第二話
男に手を引かれ、人混みをぬって歩く。少し橙が混ざった黄色を中心とした明るい街並みに、賑やかな人の声。見上げれば、国を象徴する赤い旗がなびき、青い空に映える。
男はここまで怪しい素振りを見せず、時折こちらを振り返っては手をキュッと握り返し微笑みかけるだけ。まるで小さい子供を連れるような接し方に反感を覚えなくはないが、彼がただ良かれと思ってやっていると思えば怒る気にもなれない。彼は所作を見るに紳士的な男性だ。常にわざとらしい仕草で振る舞うので、何となくそう思った。
彼の丈の長いカソックに身を寄せ、彼の胴をくるりと囲む、肘上まである短いマントのようなもののひだで顔を隠す。人でごった返す通りを鮮やかなほど誰にもぶつからずに、売り子にすら声をかけられずに、比較的静かなカフェテリアにたどり着いた。
「遅かったじゃないか、ラト」
カフェテリアの奥の席に着くと、金髪蒼眼、絵に描いたような好青年が話しかけた。身長は俺と同じくらい……俺は上げ底の靴を履いているので、俺よりも高いという事になる。その青年はじっと俺を見つめると、ニッと笑い手を差し伸べた。
「オレはアレン・ガルブレイス。で、十二歳。えっとー……オレは剣と盾で戦うんだ! ついでに、好きな食べ物は肉!」
これは握手を求められているのか、それとも自己紹介を求められているのか。わかりかねてラトの顔を見上げると、彼は例の笑顔でそっと背中を押した。
それでもまだラトの服の裾を掴んだまま話すのを躊躇していると、アレンの隣に座っていた小さな女の子が起立した。
「あの、ココナ・エリントンです。好きな事は料理で、戦闘スタイルはサポート、白魔術です」
猫耳のようなものがついてる、頭をすっぽりと覆う赤い帽子を抑えながら彼女は言った。その切れ目から、エルフのような尖った耳が見え、肩上で切ったふわふわの茶髪が帽子の隙間から覗いている。彼女は大きな緑の瞳で俺の事を上目遣いで見つめ、様子を伺うように首を傾げた。
無表情のまま、頑なに口を開かない俺を見て、ラトは困ったように眉尻を下げる。先程からずっと、彼がどんな表情をしても、目は閉じたまま……開いているのかもしれないが、瞳は見えない。糸目という言葉を思い出すのは、ラトが口を開いたあとだった。
「僕は先程、名だけは言いましたね、あとは……僕は黒魔術師で、闇の魔法が得意なんです。年齢は十八……意外と若いでしょう?」
ここまで言われると、自分もしなければと言う義務感が生まれる。だけど、自己紹介なんてなんの意味もなさない。せいぜいよろしくで終わる結末が目に見えている。
感情を表に出さず、口も開かず、極度に人と関わる事を避ける俺の事を好きな人などいるはずがない。それでも最低限の礼儀を、と思い、小さく口を動かした。
「ノア・オルティス」
「おぉ、ノア、ノアかぁ!これからよろしくな!」
より目の前に差し出された手をおずおずと握ると、アレンは「嬉しい」という感情を全面に咲かせ、こちらが物怖じするくらい眩しい笑顔を向けた。
「職業は?」
「魔導剣士」
「好きな食べ物は?」
「……シチュー」
「シチュー、オレも好き! えっと、好きな事は?」
「…………動物といる事」
「もうアレンさん、その辺にしてあげてください。ノアはちょっと人見知りなんですよ。……あー、こうでもしないと喋りません、か」
ラトがからかうように付け足した一言に、後ろを振り返る。そのまま彼を見つめていると、何も面白い事など無いというのに、彼はクスリと笑った。
「今、ちょっと怒りましたね? 良かったです、貴方に感情が残っていて」
いつの間に、睨みつけていたのか。いや、ラトが勘違いしているだけだろう。俺を煽って、反応を楽しみたいだけ。失礼な物言いだが、言っている事はなんら間違っていない。そこがさらに厄介なポイントだが、無視してアレンの方に向き直した。
「あれ、ここは食いついてくると思っていたのですが……」
「やめとけよ、ラト。お前のそういう所……友達出来ないぞ?」
「問題ないです。僕は楽しければなんでもアリなので」
ラトがさらっと言ってのけると、アレンは心底呆れたようにムッとした。
「あ、あの……」
後ろにいた小さい彼女が歩み寄ってきた。
「ココも動物、好き……だよ」
俺が羽織っていた大きめのカーディガンの裾をぎゅっと握り、彼女は言った。まるで可憐なつぼみが綻ぶような、愛らしい笑みを浮かべて。
どうも、俺は女という性別に苦手を感じている。今まで能力目当てに言い寄ってくる女が、とか、教室の隅でコソコソ囁く女が、とか、そのくせに仲良く見える女が、とか。俺の周りには道徳性のない女ばかりがいたせいで、世の中全員の女がこのようなものだと、勝手に決めつけている。
だが、それ以上にそんな自分が嫌でしょうがない。心に溜まるタールのような汚泥を、吐き出したくてしょうがない。でもそんな事出来ないから、何も感じないふりをして、誰にも関わらず生きるしかない。
「俺、パーティ組むとか、言ってない」
想像以上に冷たい声音に自分でもハッとした。目の前の少女は、さらに怯えていた。それはそうだろう。勇気を出して話しかけたと言うのに、無表情で無愛想な男は素っ気なく突き離したのだ。自分でもわかってる。感情が表に現れない事くらい。自分でもわかってる、努力すれば表情くらい作れるという事くらい。
「……でも」
罪悪感から発した言葉は、自分でも想像していなかった事だった。
「一緒に、行きたい」




