プロローグ
新作です。よろしくお願いします。
滅多に客がいないことで一部では有名な古書店がある。
とある町の商店街、その片隅に佇む暁古書店は、いかにも古風といった佇まいの店構えと、今にも閉店しそうな小汚い看板が特徴だ。店先にも何も置いていないため、本当に古書を扱っているかどうかも、一見しただけでは不明である。
一般的な書籍店であれば営業時間程度は外に表示するが、同店舗には店名のみが記された看板しかない。そのため、営業中かどうかすら定かではなかった。利用者も少ないため、近所の人間にもそれ程縁がある店ではない。開店中か閉店後かを見分ける唯一の判断材料は、明かりがついているかどうか位のもの。
来店した客が陳列されている商品を見て最初に気付くのは、それ程有名ではない作者の作品が多いことだろう。
太宰や川端といった故人の著名な作家をはじめ、存命の小説家の作品ですらそれ程置いてあるわけではない。古びた書棚には、あまり本を読まない層には初見となる作者ばかりが名を連ねている。
その時点で大抵の人間は何も購入せずに離れて行ってしまうわけだが、中にはこのような店舗を好む客も存在する。古風然としたその店構えに、それだけで惹かれてしまう人もいるのだろう。
そのため、ちょっと変わった読書の嗜好を持ち、偶然にも暁古書店に足を踏み入れる者がいる。そういった客層が来店、いくつか品をピックアップしてレジに持っていくと、新たに気付いてしまうことがある。その気付きとはもちろん、ポジティブではないことだ。
レジに店主がいることが少ない暁古書店は、ごちゃごちゃした店奥のテーブルに備え付けてあるベルを鳴らすことで呼ぶ形式となっている。ベルを鳴らして出てくる男は、時間によって三通りのパターンが存在する。
少ない常連が当たりと称するのは、若い男が出て来た場合だ。朝から昼は、大抵この若い男が出て来る。茶髪のいかにも大学生と言った出で立ちのその男は、接客態度も真面目で、人当たりの良さそうな営業スマイルを浮かべる。印象が悪くなることはまずないだろう。もっとも、あまりにも若く、童顔である彼は年齢不詳である。そういった印象を受ける者が多いようだ。
常連の中で最も人気があるのは、これまた若く、女性の店員が出て来た場合である。夕方から夜にかけては概ね彼女が出てくる場合が多く、その容姿に惹かれて、古書にはあまり興味がないにも関わらず訪れる客もいる位だ。
時に生まれつきの金髪をなびかせて店内をせっせと掃除する彼女は、全てのパターンの内最も愛想がよかった。そんな容姿端麗な彼女は、日本人の母とアメリカ人の父を持つ。
そんな二人がいる一方で、残りの男は全く違う。
若くはある、がやや風格すら漂わせるその外見は、一見しただけでは年齢を言い当てることは難しいだろう。服装も、日によって着物だったりスーツだったりとバラバラで、統一性があまりない。前の二人が店の制服を着ているのに対して、その服装は自由が過ぎた。三人の中では、最も年齢が高いことが窺い知れる。恐らく店主であろうと思われることが多い男だ。
しかし、それよりも客が気になるのは彼の顔であろう。
獲物を狙う野生動物のような感情をあまり感じさせない鋭い目つきには、ぎらついた眼光がある。初めてこの男を見た客は、男の身長が180センチメートルを優に超えていることが窺い知れるだろう。黒髪の短髪が広い肩幅を際立たせていることもあってか、実に体格がいい。愛想は、決していいものではない。
そういった種々の要因から、こちらの男は事情も知らない失礼な客たちから、ハズレなどと称されるに至ったのである。失礼千万。
店主と思わしき男は本当に店主なのか。
若い男と若い女性は一体どういう経緯でこの風変わりな店で働くことになったのか。
その真実を知る者は、当事者だけなのかもしれない――
そんな暁古書店には、時折変わった客が訪れる。
今日もチラホラとしか来店がなかったのだが、夜中の二時にも関わらず、突如来訪者がやって来た。
「開けてくれ! いるんだろう!?」
痩せ細り、顔に生気がない客は慌ただしく店のドアを叩くと、夜中にも関わらず大声を上げた。
幸いにも隣り合った店舗の店主たちには気づかれなかったようだが、普通であれば追い返すか通報されてしまうような状況だろう。近所迷惑も甚だしい。
しかし、暁古書店の対応は普通とは違うようだ。
それが当たり前のごとく自然にガチャリと店のドアが開かれ、目つきの悪い男が彼を応対した。それも、実に傲岸不遜な物言いで。
「うるさいぞ。さっさと上がれ」
「くっ、確かに。取り乱して申し訳ない。私としたことが……」
目当ての男がいたことで落ち着きを取り戻した迷惑な客が案内されたのは、店の奥……ではなく、入口にほど近い位置にある本棚の前だ。
店主らしき男が何かを呟くと、本棚は横にズレ、地下への入り口と思しき階段が出現した。これに驚いた客は何事かと目を丸くするが、物言わぬ店主がさっさと階段を降りていくので、ひとまず付き従うことにしたようだ。
階段の先で客の男が目にしたのは、特別広くもなく、本が置いてあるわけでもないという古書店とは思えない空間だ。男はすぐにそこが応接間のような部屋であると確信していた。ソファー、お茶受け、灰皿が用意されている一室は、ある種の安心感を客に与えたのだ。
そんなことを考えている男とは対照的に、店主は素知らぬ顔のままソファーに座るよう客に促す。ここまで会話がないのは、店主が控えめに言って堅気には見えない雰囲気を醸し出しているからだろう。
何やら緊迫した様子の客と、至って平然としているが、それでも眼光は鋭い店主。
店主は沈黙を破り、表情に変化を見せることもなく唐突に喋り出した。
「ようこそ、暁古書店の裏へ。何がお望みだ?」
目つきの悪い店主が、客に飄々とそう告げた。