影
件の影を追う三人は人目を憚らずに道を駆け、手探りで目標を追う。素より彼らも、非常識な力を持った超常の存在を、簡単に捕縛できるとは思っていない。
三上が時に道行く人に聞き込みを行うも、成果は得られなかった。
彼らが痕跡を見つけられたのは、果たして偶然だったのだろうか。竹刀の破片が道に落ちていることを視認した三上の功績によって、目標に接近していく。
目標を発見できたのは、彼らの実力ではなかった。少女は人気のない公園へと彼らを誘い込んだのだ。力なく立ち尽くす彼女の姿を見て、篠宮は以前に出会ったドレスの女性ではないことに気付く。
「……あの女、昨日の奴じゃない……!?」
「そうか、仮説はハズレだな。しかし解せん。なぜ我々を待つような真似を?」
「二人とも、奴は様子がおかしい。慎重に行こうか」
様子を見ながら、次は逃がさないという覚悟を決めて、何が起こってもいいように集中力を高めていく一同。
だが、少女の行動を見て思わず足が止まってしまう。
少女は天を仰ぎながら、何度も呟いた。まるで、目の前の彼らを認識していないかのように。
「私は負けない、負けない、負けない……」
折れたはずの竹刀を再び握っていた少女は、何かを確かめるように素振りを一振り、二振りと行った。数度繰り返されるその所作を見て、暁は予想が的中していたことを確信した。
間違いなく、少女は高度な剣術を操る存在であることを。
ジリジリと距離を詰める彼らは、既に相手が人間であると判断していた。これから行われるのは、殺さない戦いだ。
一方で、少女の面持ちは、これから戦おうという戦士の目ではない。恐怖に駆られた、臆病者の目だ。
それに得体のしれない畏怖を覚えるのは当然であろう。誰が見ても少女は矛盾の塊だ。
しかし、それに構うものかと、篠宮は暁と共に動き出した。ツ―マンセルでの戦闘を想定し、訓練を行って来た二人の攻撃には隙が無い。しかし彼らの懸念は未だ解消されていない。少女が持つ能力の正体が掴めていないのだ。
暁と篠宮は、時間差で攻撃を開始した。少女がそれを迎え撃つ。
「私が、私が怜奈の敵を討つ……私は一人でもやれる……」
一方の三上は暁と篠宮から、能力の正体を見破るという大役を受け取っていた。ゆえに、三上はまず状況の把握から努めることにした。一旦距離を取って観察に努める。
思考を巡らせる。
この場所は何かトラップが仕掛けてあるとは思えない、何の変哲もない公園。遊具は古びており、目の前に展開されるであろう戦闘を除けば、何もない。
三上は考える。実証や考察は彼の得意分野だ。目の前では近接戦が始まっていた。押されているというわけでないが、決して有利とはいえない状況。三上は思考のスピードを上げていく。
少女はなぜこの場所を戦場として選択したのか。この何もない公園を。つまりそれは、裏を返せば、何があるのか。
ならば逆に、ここにあるものとは何か。
三上は能力を使用するための条件があることを掴みかけていた。目の前の攻防を見て、ついにあることに気付く。
「……特定のタイミングであの瞬間移動を使わず、普通に武器で応戦してるな」
その時、少女が篠宮の蹴りを竹刀で防ぎ、横から迫る暁の刃を横に飛んで回避した。遂に少女が見せた隙。そのチャンスを狙って二人が同時に攻撃した時に、三上はそれを見た。
少女の姿が突如、下に沈んでいった。そのまま姿が消え、暁の背後、街灯に照らされた影から少女が浮かび上がって来たのだ。
それは、この場に唯一ある物。
灯りだ。
三上はホルスターから素早く拳銃を取り出し、少女と明後日の方向に銃口を向けた。
そのまま数発の銃声が鳴り響くと、街灯に銃弾が命中、破裂音と共に電球が割れると、周囲の明かりが消えた。
「影だ、影を背後に作らないように立ち回れ! そいつは影から出て来るぞ!」
「……! なるほど、そういうことか!」
「影を利用する力か、なるほどな。だが、タネが分かれば最早敵ではない」
「私は……私はまだやれるのに……どうして……」
それからは、一方的な展開が巻き起こる。
元々技量では上をいっていた二人の猛攻に、影に入り込むというアドバンテージを失った少女は対抗することができない。
僅か数分の攻防の末、少女は気を失わないことが不思議な程痛めつけられ、地に倒れ伏した。少女は、敗北したのだ。
いつしか、雨が降り始めていた。灯りは消えさり、影を利用することは叶わなくなった。
「私は……私は負けてない! 私の剣は、折れてない!」
這う這うの体を晒している少女の体は、もはや戦闘を行える状態ではないことは誰の目から見ても明白だった。それでも立ち上がり、折れた竹刀を構えた。
少女は今もなお虚勢を張っているが、至る所に出来た痣がその強がりを無に帰す。肩口には浅い刀傷が出来ており、幾度となく命中した打撃により、意識も朦朧とし始めていた。
敗戦は確定。しかし、それでも戦うことをやめようとしない少女。そこには、何か特別な意思が介在しているかのようだ。
「何が、お前をそこまで駆り立てる?」
「暁さん……」
刀を下ろし、暁が少女に問う。既に戦闘の意思は失われているようだ。
暁は少女に近付いて行くと、刀の切っ先を喉元に突き付けた。
「……殺すの?」
「いや、その前に俺の問いに答えろ。死にたくなければな」
「暁さん!」
「止めろ、暁!」
篠宮と三上の静止を聞かず、暁はその理由を尋ねる。それは戦闘を治めるためでも、これ以上痛めつけるためでもない。
「どうして、それをあなたに話してあげないといけないの……?」
「お前が俺達を襲う理由が見当も付かないからだ。答えろ、なぜだ」
少女は不気味な笑みを浮かべた。虚ろな表情だ。
暁はそれを見て、刀を下ろした。少女が人間だと分かった時点で、殺すつもり等微塵もないのだ。
彼女の話を聞きたかった、というのが暁の本音だ。それは、本の世界での対話に似ている。
暁はこれまでの経験から推察した。目の前の少女はきっと、何者かに壊されてしまったのだと。それがわかれば、心が壊れてしまったのであろう少女を救うことが出来るかもしれない。そう思い始めた暁に、変化が訪れる。
暁の文字を救う力が、自然に発動したのだ。
「これは……!?」
意思を持つかのような赤い光が、暁を中心に輝き出した。暁は、どういうわけかこの瞬間、一つの思いを抱いた。
この娘の苦しみや悲しみを、理解出来そうな気がしたのだ。
暁は少女に触れた。手掌から自然と漏れる光は少女を包み込んでゆく。
少女はそれに何かを感じ取ったのか、無抵抗のままそれを受け入れる。
そして暁が目を閉じると、彼の意識は別世界へと転移した。




