Episode 0 集うべき真人類
西暦2115年
AI技術の発展により、人類が労働をこなし対価として賃金を貰う生活は終りを迎え、AIによる労働の効率化・短縮化が進んだ。
8割以上の人類は各々の趣味や他者との交流を主に、神話上に存在していた「楽園」さながら、それぞれの自由を謳歌している。
だが何事にも終わりはやってくる、「楽園」ですら例外ではない。
70年前ある風水師、いや……陰陽師とでも言うべきか。
超常的な能力により一つの予言を言った。
「ノストラダムスは200年の遅刻をした」と。
1999年ノストラダムスの大予言として、人類は1999年に滅亡されると予言され今年の2045年まで生きながらえたが、残り70年と人類の余命は診断されたのだ。
その予言式に参列していた、「瀬良和正」は、一つの計画を思い付き一つの会社を立ち上げる。
「Dream・Synchronize・Company」(ドリーム・シンクロナイズ・カンパニー)
「夢が現に侵食する楽しさ」を触れ込みとした、たった一つのゲーム会社だ。
優秀な人材を各業界からヘッドハンティングし、当時劣悪な環境で労働する者達からは天国のような職場だと噂が噂を呼び、更には圧倒的なまでの業績で市場を拡大していき、AI技術の発展・医療の躍進・革命的建築技術で全てを欲しいままにして来た。
それが世界でトップに立つ企業「DSC」の業績だ。
西暦2087年
アジア圏の小さな島国「日本」にて、一人の神童が誕生する。
名は「歩堂 京助」、3420gの50.3cmで生まれた健康的な男児だ。
大病院を経営する夫婦の一子として生まれ、何不自由なく育ち幼い頃から医術書を中心とした難しい本を読み漁り、年齢にそぐわない程の知識量を有した神童だった。
西暦2105年
雨が降りしきる墓地の中、真っ黒な髪に黒いYシャツ白いスラックスを履いた一人の青年は、傘も差さず一つの墓の前で懺悔でもするように立ち尽くし、頬には雨粒が涙のように伝っている。
「ごめんね……、僕は君を……」
そうしてどれ程の時間が経っているのか、白いズボンの裾は茶色く染み付き、丁寧に磨かれた墓石には青年の顔がくっきりと写り込んでいる。
青年の背後からは二人の黒いスーツとサングラスを掛けた白人と黒人、その間には杖を付いた老人と若い一人の青年が歩み寄ってくる。
『Mr.キョウスケ、そろそろ返答を聞かせていただきたい』
『また君達か、もう少し時間が欲しかったのだけれどね。君はパンが焼き上がるまで待てないタイプかい?』
黒人の男が英語で問いかけると、キョウスケと呼ばれた男は口角を上げ軽口で返してみせた。
『我々……いや、Mr.セラにも時間が無い。これが最後通告だ……返答を』
『……もう少し……と、は言えそうに無いか。その前にそちらの青年は誰だい、紹介をしてほしいものだね』
『此方のお方はMr.セラのお孫様、我社DSCの次期社長ユウダイ・セラ様だ』
『ご丁寧にどうも。じゃあ話をビジネスに戻そうか、返答はOKだ。でも条件がある』
キョウスケのこの言葉に、4人の顔が少し力み緊張が生まれる。キョウスケが次の言葉を発するまで一秒とかからなかったが、4人からすれば永遠にも感じる程長く重かった。
『現在開発中のゲーム「スクロール」いや……言い直そう、人類救済装置「プロジェクト・エデン」の全権を僕も使えるようにして欲しい。それ以外は他の従業員と同じで良い、これでどうだい?』
ヘラヘラと笑っているがキョウスケの両目には、しっかりと布石を打ち込んだという確信を伝える眼力、他にもまだカードは有ると言わんばかりの余裕はボディーガードの男二人を怯ませるのには十分。
『どこでその情報を?』
今まで黙っていた老人「瀬良 和正」が口を開き、京助に訪ねた。何故我社のトップシークレット、それも国に発見されれば国際的な裁判に掛けられる様な案件に関してだ。
『今の御時世コンピューターの防御システムは殆どがAIが自動的にプログラムを書き換え最適化される。守るには最高のガードマンだ』
『何が言いたい……』
『だけどねそれって「守る」事……外部からすれば情報の防御は完璧だ、だが身内だとそうは行かない。僕のような天才からすれば、誰が権限を持ち情報の中枢がどこかなんて読み切るのは朝食を食べながらでも出来る。文字通り朝飯前さ……いや少し違うか』
長い沈黙が辺りを包み、雨が降りしきり辺りは冷えているというのに汗が止まらない。
『……それでねぇMr.セラ、一つ天才として物申させてもらおう。この計画、今のままじゃ10年も保たない。隕石が地表を焼き再生するのが約10年と見積もっているようだが、コールドスリープ内の人類はどうだ。肉体の衰弱具合や、長い眠りによる脳の経年劣化。5年…いや3年もこのままじゃ保たないだろう』
顎に手を付け、細く伸びた目からはひっそりと、そして先程よりも圧が強く眼光が覗いている。
『でもだ……僕に全権渡して調整させてみなよ、10年で全て完遂させてみせよう。人類の保存状態も10年……いや100年だろうと保証する。そしてゲーマーとしての目線から、世界を熱狂させるゲーム性もね』
そう言い切った京助に対し、和正氏は年甲斐もなく、咳き込みながらも皺くちゃの顔を歪め大笑いしている。
『良いでしょう!……Mr.キョウスケ、スクロールを……いや、人類を任せましたよ』
こうして西暦2105、公の舞台には一切名前の上がらない「英雄」の尽力により、スクロールの大幅改善やコールドスリープ機能の上昇、AI機能の更なる進化を遂げたのだった。
西暦2115年
東京
辺りは緑に包まれながらも、舗装された道路に並ぶ町並みの完全に調和している近未来の街「四乃森市」。
その路地裏で10人以上に膨れ上がった学生服の男達を、たった一人で……しかも素手のみで全員を再起不能にした猛者が居た。
茶が混じった黒髪に、朱生地にドクロの刺繍が入ったスカジャン、ダメージの入ったジーンズがよく似合うスラリと伸びた足。
血風を纏わせているようなオーラとも言えるべき風格、古臭くもパリッと決めたオールバックの髪。
「ったく……頭数そろえりゃ喧嘩出来ると思ってる馬鹿はこれだから困る。しょっぱい事ばっかしてんじゃねぇよこのカス共!」
「っつつ……テメェ、俺たちにこんな事して……タダじゃ」
「なんだ?タダじゃすまねぇ、俺たちのバックにはヤクザでも居るってのか?それこそ3流の言いそうなこって」
AIが高度に発達した未来といえども、こういった【不良】という生き物は絶滅していなかった。
たった一人で十余人を打ち倒したこの男「伊吹 一心」、この四乃森市では知らぬ者の居ない札付きの不良。というのはタダの噂。
伊吹流拳闘術の次期当主、悪しきを打つ正義のアウトロー、昭和の忘れ形見、等色々と呼び名が有るが、困っている人を放っては置けない心根の優しい男が彼だ。
「一心ーーーーー!アンタまた喧嘩してんの?!この昭和オタクがーーーーー!」
激しい怒号と共に現れ、一心の顔へ向けドロップキックを放つ女性が一人。
彼女は「高梨 香里奈」、一心を昔から知る幼馴染兼姉の様な人物で、彼を唯一諌められる人物でも有る。
「いっいやコイツ等が!」
「問答無用!今日という今日こそアンタを教育し直してやるわ!」
必死の形相で鬼ごっこを始めた二人は、気絶する不良達をよそに走り去っていく。
その後香里奈に捕まった一心は、両頬が真っ赤に腫れ上がる程仕置きを喰らい彼女の荷物持ち兼話し相手として、夕暮れ差す並木道を歩いていたのだった。
「……ほんとアンタは……なんでこうなったのかなぁ……」
「別に良いだろ……俺の勝手だ……」
唇を尖らせながら香里奈の後を付いて歩く一心、彼を注意しようと香里奈が振り向いた時、彼の首筋からほっそりと垂れるイヤホンから音楽が流れているのに気付き、そっと手を伸ばし自分の片耳に当てた。
「……これ、聞いた事無い、なんていうバンド?」
「ん?これか?ジューダス・プリーストっていう、1970年頃から流行ったハードロックバンドだよ」
「……ふぅん、良いじゃんアタシもこういう激しい曲好きだよ」
曲調に合わせ体が揺れる彼女、でも少し満足してなさそうに頭の上に疑問を浮かべている。
「でもなんか音質悪くない?もっと音質良いやつ有ったんじゃないの?」
「バッカだなぁ香里奈姉ぇは、これはCD版。当時の音源がそのままの状態になってんの、なんでも今風に電子音で再現すりゃ良いってもんじゃねぇの!」
「何を熱く語ってんだか……そうそう!一心!アンタ今日の晩、アタシの部屋に来なさい!伝えたいこと有るから!」
一瞬告白でもするのかと思ったが、彼女が白い歯を見せ振り向きながら微笑む時は絶対なにか有る、自分にとって美味い話では無い事が一心は経験上察知する。
その日の夜、言われた通り香里奈の家へと来た一心、彼女の母に促され今席を外している彼女を部屋で待つのはもう慣れたもんだ。
「……っふぅ……、やっぱ「カラス・傷だらけの白書」と「ラスト・ワン」は最高だ……昔の少年達が羨ましいぜ。こんな不良漫画の金字塔をリアルタイムで読めてたなんてよぉ」
香里奈の部屋に追いてある漫画は、彼の今の人格を作り上げたと言っても過言では無い、不良漫画やバトル漫画の書庫の様な物ばかり。
その中でも「カラス・傷だらけの白書」と、平成に居た最後の不良達の物語を描いた「ラスト・ワン」は、彼の大のお気に入り作品で部屋に来る度に読みふけっている程。
「アンタまたそれ読んでんの?……ほんと好きねぇ。アタシより読んだ回数多いんじゃない?」
そう言いながらタオルで濡れた髪を乾かしながら、香里奈は部屋に取り付けてあるゲーミングチェアへと深く腰掛ける。
「仕方ねぇだろ~!だってこのラストなんかさ今まで戦ってきたライバル達と一緒に2000人以上の不良と戦うなんざ圧巻だぜ!何度読み込んだって足りねぇ!」
物凄い速さで漫画のラストを語る彼は、興奮のあまりに漫画の見開きを香里奈に見せつけるように広げ、手で「よく見ろ」と言わんばかりに叩き鼻息もまるで整っていない。
「わかったわかった、この古いもんオタク。夕方アンタに話が有るって言ったでしょ、それを今から話すから」
「おっおう……」
彼女がそう言い、机の引き出しから取り出したのは一冊の分厚い茶封筒だ。
「なんだこれ?封筒?」
「そう。情報漏えいを避ける為、敢えてデータじゃなく書面で送られてきたコレ」
「もったいぶらず教えろよ」
「最後まで聞きなさい。3週間前二人で一緒にゲームの体験会応募したの覚えてる?」
暫く沈黙が続くが、一心は何一つ覚えていない。という風に首をかしげ、香里奈はあまりの事に肩を落とす。
「もう……アンタって子は……当たったのよ!スクロールの体験会参加枠に!」
「おぉ……まじか」
「アンタ凄さ解って無いでしょ!コレはね全世界のゲームファン何十億人が、喉から手が出る程欲しがってる参加証!1000万人の枠!それが私達二人一緒に当たったのよ!」
肩を落としていた彼女は、説明をしている途中に興奮が抑えきれずに叫びのような喜びの声を上げる。
「おおおおおぉぉぉぉ!凄ぇ!今香里奈姉ぇ宝くじ買えば億万長者じゃねぇか!」
「ふふん!そうでしょそうでしょ!2週間後にはここを出て、東京湾から出向する旅客船に乗ってハワイの少し下にある人工島「エデン」に着、そこには全世界よりすぐりのゲーマーが集まる超大規模なゲーム祭りが二日間に渡って開催されるのよ!」
彼女の誇らしげと楽しげな熱に当てられ、一心も釣られて興奮し修学旅行前の小学生の様にはしゃいでいる。
「ハワイの近くならアロハ用意しねぇと!それに水着も新しいのを!」
「いやいやアンタゲーム祭りって言ってんでしょ。全力でアウトドアを満喫しようとすんじゃないわよ。用意するものはこの封筒のリストの中に書いてあるから、パスポートとかは絶対に忘れないでよね!」
二人でワイワイ騒いでいると、彼女の母親から叱責されるが祭りを前にした若者の熱を止められる訳がなかった。
夜も更け就寝の時間となり、いつもの様に一心は床に散らばる漫画を片付け、布団を敷き横になると香里奈は部屋の照明を落とす。
「……ねぇ一心」
「ん?なんだ?」
「今日だけ……今日だけで良いから、そっちの布団行っていい?」
普段は自身のベットで寝ている彼女だが、どういう風の吹き回しか枕だけを持ち、彼に訪ねると彼も大体の理由を察したのか、自分の布団へと招く。
「アタシね……まだ先だけど、すっごく楽しみ」
「知ってるさ。香里奈姉ぇは昔っから楽しみな事が有るとこうして寝るまで話さないと気がすまねぇ事も」
「ふふっ……でもそれだけじゃないの。アンタと一緒にっていうのが嬉しいの」
それだけを言うと、二人は互いの体を抱きしめたまま深い眠りに落ちていった。
西暦2115年
大阪
道頓堀から少し離れた所に事務所を構える「大阪剛龍会」。
「おぉ来たか……剛、まぁそこ座れや」
一室に案内された若いヤクザ風の男は、初老を迎えたが一般人ならば、面と向かうだけでも胃が押しつぶされそうになる程の重圧を放つ男の前へ座る。
「剛……ワレを呼んだのはなぁ何か解るか?」
「……いえ、すんません親父。ワシには何の事かさっぱり」
「ほな話しを変えよか。今ニュースでもやっとる「隕石」の話しは知っとるな」
「えぇ、あの人類が滅ぶっちゅう話し。でもワシにはあれがどうもホンマの話には……」
若いヤクザがそう言うと、初老の男は脇に居た部下に支持し香里奈が一心に見せた同じ様な封筒を、彼の目の前に差し出した。
「封筒……でっか、今どきこんな古風な」
「今は紙の方が情報守れるからなぁ……、んでや。こっからする話はな全部ホンマの話や。映画とか本の中の話ちゃう」
西暦2115年
東京・警視庁
夜も更けた頃、一人の若い刑事が異例の自体で警視庁総監に呼び出されると言うことがあった。
署内では何が有ったのかと、騒然で根も葉もない噂が飛び交っている。
部屋の前へ到着した若い刑事は、礼儀正しくノックを数度すると中から入るよう促される。
「失礼します」
「やぁ新田刑事、よく来てくれたね」
呼び出した警視庁総監のデスクの上には、剛龍会の若いヤクザが受け取った封筒、香里奈と一心が受け取った封筒と同じものが置かれてあった。
「君には異例中の異例の異動を言い渡す。そのために来てもらった」
「異動……ですか、でも何故私みたいな一介のマル暴刑事風情が……」
総監は喉を鳴らし難しい顔をしながらも、言葉を続けた。
「DSCというゲーム会社を知っているかね」
「はい、株価やネットニュース、他でも常に不動の1位の企業ですから」
「そのDSCが地図上ではハワイ少し下に位置する人工島「エデン」で大規模な催しをすると情報が有ってね」
「その催しに潜入捜査として、異動を言い渡したい。AIが選定し全刑事の中でもトップクラスの実力と聡明さを持つ君にしか出来ない捜査だ。受けてくれるね」
「はい。ですがなぜDSCが……」
「最近ニュースで騒いでいる「隕石騒動」が有るだろう。NASAの見解でどうもDSCが噛んでいるのではと」
「ただの企業が……ですか」
「あぁ……だが!その企業がだ!地球に衝突しようとする隕石を砕き、降り注いだ欠片でこの地上に住まう市民全てを殺害し、自らの選定した者だけが生き残れる島「エデン」を作り上げたと結果が出たのだ」
新田と呼ばれた刑事は、あまりの事件の規模の大きい話に現実のものでは無いじゃないかと、半分信じれずに居た。
「ですがそんな超常染みた事が……1企業に……」
「出来る。私はそう断言出来る。いやせざるを得ない」
「その……理由……というのは」
「神の映し子、神童、と神の名を欲しいままにした男「歩堂 京助」が居るからだ」
その瞬間、新田の背筋には冷や汗が走るが、脳にはそれならばという確信と実感が強制的に理解できた。
西暦2115年
この年の年末、2115年12月31日の23時59分に超大型隕石が地球に衝突し、人類どころか星の生命すら終わるこの瞬間。
人類は一度滅び、真人類として生き残る道を取るべく無かった。
「新人類生存型MMORPG「スクロール」起動」