうが、君なら知っているのではないかね?」
「奴が何の力を持っているかは想像がつくが、断言は出来ん。しかし、また例の女か……」
暁は考えるが、答えは出なかった。
「用事は済んだことだし、そろそろお別れとしようか。数日間ご苦労だった。情報提供感謝する」
「最後に」と付け加えて芦谷が暁に問うた。
「君の下の名前は何というのだったかな。最近物覚えが悪くてね」
「……そんなことはどうでもいいだろう。もう俺は行くぞ」
無理やり話を切り上げて、暁は暗室を後にした。それを見た芦谷は、あの男にしては珍しいと思うと同時に、何かを隠しているという確信を得ていた。
施設の外、帰りの車両が手配されているエリアを暁は歩いていた。ふと立ち止まり、己が手を開き、見つめる。
「名前、俺の名前か」
それを問われても、暁は答えることが出来なかった。自分でも、原因が完全に分かっているわけではないが、推論は立てていた。
「思い出せるものなら、思い出したいものだ」
そう、誰に言うでもなく寂しげに呟いた。
――
水無月は終わりを告げ、新たな季節がやって来る。
東北に端を発した文字狩りの変化は後に大きなうねりとなって彼らに襲い来るだろう。
依然、文字狩り達の目的は不明なままだ。しかし、暁達とて何も考えていないわけではない。
攻勢に打って出る日は近いが、今はまだその時ではない。
結局、目の前の敵を倒していくほかに道はないのだから。




