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こちら暁古書店、文字狩りハンターです  作者: 千葉シュウ
そいつはフリーランスだ
10/32

カフェにて

 篠宮はこの日、幾つかの心配事を抱えたまま大学で講義を受けていた。

 その不安要素の内多くを占めるのは、現在暁古書店に危機らしきものが迫っている可能性がある、ということである。しかし、だからと言って常に警戒してばかりでは疲れるだけだと割り切っている。しかしだ。

 実は何より、このような状況で暁を店に一人残してきたことが、篠宮が持つ最大の懸念要素だった。それは暁が危険に晒されるかもしれないという切実な思い、だけではなく。

 暁一人に店を任せていては営業にトラブルが起きるのでは、という懸念であった。


 この日いつものようにアルバイトに従事していた篠宮は、友人から次の回をサボると単位取得は難しいという連絡を受けた。

 店が心配ではある、がしかし当然彼にとっても単位は惜しいため、一旦店を抜けて来た、というわけである。

 篠宮が通う大学は、暁古書店から自転車で15分程と、それ程距離があるわけではない。篠宮が本気で急げば、より早い時間で到達可能だ。

 ただ、万が一に備えて篠宮は一刻も早く店に戻りたかった。ゆえに、一緒の席に座っている友人の加藤幸雄にチラチラと見られていることにも気づかない。実戦の世界に身を置くものとしては、不注意極まりないことである。


 講義終了後。篠宮はノートと筆記用具をカバンにしまうと、急いで店に戻ろうとした。

 しかし加藤に呼び止められる。


「おい、どうしたんだよそんな深刻な顔して。大きい方でも漏れそうなのか?」

「違う違う、ちょっとバイト先に急いで戻らないといけなくてさ。それじゃまたね、幸雄」


 加藤に茶化されても意に帰さず、篠宮は別れを告げて店に向かった。

 愛用の自転車に乗って、飛ばす。周囲の目を気にして本気ではないのだが、それでもスピードが速いものは速い。

 あっという間にサンストリートへ着くと、店の横に自転車を停めてふと周囲を見渡す。気になることがあるようだ。


「これも監視されてるのかと思うと、なんか変な気分だな……」


 複雑な胸中を抱く篠宮。だが、監視カメラは現状では必要な物だ。

 店に近付く不穏な影を対処するにあたって、最低限必要なことは篠宮も十分理解している。それ故に、以前にその存在を知った時も物言わずにいたのである。

 しかし今は、それよりも暁だけに店を任せることへの心配が勝ったのか、急いで店に入る。

 するとそこには、レジの前にいる男性が困ったようにベルを鳴らそうとした光景が。

 それを見て篠宮は、暁が完全に眠りに就いているか、どこかに出かけていることを確信した。店番すらしていない。

 篠宮は勢いよく店員としての責務を果たすべく行動した。


「ごめんなさい! 少々お待ちください!」

「ああ、はい……またこれですか……」


 篠宮が顔を覚えている程度には店に通う客であるから、少しほっとしたようだ。事情をある程度把握してくれている顧客。

 これが新規の客、あるいは悪意のある客であれば、問題発生待ったなしである。


 無事トラブルも起こらずに会計を済ませた篠宮は、一旦店の鍵を閉め地下に向かった。

 そこで暁が眠りこけているのを発見すると、多少の憤りと共に暁を起こすのであった。

 篠宮は苦労人である。




 数時間後。

 営業時間が終了すると、二人は地下で書類の整理をしていた。

 これまでに狩って来た人物の目録や、一般には出回っていない文字狩りの調査資料など、その種類は多岐に渡る。

 

「篠宮、ちょっと来てくれ」


 それは、ほとんどの作業が片付いた頃合い。


「今日エレンは休みだったな。伝えて欲しいことがある」


 何やら暁が篠宮に耳打ちをした。


「急ぎですか?」

「まあ、そうなるな」


 そして、篠宮はエレンに呼び出しを掛けたのだった。




 篠宮からの連絡を受けて家を出たエレン。

 彼女が向かったのは、自宅からほど近い場所にあるカフェだ。篠宮とエレンの自宅の丁度中間あたりに位置する店で、二人が合う時は大抵この店が選択される。実はそれなりに近所に住んでいることを、二人は気付いていなかった。


 エレンが店に着く。

 その店の外装は、いたって純喫茶然とした雰囲気を放っている。店の入り口は、有名なチェーン店などではありがちな、店内の様子が外側から見てとれるクリアガラスではなく、やや古臭く感じるような花柄の装飾が施されたドアだ。

 隣の洋服店のこざっぱりとしてそれで洒落ているような、軽快さを感じる外装とはまるで異なるその店構えに、重苦しささえ感じる。決して今時のティーンエイジャー向けとは言えないだろう。

 エレンは重厚感さえ感じるドアを開けて店内に入ると、店内を簡単に見渡してみる。客の入りはまばらで、年齢層も若干高め。整然と並べられた椅子やテーブルは清潔さを保っており、この店にはエレンも、何気なく訪れることがある。

 店内に入って来た彼女を見て、どこにでもいそうな外見の店員が対応にやって来る。


「いらっしゃいませ、御一人様ですか?」

「待ち合わせしてるんですけど。……あ、いたいた」

 エレンは店奥の席に篠宮を見つけた。お互いの存在に気付く。

「こんばんはエレンちゃん。こんな時間にわざわざごめんね」


 ムスリとした顔のエレン。家事も終わらせて後は寝るだけだったタイミングでの連絡とあれば、不機嫌なのも無理はない。

 それを見て、申し訳なさそうに篠宮は苦笑い交じりの返事をしたのである。


「それで、用事って何なのよ? どうでもいいことだったら怒るわよ」

「大丈夫、暁さんからの伝言だから」

「伝言って、直接言ってくれればいいじゃないの。どうして篠宮が?」


 二人は会話をしながら、適当に注文を済ませる。


「多分直接言いづらいから僕に頼んだんだと思う。実はね、エレンちゃんにはしばらく深夜の仕事は控えて貰うことにしたらしいんだ」

「え、どういうこと? もしかして……」

「そう、この間里中さんが言ってたこと気にしてたんだと思う。あれで暁さん、エレンちゃんには意外と甘いし。あくまで意外と、だけど」


 エレンはなるほどね、と頷いた。


「そうだ、あれから何かあったりした? 誰かに見られてるとか」

「ないわね。結構な頻度で周囲を視ているけど」

「そっか、ならいいんだ」


 それだけ言うと、二人は注文した商品が来るのを待った。

 数分後、篠宮とエレンの前にそれぞれ、アイスコーヒーとメロンソーダが置かれた。

 黙って受け取った二人の内、一人の少女がピクピクと震えている。

 現実に漫画的表現があればこめかみの所に青筋が描かれていることだろう。店員の采配に彼女は心外だった。


「またこんな……っ! コーヒーが私で篠宮がメロンソーダなのに!」

「ははは、まあ気にすることないさ。別に店員さんだって悪気があったわけじゃないだろうし、何よりエレンちゃんは、言動はともかく見た目が少し子供っぽいから――」

「うるさい!」手が伸びる。

「ぶっ!」


 篠宮は頬をはたかれた。

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