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こちら暁古書店、文字狩りハンターです  作者: 千葉シュウ
そいつはフリーランスだ
11/32

Boy Meets Lady

「ま、とにかく了解。シフト表はいつものアドレスに頂戴」

「うん、送っておくよ」


 篠宮は若干ヒリヒリする頬を気にしながらも、もう一つの用事を思い出す。


「あ、それと店のタブレット持って来てくれた?」

「はいこれ。進捗表も確認してね」


 店の備品であるタブレットは、篠宮が選定したものだ。暁は別に機械音痴ではないのだが、概ね作業は二人に任せることが多い。暁は時々パソコンをチェックしている程度。

 タブレットで行っていた作業は、エレン自身が買って出た役割だった。篠宮はそのお陰で少しばかり実作業が減ったのでありがいと感じていたが、少々仕事をさせ過ぎていることは否めないだろう。

 エレンに言われた通りタスク表を篠宮が確認すると、想定していたよりもかなりの作業が終了していたことに感心した。エレンは店でもっともデジタル時代に適応している人間であることを加味しても、驚異的なスピードであることは間違いない。それを一介の高校生バイトにやらせていたのだから、暁も人が悪い。だが、別にエレンとて理由なくやっているわけではない。

 篠宮は、きっと暁に認められたくて頑張っているのだろうなと推察した。


「すごいね、僕だったらまだ半分ちょっとしか終わらせられないかも」

「言い過ぎでしょ。あんただってこれ位できるんじゃないの?」

「いやいや、本当にありがたいよ。お陰で助かったし」

「そ、そう。ありがと。素直に褒められるとなんだか変な気分になるわね……」


 素直に褒められてエレンは若干恥ずかしい思いをした。掛け値なしの称賛など、滅多に受けられるものではないからだ。そして篠宮も、普段刺々しい彼女の攻略法はこれか、などと邪推することもない。

 二人は素直なのだ、基本的には。


 深夜労働が減ること自体は彼女自身もありがたいと思っていた。朝比奈に隈を指摘されてから、実はコンビニで新たにスキンケアの商品を購入していたエレンにとっては僥倖であろう。乙女。


 そして暁の伝言を確かに了承したエレンは、もう用はないと言わんばかりに飲み物に手を付ける。

 エレンは残っていた無糖のアイスコーヒーを飲み干すと、卓上に百円玉を四枚置いてから立ち上がった。


「はいこれ、確か四百円で足りると思うから。それじゃ。シーユーアゲイン」


 エレンはそのまま立ち去ろうとするが、篠宮に呼び止められる。

 篠宮はテーブルにある小銭を急いで手に取ると、エレンに返却しようと試みた。


「いいよ、僕が払うから」

「たかがコーヒー代くらい、自分で払うわよ」

「だからいいって。こんな時間に急に来てもらったんだから、ね?」

「……オーケー」


 不服そうにエレンは答えた。

 エレンは、奢られるのがあまり好きではないのだ。特に同僚の彼には。


「まあ、ありがとね。それじゃ今度こそ、シーユーネクストタイム」


 固い発音でエレンは別れを告げた。いつものことだ。

 エレンは篠宮にその後姿を見送られながら店を出て行く。

 篠宮は、もしするとエレンは英語が出来ないのではないか、と踏んでいた。


 さて、と篠宮も少し時間を置いてから立ち上がった。用事も済ませたので、家で今日の講義内容を復習でもしようかという腹積もりだ。レジで会計を済ませる。

 篠宮は店を出ると、店前に停めていた愛用のロードバイクに乗った。

 なけなしのアルバイト代で買った、いわば篠宮の相棒とも言える一台。暁古書店の給料は低いので、もはや快挙とも言える所業。それを篠宮は達成したのだ。

 浪費をしないのは篠宮の長所で、金をしっかりと管理することができる。

 そうでなければ、店の会計はズタボロになっていたことだろう。事実、暁が一人で経営していた頃は、色々と酷いものだった。篠宮はそれを時々思い出しては、感傷に浸るのである。ノスタルジー。


 サドルにまたがり、自身の相棒をスタートさせる。ドリンクホルダーの飲み物が切れそうなので、帰りにどこかで買おうか、等と考えつつもペダルに足を乗せ、力強く漕ぎ始めた。段階的にギアを変速させる。

 篠宮は道行く途中でも考え事をしている。何か買う物はあったかと。

 既に夕食も終え、生活用品も特に切らしていないため、買い物は必要がない。

 そのため、ふと飲み物を購入しようと自動販売機が並ぶ場所に立ち寄った篠宮。

 缶の炭酸飲料を購入しようとボタンを押そうとしたその時だった。何者かが、篠宮の背後に立っている。


「お兄さん、ちょっといいかしら」


 篠宮は急いで振り返る。


「……どちら様でしょう」


 篠宮は彼女を見て、美貌に見とれながらもやや警戒の色を濃くする。その存在は、道すがらの自動販売機には似つかわしくなく、不自然極まりない。

 篠宮の目から見ても、その人は異様としか言いようがない。見た目だけでなく、纏う雰囲気が普通ではない。

 その女性は、やたらと胸元を強調した体のラインにピタッとする、赤いドレスのような服を着ている。長身で、豊満な胸部と引き締まった腰回りに、ふくよかな臀部を持つグラマラスな体系。茶色の長髪を手でかき上げる様を見て、思わず篠宮はドキッとする。年齢を感じさせない女性には、篠宮も少々きたようだ。

 その女性は、美しい顔立ちも備えていた。彼女は滑らかかつ艶やかで、若干芝居がかった動作で髪をかき上げて言う。


「丁度小銭を切らしているのよ。よかったら恵んで下さらない?」


 通常であればそのような提案に乗ることはないだろうが、篠宮はひとまずこの場を乗り切ろうとするため、話に乗った。

 決して、下心ではない。決して。


「いいですよ、何をお飲みになりま――」

「あら、せっかちなこと。もう少しこの出会いを楽しみませんこと?」

「ちょっと……」


 女性は篠宮に近付き、その引き締まった体に纏わりつくように触れた。年齢不詳の美女に、突如肩へと手を回されてしまった一般的男子大学生篠宮。何を思うかは想像に難くない。

 しかし、篠宮は煩悩を振り払うべくかぶりを振った。


「……やめましょう、こんなこと」

「つれないわねぇ。……私は紅茶が飲みたいわ、坊や」

「はい、ただいま」


 女性はしゅるりと篠宮から離れた。もはや、健全な男子大学生の心は弄ばれたも同然だった。この様子をエレンや篠宮に見られようものなら、信頼がガタ落ちすること間違いなしである。


 紅茶を購入した篠宮がそれを渡そうとする。しかし、女性は紅茶を持つ篠宮の手の方を握った。篠宮は一体どういうことだと一瞬思案するが、言葉を発する直前、あることに気付く。

 篠宮の手は、物言わぬ石になってしまったかのように固まっていた。


「な……!?」


 頭の中で危険信号が流れる。思考が高速で巡る。

 目の前の女は何者だ?

 この状態では戦えない。

 やられる。


「ふふ、ダメな子ね。こんなに簡単に触れられるなんて。でも安心しなさい。危害を加えるつもりはないの」

 篠宮は動けない。相手の動向を伺うことに注力する。

「あなた達が以前狩った文字狩りの男がいたでしょう? 倒れる前に何を言っていたのか教えて欲しいだけなのよ」


 不審な女性は文字狩りのことを知っている。篠宮はそれに強い疑念を感じると同時に、同業者であることを確信する。一般人ではないことを。

 しかし、このまま黙っていた所で事態は好転しない。まだ敵ではない可能性もゼロではないと考えていた篠宮はどうするのか。

 篠宮は当時のことを回想する。確かにあの文字狩りは何かを口にしていた、しかし内容がはっきりと思い出せない。


「あら、覚えていないのかしら。じゃあ聞くけど、創造主、という言葉に聞き覚えは?」


 創造主? 篠宮はそれを聞いて僅かな記憶の断片を手繰り寄せた。確か、こう言っていたはずだと。


『俺の、邪魔をするな。創造主は、お前たちのことを良く思っていない』


「おもい、だした。確かに、そう言っていたはずだ」口もうまく動かないようだ。

「……ありがとね、坊や。またいつかお会いしましょう」

「ま……て……!」


 いつしか道路に停められていた車に乗り込むと、女性は姿を消した。

 篠宮はしばらくの間、マヌケな姿のまま立っていることしか出来なかった。





「まさかあの人は……例の影? いやそれにしては……」


 数分後、体を自由に動かせるようになってから篠宮は頭を悩ませていた。帰宅途中に自分の身に降りかかった災難は、果たしてなんのために行われたのか。

 疑念は尽きない。だが、そのことを確かめるすべもない。

 篠宮は肩に残った香水の香りを確かめ、先ほどの出来事が夢でも何でもないことを確かめてから自宅に戻った。

 暁にこのことを報告する必要があると思いながら。


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