アルクの魔法
冬の童話祭2019参加作品です
今日は森の動物たちがオンボロ橋のたもとに集まって、なにやら会議をしています。
「だからね、“根っこ広場”はすごく良いと思うのよ。ほかに、何かないの?ほ・か・に!」
「そうだねー・・・」
なかなかいい案は浮かばないようです。
おっと、彼らがなんの会議をしていて、どんな案を考えようとしているかって?それはね、ここにいる一人の見習い魔法使いアルクのためなんです。
「あなたも“そうだねー”ばっかり言ってないで、何か考えなさいよ、アルク」
「はい、えー、そうだねー」
「はいはーい!ボクはお池に“ドングリ池”って名前を付けたらいいと思いまーす!」
「なんだいイリス。名前なんて変えたって観光名所にはならないよ」
「それが、なるんだなあ」
リスのイリスがいたずらっ子らしく声をひそめると、みんなはその声を聞こうと頭をぎゅうぎゅうと寄せました。
「あのね、そこに噂をたてればいいんだ。ドングリを投げ込んでお願いをするとそれが叶うかもしれないってね」
「それは良い考えね」「それは良い」「すてき~!」
イリスの考えにみんなは口々に賛成しました。でも、アルクだけはちょっと渋い顔をしています。
「本当に願い事が叶うわけじゃないんでしょう?」
「何言ってるの、アルクったら」
さっきまでちょっぴり怒っていて、今にも暴れ出しそうだったアライグマのアライさんが、急に楽しそうな声を上げました。
「願い事が叶うかどうかは、あなたにかかってるんじゃない。あなた、自分が魔法使いだって覚えてる?」
それを聞いてアルクは真っ赤になりました。だって、本当に自分が魔法使いだってことを忘れていたのです。いいえ、まだ見習いですけれどね。
だから、アルクが一人前の魔法使いになるためのテストがあるのです。そのテストは、この森を素敵な観光名所にすること、という課題なのです。だから森の動物たちが集まって、アルクのために、どうしたらこの森にたくさんの観光客が来てくれるかを考える、という会議だったのです。
それなのに、テストを受けるアルクがそのことを忘れていたものですから、恥ずかしくなってしまいました。
「だけどテストは明後日じゃない。それまでにうわさが広がるかしら」
みんなはそれが心配でした。ちゃんとうわさが広がれば観光客が来るかもしれませんが、まずはこの森に来たいと思う何か、目玉商品がなければ誰もこんな普通の森になんて来ようとしません。
「ひと目で素敵と思える何かがあればいいのにね」
アライさんのこのひと言で、アルクは急に思いつきました。
「そうだ!」
アルクが立ち上がると、みんなが「なになになになに?」と詰め寄ってきました。アルクは手を振ってみんなを落ち着かせると、こう言いました。
「魔法使いのテストですから、ひとつ大きな魔法をかけてみようと思います」
「ふむふむ」
「どんな?」
「それは、虹です!」
なんと、アルクは魔法で森の上に虹をかけようというのです。確かにそれは素敵です。遠くから森を見たら、行ってみたいと思うに違いありません。きっと素敵な観光名所になるでしょう。
さっそくみんなは、アルクが虹をかける手伝いをすることにしました。
「虹をかけるには、みんなの協力が必要なんです。みんな、お願いします」
「もちろん、今までだって協力してあげたでしょ?」
「何をしたらいいの?」
みんなは何だかわくわくしました。だって、虹をかけるなんてとても素敵です。そのお手伝いができるなんて興味津々です。アルクはどんなふうに魔法をかけたらいいかを説明しました。
「虹は七色、たくさんの色でできています。ここにいるみんなならちょうどいい。素敵な個性の持ち主ばかりですから。みんなの色を少し分けてもらいたいんです」
「色?」
「あたしの色って?」
「たとえば、アライさんはちょっぴり怒りっぽくて暴れん坊、だから元気いっぱいの赤」
「あたしは怒りっぽくないわよ!」
アライさんが怒りながら言うとみんなが笑いました。
「イリスはいたずらっ子の黄色。お人よしのツネさんは優しい緑色、怖がりのトクマ君は紫、歌の上手なコマちゃんはさわやかな青、食いしん坊のネイクは食欲が出るだいだい色です」
みんなはびっくりしました。自分に合う色があるなんて思いもしなかったのです。だけどアルクが言った色は、確かに自分にピッタリの色でした。
「それを少しずつ僕に分けてほしいんです。みんなの声が空に上る時、魔法をかけますから、いちにのさんと言ったら声を出してほしいんです」
「声?」「なんて言ったらいいの?」「じゅもんを唱えるの?」
みんなは魔法なんて知りませんから、ちょっぴりドキドキします。でもアルクはみんなにもできる簡単な魔法を教えました。
「みんなの声は、ひとつしかない声です。だから心配しないで自信をもって、好きなことを声に出してくれればいいんです。歌っても良いし、しゃべってもかまいません。お願いできますか?」
「うん、良いよ!」
それで、アルクが虹をかけるためにみんなは空に向かって好きなことをいうことになりました。
会議が長引いたせいで、もう夕方も遅くなり、空には月が笑っています。暗くなった空に虹なんてかかるでしょうか。みんなは少し心配になりました。でもきっとアルクの魔法は成功すると信じていました。
だから心配しないで、アルクの助けになるように頑張ろうと思いました。息を吸ったり吐いたりちょっと咳払いなんかしたりして、みんな準備万端です。
魔法の準備が整うと、アルクは空に向かって両手をあげました。それから「いちにのさん」と言ってキラキラとした魔法をかけるとき、動物たちは一斉に声を上げました。
「チュチュチュ」
「ら~ら~♪」
「はっくしょん!」
「頑張れアルク」
「お腹すいたー」
「いやっほー!」
「ぷぅ~」
すべての声が、アルクの魔法に溶けて空に飛んでいきました。
ちょっとばかり、変な掛け声もありますけれど、みんなの口から出た声はそれぞれの色となり空に昇って虹になろうとしています。
キラキラと光りながら、まるで月のニッコリと一緒に笑うかのように、それは空にかかりました。
その虹を見てみんなは少し首をかしげました。いいえ、首をかしげるどころか、イリスは逆立ちまでしています。本当にいたずらっ子らしい反応でしょう?でもそれもそのはず・・・
「あれ?」
「あれれ?」
「あはははは」
空にはみんなの声の虹がかかりましたが、なんと、まあるい弧が逆さまになってしまいました。
「逆さ虹だね」
「わたしたちみたいに、ちょっと変テコ」
「そうね、この森にピッタリだわ」
みんなは、逆さにかかった虹を見て大笑いしました。森の上には逆さにかかった不思議な魔法の虹。それもみんなの声でできているんです。そんな不思議な虹がかかっているなんて、この森でしか見られません。動物たちは大満足でずっと虹を眺めていました。
アルクのテストは、100点満点で合格しました。だって立派で不思議な虹がかけられましたし、そのおかげで観光客がたくさんやってきたからです。これでアルクも一人前の魔法使いです。
アルクがちゃんと魔法使いになれて、みんなも喜んでくれました。
珍しい虹がかかったその森は「逆さ虹の森」と呼ばれ、素敵な観光名所になりました。
今日も夜空に素敵な虹がかかっています。森のどこからでも、空を見上げれば逆さまの虹がまるで笑っているかのように、みんなが来るのを歓迎してくれます。あなたも見に来ませんか。