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お出かけ高校生

 暁古書店に新規メンバーが加入してから数週間後。


 暦の上では六月中旬である。春から夏に移り変わる狭間の季節だ。例年に漏れず国内では全国的に気温が上昇しており、アスファルトに照り付ける日差しの強さが、夏の始まりを告げていた。人の衣服は春に比べると薄着になり、漂う風の匂いも新緑の香りを漂わせる、そんな季節。


 その季節の移り変わりと共に、町の景色も変容していった。例えば関東にある某県の古川区朝日町、サンストリート商店街に店を構えている多数の店舗も、本格的な夏に向けての準備を着々と進めていた。

 飲食店、特に中華料理屋では夏限定のメニューを提供し始める。商店街の入り口付近に居を構える店は、軒並み涼しげな意匠を店外に施していた。


 夏が、始まろうとしている。


 だがしかし、その中において一風変わった古書店の存在は見逃せない。全てが創意工夫の欠片もなく、ただそこに在るのみ。実直と言えばそうかもしれないが、ただ単にやる気がないだけとも言える。

 そんな同店舗でアルバイトとして働く二人の女子高校生は、まだ肌に馴染まない気温に辟易としていた。あまりにも中途半端な暑さであるから、より面倒だと感じる気候ゆえ仕方がないだろう。


 しかしそれが、営業をサボって行われているとなれば話は別だ。


 時刻は昼過ぎ。午前中に訪れた客が僅か三人であったことから、店の奥に引っ込んで電子端末を眺めたり、うちわで扇ぎながらだらける二人。

 暁古書店の空調は弱いというか、ポンコツだった。


 そしてレジ横のベルは、もう二時間近くに渡り鳴っていない。休みたくなるのも当然か。


「はー、暑くなって来たわね。って、ちょっとたか……遙、くっ付かないでよ」

「ふふー、遙って呼んでくれるんだぁ。嬉しいなぁ……」

「おい、聞いてないし。あっ、こら顔を埋めるな! 暑苦しいじゃない!」


 エレンと遙は、店を勝手に閉めて昼休憩に入っていた。どうせ儲けなどないのだから、多少休んでも構わないだろうというエレンの判断によるものだ。しかし、常に遥かに絡まれるため若干の後悔もあったようだが。

 それに、事実として仮に休憩を取っていなかったとしても、訪れる客は一桁前半なので、全く正しいことである。加えて店内の空調を切っていることから電気代を節約することにもなり、エコロジー的かもしれない。ただ、無論そこまでエレンが考えている筈もなく、ただ休みたかっただけなのだが。

 そして当然、彼女達が自由奔放にしているのにはわけがある。このような横暴は普段であれば許されないことなのだ。


「そういえば、暁さんはどこに行っちゃったの? 出張って話は聞いてるのに知らなくて……」

「や、北関東とは聞いてるけど、細かいことは分かんない。確か、長くて一週間程度は戻らない的なことは言ってたわね」


 そう、暁は現在、いわば出張中であった。

 行先もロクに告げず、その目的も全く不明であることは、あまりにも身勝手な行為とも言えるだろう。当然、事情があるのだが。

 だが最大の問題は、現在店を任せられているのが大学生の青年と、高校生の二人ということであろう。しかもその篠宮も当然毎日は店に来れないから、偶然にも本日、エレンと遙しかいない、というわけだ。この店が繁盛店でなくて幸いである。彼女達に危機感はない。責任も、ないのだ。


「篠宮さんは?」

「あー、アレは今大学にいるらしいわね。何でも、レポートの提出期限が危ういらしくて」

「やっぱり、大学生だとそういうのあるんだね……」


 現在篠宮は大学内の図書館にて缶詰状態にある。友人と共にレポートを作成中で、前日からほとんど寝ていない極限状態。

 店との対比が酷いことになっているようだ。こちらは、あまりにもお気楽だった。


 いつの間にか店にも馴染んできた遙だったが、ふと店内の方を覗き、素直な思いを口にした。


「ねぇねぇ、このお店って、もうずっとこんな感じなの? もう二週間位いるけどお客さん全然来ないね。ストーキングしてた時もそう思ってたけど……」

「ストーキングってあなたね。んー、私だってまだ二カ月だからそれより前のことは分かんないわね。信じられる? 篠宮が来る前はあの暁さんが一人で切り盛りしてたってことを」


 遙は顎に手を当てて小首をかしげながら想像してみた。エレンはそれを見てやはり自分とは違う何かを感じた。しかし、嫌いにはなれないという中途半端な気持ちを抱くに終わっていた。かまってちゃん的な言動が目に余ることがあるのは、既に慣れてきているようだ。あるいは、慣らされたのか。


 一方その遙の脳内では。


 暁が店の掃除をして、棚を整理して、お客さんに気を使い商品を売りさばく。あり得ない。

 そして一人で文字狩りの対処に向かい、誰のサポートを受けることもなくあの怪物を相手にする。あり得ない、とまでは言い切れないが難しそうだ。


 考えた末に、遙が出した結論とは一体。


「お店として成り立っていたのかも心配になるねー」


 ゆるふわに失礼なことを口走る遙であった。が、事実、以前の暁古書店は掃除も行き届いておらず、売り上げだとかそういったレベルにも達していなかった。ただ。暁と本が在るだけの置物小屋のようだったのである。

 よって篠宮の存在は、渡りに船としか形容できない。


 二人が話し込んでいると、会話の隙間に電話が鳴った。エレンの端末から無機質なコール音が鳴る。着信画面には、ヒナ(朝比奈千秋)の文字が。


「ハロー、ヒナ。どうしたの?」

「ハロー。エレン今日バイト何時まで?」

「いつでも終わらせられるけど、どうして?」

 いつでも終わらせられる、とは。

「今ちょっと暇してたから、エレン家で遊びたいなと思って」

「いいよ。あっそうだ」


 エレンは一人で昼食を済ませる予定があったことを思い出した。そしてグーと鳴ったお腹の音が、少々恥ずかしく、誤魔化すように遥に背を向けた。


「今丁度お昼食べに行くところだったんだけど、ヒナも来る?」

「あ、私まだ食べてないから行こうかな」

「それじゃ、駅前集合ね」

「十分位で行くからー」

「オッケー。シーユースーン」


 電話を切り、振り返る。

 エレンの電話の内容を聞いていた遙は、とても、とても羨ましそうに見ていた。目が語っている。私も行きたいと、切なる願いが顔に出ていた。なんて分かりやすいのだろうとエレンは瞠目した。

 年齢は同じだが、エレンは遙を後輩に接する時のような感情で見ていた。もっと言えば、近所の子供に対する態度にも似ている。

 

「お昼ごはん、一緒に食べに行きたいの?」

「え……いいの? 私、その人のこと知らないのに、迷惑じゃない?」

「大丈夫よ、ほらそんないちいち卑屈みたいになってたら暁さんに叱られちゃうわよ。シャキッとしなさい、シャキッと」

「はっ! そうだね、そうする。じゃあ、私も行っていいんだよね?」

「ええ、もちろん。時々みんなで行く店があるのよ。そこで食べるから着いて来なさい」


 それはまるで、エレンが遙を付き従えているかのようであった。

 そして、店の防犯だけはしっかりと済ませると、二人は店を後にした。

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