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余命××××日  作者: 宇佐美 林檎 (黒兎)
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第三話

 口を滑って出た言葉には取り返しがつかず、誤って彼女の頭を撫でてしまった事実は覆らない。彼女は手の下で不思議そうにこちらを見つめ、にっこり笑って、それからぎゅっと抱きついた。

「……っ!?」

「おー、ココが懐いた」

 周りの平然とした様子に、これが普通なのだと悟る。猫耳のような物がついてる帽子のせいで、小動物とじゃれている感覚が拭いきれないが。

「僕には懐いてくれませんかね」

「ココ、ラトさんは怖いからいや」

「それは残念です」

 その声音からは少ししゅんとして見えるが、笑顔はそのまま。実はラトも俺と同じ、なのかもしれない。それとも、目を瞑っているからか。

 ラトは怖いのに俺は怖くないの基準がよくわからないが、振りほどくわけにもいかずなされるがままの俺を見て、アレンは言った。

「ノア、俺もぎゅーってしてやろうか?」

 そして、いたずらっ子のような、憎めない笑みを浮かべる。それにきょとんとして、自然とココナの頭に乗せた手が動きをとめた。

「どうして」

「どうしてって……少し、寂しそうに見えたから?」

 悪びれもせずしれっと言ってのけたアレンに、さらに首を傾げる。寂しそう? 俺が? 訳を聞いても釈然としない。

「あれ、勘違いだったか……? 悪い悪い。なぁ、水でも飲むか」

 話題をそらそうとしているのか、手付かずのグラスを渡された。揺れが鎮まってもなお歪んだ水鏡に移る俺は、相も変わらず無表情。少なくとも、寂しそうではなかった。

「まぁ、これでパーティも四人揃った事だし、出発するか?」

「待ってくださいよ、アレンさん。まだパーティ申請をしていません」

 ラトが差し出した紙には、アレン、ココナ、そしてラトの名前。もう一つある枠は空白で、予備の欄も真っ白。生憎書く物を何も持っていない俺に気づいたのか、ココナが羽根ペンをポシェットから取り出した。それで、意外と達筆なラトの名の下に自分の名前を綴る。

「はい……ありがと」

 ペンをココナに、紙をラトに返した。そして意気揚々としたアレンの後に続き、店を出る。

 アレンは輝く金髪を風になびかせ、後ろを振り返った。彼はその端正な容姿を惜しみなく崩して、また茶目っ気のある笑顔を見せる。彼の親しみやすい印象も、その表情の豊かさが一役かっているのだろう。

「ラトさん、来ないね」

 俺の左腕に隠れるようにして店を覗きこんでいるココナが言った。彼女は何かに触れようとして空を切った左手を右手でぎゅっと握り、不安げに瞳を揺らす。そんな姿を見て、後ろに腰下まで長く垂らされた三つ編みに気づいた。前から見ればショートカットにしか見えなかったのに。

 カランとドアが鳴り、ラトが姿を表すまでそう時間はかからなかった。

「すみません少し時間がかかって……」

 困ったような笑みを浮かべ、申し訳なさそうな声で言う。夜風のように落ち着いていて、でも包み込むような優しさを感じられる声。ラトの声は落ち着くから好きだ。その珍しい黒髪も。自分も黒に近い色をしているので、親近感が湧くのだろう。

「アレンさんが支払いもせずに出てしまうものですから」

「え、オレ着いたばかりで何も頼んでないぞ?」

「はて、じゃあ僕は何のお金を払ったのでしょう」

 顎に手を当て、首を捻る姿は本当に様になっている。眼はアーチのように緩くカーブを描いているのに、その顔は驚きと不思議さを完璧に表現していた。なんだ、俺とは違うんだ。表情は変えぬまま、少し落胆した。

「まぁ、そんな事は置いておいて、後は申請するだけなので」

「おしっ! 早く行こうぜ!」

 アレンは心底楽しそうに、ココナと初対面なはずの俺の手を引く。二人してよろめいて、アレンに連れられるまま駆けて行くのを、ラトはやれやれと苦笑しながら追いかけてきた。


 街の真ん中の、一番賑わう場所。早々パーティを組んだ若者で溢れかえり、声を通すのも難儀な場所。……そして、俺が逃げ出したくなるほど苦手な場所。

「相変わらずの人混みですねぇ」

「あわわ、ココ、人苦手なのに……!」

「二人とももうギブアップかよ。これくらい普通だよな、ノア」

 急に話題を振られて困惑する。

「……帰りたい」

 その純粋な瞳に見つめられるのはあまり好きではない。アレンの瞳も、ココナの瞳も、まるで俺に何かを期待しているかのようにキラキラと輝いている。たった一欠片も汚れを知らないように。そんな綺麗な瞳に映る自分がとんでもなく穢れて見えて、嫌悪感に苛まれるから。自分が汚してるように、感じてしまうから。

「なぁノア、次オレ達の番だぜ」

 かなりの人がいるのに、随分と早い。実際はここに集っているだけで並んではいなかったのかもしれない。

 ラトが背後から分厚いカーテンの下から窓口に紙を渡し、ついでに俺の方を見てニッコリと微笑んだ。そして左手で俺の頭をポンポンと叩き、「大丈夫ですよ」と耳元で囁く。それの意味するものは何か、俺にはわからなかった。

「アレン・ガルブレイス、ココナ・エリントン、ラト・ホッテプ、ノア・オルティス……ノア!?」

 窓口の人が急に声を上げる。よく聞かずともわかる声。そういえば、と後悔したのは言うまでもない。

「……父さん」

 その一言に、ラトも含め全員が驚くことになった。父親が役場で働いているのをすっかり忘れていた。まさか、いくつもある窓口で鉢合わせるとは、父親も夢にも思わなかっただろう。

「ノアか、お前、本当にノアか?」

 それはそうだろう。感情が死んでいるようにしか見えない息子に友達とやらがいるとは思わない。家族と積極的に話す事さえしないのだから。

「そうだよ」

「お前、悪い人達に騙されてるんじゃ……」

「オレそんな事しないもん」

 アレンはわかりやすくむっとして言った。怒るというより、拗ねるに近い形だが。

「いや、ノアが騙されるわけないよな。父さん信じてるぞ。頑張ってこい!」

 カーテンで姿は見えないが、明朗に笑う父親の顔が目に浮かぶ。あぁ、なんて自分は恵まれているのだろう。もう一人の自分が心の中でそう叫んだ。それは、前世と呼ぶべきものの俺。三歳までの俺と、前世の俺と、その二つが合わさったような今の俺。明るくて愛嬌のあった三歳までの俺は、心の隅に体育座りしてこちらを見ている。とても、羨ましそうに。

 行きと同じく、アレンに手を引かれてその場を後にする。だが、今度は随分と穏やかな力加減で。

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