第一話
「ほら、来いよ」
気づけば手を引かれていた。
「皆一緒なら、怖くないよ」
気づけば励まされていた。
「どんな時も、助け合う。仲間でしょう?」
気づけば背に守られていた。
何も心に響かない俺の、たった一つの拠り所。感情や言葉が表に出ない俺を、唯一理解してくれる人達。息のしづらい世界で、ほんの少し楽になれる場所。そんな彼らとパーティを組むまでの間は少し特殊だった。
この国では毎年、桜吹雪が舞う中でお祭りがある。学校を卒業したばかりの子供が旅に出るためのパーティを組む援助をするという名目だが、旅に出ない子供や、仕事をしている大人もしっかりと楽しんでいる。
だが、十二歳だった俺はと言うと、人通りの少ない路地裏にいた。目立たなさそうで意外と目立つ、紫がかった黒髪をフードで隠し、金色の瞳を伏せる。黒いゴミ箱のようなものの陰に隠れて、自分の家の周りの人がいなくなるのを待っているのだ。たまたま通りかかった店で買ったチュロスを一口かじる。シナモンの香りがふわりと広がって、優しい甘みで口が満たされた時、目の前に影が落ちた。
「ねーえ、君。オレ達とパーティー組まない?」
ふと顔を上げると、前髪をヘアバンドで上げた若そうな男に声をかけられた。背後には二人の男。三人とも口元に笑顔を浮かべ、こちらに手を差し出している。
「オレ達、楽しい事が好きなんだ。人数は多い方がいいだろう?」
こんな偏屈な所にいる、しかも無表情な子供に声をかけるなんて、かなり怪しい人だとは思ったけれど、少し心が傾いた。楽しい事は自分も大好きだ。毎日が退屈しないなら、いいかな。なんて思ってしまったのだ。
だが、伸ばしかけた手を一瞬で引っ込めた。何か、この男の人から甘い匂いがする。女のつける、香水の匂い。幾重にも移り香をまとった男に、何故か底知れぬ恐怖を感じたのだ。
「……いかない」
「そんな事言わないでよ、皆歓迎するよ? それに君なら沢山の人をたらしこめるかもしれないしね」
少しトーンを落とした男の声が、耳にねっとりと張り付く。ゾッとして、表情を変えぬまま顔をブンブンとふると、男は苛立ったように俺の手首を掴んだ。
「早く来いっつってんだろ、ガキは聞き分けわりーなぁ」
そのまま力任せに引っ張られ、首がカクンと後ろに反れた。
「なぁオレ、意外に男でもイケそー」
「いつも女だし、気分転換的な?」
「終わったらテキトーにパーティー登録でもしといてやるか」
「おいそれは可哀想だろ〜、一生奴隷とか」
好き勝手、こっちの事も考えずに言いやがって。腹が立ち、殴ってやりたいけど、左手に持ったチュロスの方が大事だと思ってしまう自分はやはりどこかオカシイのだろうか。
右手を掴まれたまま、それに体重をかけて一回転、体を捻った。縦ではなく横に、だ。つまり左脚が男の顔面に直撃することになる。
「おいてめぇ、待てっ!」
痛みで手の力が緩んだ隙に、腕を振りほどき懸命に走った。大人と子供では速さに差があって、すぐに追いつかれる……わけではなく、なんなら俺の方が数段早い。
いつもと同じ。ピンチがもはや意味をなさずに過ぎていく。これが俺の退屈な日常だった。
だが、今日は運が悪いようだ。路地裏を選び走ってきたせいで、いつの間にか行き止まりに接し、足を止めざるを得なくなってしまった。
「はぁ、はぁ……やっと追いついたぞクソガキ……」
振り返ると、さっきの前髪を上げた男が、乱れた髪を手ぐしで整えながらそこにいた。先程のように不意をついてまた逃げるか、完膚なきまでに叩きのめすか。
どちらにしようか首をかしげながら考えていると、男の後ろからまた違う男が顔を出した。
「すみませんね、そこの子供、僕のパーティーに入ってもらう約束をしていまして」
ニコニコと胡散臭く笑うそいつはツカツカとこちらに歩み寄ってきて、くるりと男の方を振り返った。黒猫のように艶やかな長めの髪が印象的な、長身の男だ。神父のような青みがかった黒色のカソックを身につけている。
「うっせえんだよてめぇ、どけよ! そいつはオレの……え」
威勢よく怒鳴った男の顔は恐怖に歪む。背を向けたその人の顔は俺には見えなかったし、何か言葉を発したようにも見えなかった。ただ、一つ何かしたとすれば、白い手袋をはめた手を顔の近くに持っていっただけ。特別何か持っていた訳でもないのに、腰を抜かした男は走り去って行った。
「大丈夫ですか?」
再びこちらを向いた男は、依然変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。俺が何も言わないのを見ると、男は先程の前髪を上げた男のように手を差し伸べた。
「僕の名はラト・ホッテプと言います。よければ、僕らのパーティ、見学していきません?」
段取りがきちんと決められているかのような登場の仕方に、絵に描いたような救出劇。かなり怪しいが、いざとなれば全員殴ってでも逃げればいい。そう思って男の手を取った。




