庭にて。
「美しい……。これが、花というものなんだね」
夜闇の中、ふたつの人影が、花壇の真中で薄ぼんやりと浮かんでいた。華やかで、たおやかで、儚げな花の園はしかし、広大に広がるわけではなく、闇のすこし向こうのフェンスがきゅうくつさを強めていた。小さな庵のような庭に立つのは、膝をつく青年と、まだ幼い少女だった。
長く、透けるような銀の髪を、気にするでもなく地面へ垂らす青年は、どこか浮世離れした細い腕を少女へと伸ばし、靴の爪先へ触れた。
「リリア……どうか僕に、花を一輪譲ってくれ。どうか……。」
懇願する青年は、こうべを垂らし、髪は土のうえで横になっていた。彼の零した涙は土に落ちず、草ではじかれ、どこかへと飛散してしまった。
「……顔をあげて、アルビオン」
栗毛の、小さな少女が伸ばした指先は、夜の寒さにあからんでいた。青年の頬に触れ、顔をあげさせてから次に、靴に触れる彼の両手を、包むように掬い上げた。
「どうか、恋人のもとへ急いであげて」
少女、リリアはそう言うと、見回し、青年を憐れむように花を広げるシオンを見つけた。ポンチョのわきのポケットから、園芸ハサミを取り出すと、シオンの茎は、まるでそうあることを受け入れるかのように、すんなりと切れた。手渡された花を、アルビオンはこわれもののように、こわごわと触れた。
「ごめん、リリア……僕はキミの……」
「アルビオン、それは、私には裁けないことだわ。さあ、早く。貴方の恋人が、死の使いに捕まるより先に。」
もう一粒、涙を溢したアルビオンの表情は、強い意思と、僅かな迷いに揺れていたものの、起こした体を止める気は無いようだった。風を呼ぶように駆け出すと、彼は闇の奥へと消えていった。
リリアはただ、その姿を穏やかに見届けてから、さきほど切ったばかりのシオンの切断面に、そっと口付けをした。