後日
「というわけで、今日から仲間が一人増えたぞ。よかったなお前ら」
「本日より、こちらでアルバイトとして働かせて頂きます。高宮遥です。よろしくお願いします」
角度、姿勢ともに綺麗なお辞儀をして、高宮遥はそう告げた。
この日、暁古書店のメンバーは全員地下室に集合していた。暁の号令によるものだ。
これを聞いて、事の顛末を知っているようで知らない篠宮と、何も聞かされていないエレンが目を丸くして困惑した。特に、エレンが。
突然集合を掛けられたと思ったらこれだから、驚くのも無理はないだろう。
「ワッツハプン!? 篠宮、説明しなさい!」
「はあ、僕にも何がなんだか……」
困惑する二人をよそに、暁は決定事項として告げたのだから文句はないな、とでも言わんばかりのすまし顔だ。
何はともあれ、この日暁古書店に新たなメンバーが加わった。実に急な話で、エレンはともかく、篠宮にすら知らされていなかったのだ。驚愕。
篠宮はともかく、エレンは遥に会ったことすらないのだから。
エレンはまじまじと彼女を見る。初対面にも関わらず親しげな笑顔を見せる高宮は、どう見ても自分と同年代だ。頭頂部から舐め回すように見る。それを受けた遙はキョトンとした顔をしている。
黒髪で、肩に掛からない程度に切り揃えられた髪。つぶらな瞳は小動物を思わせ、口角が上がった口がとてもキュート。体は引き締まっていることが服の上からでも判別でき、鍛えていることが窺える。日々のトレーニングの賜物であろうその肉体は、スラリとしたボディラインを誇っている。胸部の膨らみは、エレンよりもやや大きい。そして、その所作は落ち着いている。服装も大人しい。
高宮遥は、エレンにはないものを持っていた。強敵、現る。
そして何より、その落ち着いた大和撫子のような雰囲気が、暁の横に良く似合っていることが、エレンは気に入らなかった。
暁の名を呼ぶときなど、既に当たり前のように暁さん、と実に親しげだ。そして、ソファーに座る暁の隣に腰掛けた遥は、今にも肌が触れそうな距離にいる。
二人は異次元レベルでの接触を果たしているので、この程度屁でもないのだ。他人には知りえないことだが。そして、暁はそういう所が鈍い。
「暁さんから離れなさいよ、高宮とやら。近いわよ」
「あれ、本当だ。迷惑、でしたか?」
「些かな。だが、俺達はある意味繋がったのだ。どうということはない」
「ありがとうございます……」
エレンは憤慨しそうになる所を必死に抑えた。なんだこの生き物は、というエイリアンを目にしたかのような気持ちが彼女に去来する。
エレンはこの時知る由もないが、高宮遥は現在高校生である。特対班の調査により判明していた事実はそれだけではない。怜奈の後を追うように自身も不登校になり、ある調査機関の手を借りて幾度か文字狩りを追っていた遥。
しかし先日の一件からフリーランスとしての活動は止めて、暁古書店の表の仕事を手伝うことになっていたのだ。いつの間にか。彼女は本来、アルバイトよりも静養することが必要なのにも関わらずだ。
しかし暁とて、当然現状に満足させるつもりは毛頭ない。だが、少しの間、自分達が面倒を見てやることで、幾分健全な状態に回復することを目的としての雇用だ。
しっかりとした説明さえ受ければ、エレンは納得することだろう。通常の医療機関では彼女は手に余ることも、文句なしで受け入れられるだけの許容力を彼女は持っている。
しかし。現状でエレンには一つどうしても気に食わないことがあった。
「暁さん、その、お弁当を作って来たので一緒に食べませんか?」
「うむ、助かる」
わなわなと両の拳を握りしめ、エレンは吠える。やはり、距離が近かった。
「新参のクセにベタベタと引っ付いちゃって……! 馴れ馴れしいのよ!」
「へへへ、別にいいでしょ。ほら、エレンも一緒に食べよ?」
「呼び捨てにしないで! 要らないわよ、自分のがあるんだから」
「……それ、お弁当?」
「ああもううっさいわね。私はこれでいいの!」
エレンにはやけにフランクに接する遙である。
そして相変わらずとでも言うべきか、本日エレンが持ち込んだ昼食はリンゴと菓子パンのみである。至って通常運転だった。遙が持ち込んだ物と比べると、手抜きもいい所だ。
一方の遙が持ち込んだ弁当は、実に手が掛けられている一品だ。全員分作って来たのであろう分量のおかずは、バリエーションに富む。
主菜の焼き魚を始め、副菜にもきんぴらごぼう等がバランスよく入れられてあり、健康面への配慮も欠かしていない。
「そっか、エレンは私と一緒にお昼ご飯食べたくないんだ……」
「わーっ! ちょっと泣かないでよ! ほら、一緒に食べてあげるから……」
ポロポロと涙を流し始めた遥に、エレンはあっさりと陥落した。本人は泣き落としのつもり等なく、心からの涙である。これが、高宮遥だった。
お友達なのに、食べないの?
現状でいうと別に友達ではないのだが、エレンにはグサリと刺さる一言だった。エレンは友達を無下には出来ないのである。
新人に振り回されるエレンを見て、篠宮は微笑ましいものを見るような目になっていた。同じ高校生の新しいお友達ができて良かったじゃないかと。青年は大人の余裕を見せていた。少なくとも、彼女達よりは精神的に成熟しているのかもしれない。
そして暁はそんな彼らの様子を見て、何とかなりそうだと思っていた。根拠はないが、そもそも暁古書店には普通のヤツはいないのだ。これ位の方が、馴染めるだろうとすら感じていたようだ。
よし、と暁は篠宮に言う。
「ところで篠宮、お前今、生活に困っているということはあるか?」
「へ? いや、特にはないですけど、どうして?」
「ならばいい。実はな、高宮の給料を支払うため経費の削減を行うことになったのだ」
「ちょ、まさかそれって話の流れ的に――」
「察しの通り、だ。最初に切り詰めるのはお前の給料。というか、そもそも削る所が他にないのだ。許せ」
「理不尽だ!」
篠宮は頭を抱えた。
しかし、事実だし暁の采配には逆らえない。ということで、無理やり己を納得させるのであった。
昼食を終え、エレンと篠宮を店の掃除に向かわせた暁。彼は現在地下室にて、遙と向かい合っていた。
「どうだった、取り調べは」
「あの、お二人とも凄く優しくて。あんなことしたのに……」
「気にするな。……例の震えは、やはり収まらんか」
「はい、刀を握ると、それだけで縛り付けられたように動けないんです」
「今はそれでいい。とにかく、これからのことを考えろ」
遙は未だ、剣を握ると震えが止まらない。
ゆえに、暁が彼女に求めているのは、単純に店番としての役割である。
完全に自暴自棄になっていた以前の彼女とは違い、本来の性格が表れているのであろう。この日行われた全てのやり取りが、柔和な表情だった。
一部を除いて。
「これから、かぁ。……正直、今でも自分がこれからどうしたらいいかなんて分かってないんです。私ってすぐ泣いちゃうし、弱虫だし……」
卑屈になる遙。だが、それだけではない。希望が、生まれていた。
「でも、一つだけ確かなことがあります」
店の制服を着た彼女が放つのは、優しげな声色だ。
「私、暁さんに会えて良かったです。これからもよろしくお願いします!」
飛び切りの笑顔で、遙は微笑んだ。
尚、暁古書店の受付に毎日のようにいる遙を見て、新たなファンが店に付いたらしい。内訳は、男性が十割であったとか。
「そいつはフリーランスだ」は今回で終了です。ご覧いただきありがとうございました。




