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「この男・壁につき」

 学校の学食。

 藤華がぼんやりと食事をしていると優華がやって来て、

「藤華先輩、ちょっといいですか?」

「優華ちゃん、どうしたの?」

 普段は向かい合って座る優華が、今日は隣に座った。

 すぐに言葉は出なかったが、

「先輩、男と付き合ってますよね」

「優華ちゃん、怒るよ、先輩とはそんなんじゃないって」

 藤華はクラスメイトがひそひそ話で自分と憲史をカップルって噂をしているのを知っていた。

「先輩と関わる事が多いのは、風紀委員だったり小テストで負けちゃったから……負けたんじゃない、同点だったのよ」

「いや、先輩、憲史先輩の事じゃないんです」

「うん?」

「この男です」

 優華がスマホを見せるのに、藤華は画面を覗き込みながら、

「竜児くん……一緒のクラスだし」

「竜児くん……もう下の名前で!」

「妹さんとも面識あるの、だから下の名前なの」

「家族ぐるみ……もうそんな仲に……」

「家族ぐるみ」って言葉に藤華は憲史・晶子・響子を思い浮かべながら、

『憲史先輩の方がずっと家族ぐるみっぽくないかな?』

 なんて思っていた。

「アレ? なんで優華ちゃんが竜児くんの写真持ってるの?」

 言ってから、藤華はにやけ顔になって、

「もしかして、好きなの?」

「この男は関東で勢力を固めるために、九州にレジェンド征伐に来てるんです」

 優華の言葉に藤華は眉をひそめながら、

「そんな、戦国時代みたいな……」

 言いながらも、藤華は竜児が「レジェンド」を口にしていたのを思い出す。

 怒った顔で藤華は、

「ね、優華ちゃん」

「な、何です、先輩」

「優華ちゃんはレジェンド、知ってるの?」

 ただ、小さく頷く優華。

 藤華はさらに苦々しい顔になって、

「憲史先輩を倒して、名を挙げたいって思った事ある?」

 優華はプイと視線を逸らした。

「本当にヤンキーさんはバカばっかなのねっ!」

「藤華先輩はわからないんですよ、そういったの」

「わかんないわよ、全然、バカじゃないの」

「先輩っ!」

 優華が睨んでくるのに、藤華は一瞬は目を合わせたものの、深いため息を一つついて、

「憲史先輩の顔を思い浮かべて」

「……」

「あんなのと勝負して楽しい?」

 藤華の言葉にどんよりする優華、そして、

「何、俺、呼ばれた?」

 憲史がニコニコ顔で現れるのに藤華の顔も暗くなる。

「ね、藤華ちゃん、宿題貸して、宿題、超困ってるの」

 憲史がねだるのに、藤華も優華も、

『この人ダメだ』


 薄暗い、開店前のバーのカウンター。

「潰せ!」

 集った男達は竜児の写真を見て殺気立っていた。

「しかし、返り討ちにあっている」

 藤華と竜児が初めて会った日、やられた連中が頷く。

「人質作戦は失敗したが……」

 今度は先日憲史に阻まれて桃花を拉致できなかった連中が頷く。

「妹をさらうのが、一番楽でしょう、妹がこちらにいれば、コイツも手が出せないでしょう」

「しかし失敗している」

「あの壁男が現れて……」

「憲史は竜児と、何の関係があるんだ?」

「それですが、同じクラスのようです」

「同じクラス……」

 男が写真を指でトントンと叩きながら、

「まさか日春高校では、レジェンドを復活させようとしているのか?」

「まさか……学校が率先してそんな事はしないですよ」

「では、何故同じクラスなんだ?」

 憲史の写真が出てくる、アルバイト中の写真だ。

「この男が、日春で番を張っていた坂本や長船と一緒になってレジェンドを復活させたんだろう?」

「それも……どこまで本当なんだか……」

 すると先日憲史に阻まれて桃花奪取に失敗した男の一人が、

「壁男がレジェンドって言ってたような……」

「噂は本当と言う事だな」

 集った男達は憲史の写真を見てため息をついた。

 今まで何度も噂を信じて憲史を倒しに行った。

 でも、一度も倒せた事はなかった。

「ともかく佐藤の野郎に先を越される訳にはいかない」

 その言葉に、桃花奪取に失敗した男がまた、

「あの……佐藤の妹は憲史の女みたいです、彼女って言ってましたし」

「うん?」

 憲史の写真の上に、もう一枚、藤華の写真が出てくる。

「俺の情報だと憲史の女はこれだと」


 教室で藤華が次の授業の準備をしていると、外からバイクの爆音が聞こえてきた。

 校門を突破して校庭・グランドに入ってくるバイク。

 クラスは一瞬はざわめくも、すぐに静かになった。

 でも、クラスメイトは窓際に集って、暴走族に視線釘付けだ。

「うわ、めずらしく来たわね」

 学校に殴りこんでくるなんて漫画みたいな展開は久しぶり。

 すぐに藤華の携帯が鳴る……優華だった。

「なに、今、殴り込み」

『こっちからも見えますよ、風紀委員行かなくていいんですか?』

「あ……そっか」

 前、殴り込みがあった時は塚本先輩がいたからまかせっきり。

 塚本先輩と……結婚した坂本さんでやってきた連中を返り討ちにした……ような気がした。

「あれ?」

『先輩、どうしました?』

「前の時はどうやって幕下ろしたか、あんまり覚えてないのよね」

『憲史先輩ですよ』

 優華の言葉と同時に制服ならぬ仕事着姿の憲史がグラウンドに、

「さすがにあの数相手じゃ……」

 竹刀を手に藤華も飛び出した。

 階段を駆け下り、上履きのまま校庭へ。

 優華と竜児も合流する。

 でも、校庭に出た時、そこには男達の体が「転がって」いた。

 何事もなかったかのように、男達をしばり上げ、バイクを並べる憲史。

「憲史先輩、大丈夫ですか?」

「あ、藤華ちゃん、うん、佐々木先生に言われて対応してた」

 憲史はまるでミイラみたいにロープでぐるぐる巻きになった男達を並べ終えると、

「佐々木先生が一人1000円って言ってたからこれで12000円」

「うわ……」

「バイクは1台3万くらいで売り払いかな」

「うわ……」

 藤華はあきれ顔で見、竜児は呆然としていた。

「これだけの人数を一人で……」

 藤華・竜児は憲史をじっと見て、服がぼろぼろなのに気付いた。

 サッと藤華が憲史の背後に、そしてシャツを捲り上げた。

 竜児が頷き、あらわになった憲史の腹部をしげしげと見つめる。

「うわ、二人してセクハラ?」

「憲史先輩、いいから! いいから!」

 藤華に言われ、憲史は大人しくなすがままだ。

 憲史の体を見ていた竜児は特に傷や痣がないのに、

「どうなってるんだ?」

 憲史はシャツを下ろしながら、自慢気に、

「ふふ、俺、打た筋だけはスゴイから!」

 竜児はキョトンとし、藤華は、

「あー、はいはい、すごいすごい」

 もう自慢話はお腹いっぱいといった藤華だった。


 予備校帰りにさらわれて、お風呂を借りてコンビニへ向かう藤華。

「おはようございまーす」

「おお、藤華ちゃん、あっちゃん・響ちゃんは?」

「TV見てました」

「そう、じゃ、レジお願いね~」

 憲史が言いながら藤華にバトンタッチでバックヤードに行こう……した時だった。

 藤華のお腹が「クー」と鳴る。

 憲史が足を止めるのに、藤華の顔は真っ赤だ。

「何、家でごはん食べなかったの? 野菜炒めあったよね」

 憲史はいつも野菜炒めだ、でなければ焼きそば、焼きうどん、焼き飯なんかだ。

 藤華は憲史の言葉にモジモジしながら、

「お風呂から上がったら、きれいになくなってた」

「あー! あっちゃん達残すなんてしないから」

「うう……」

 憲史はすぐに奥に行くと、焼肉弁当を持って戻って来た。

「ほら、レジでいいから食べちゃってよ」

「焼肉弁当……いいんですか?」

「捨て弁だからいいよ、でも、日付は今日だから大丈夫」

「あ、本当だ、夕方で時間切れの分ですね」

「今日は一個だけだから、藤華ちゃん食べていいよ」

 一瞬「期限切れ」って思いながらも、空腹に耐え切れずに食べ始める藤華。

 陰に隠れて藤華が食べている間、憲史がレジに立っていたが、今度はその憲史のお腹が「グルル」と鳴いた。

「憲史先輩もお腹空いてたんじゃないです?」

「いいよ、俺、あと4時間もしたら棚のが期限切れになるから」

「はぁ……」

 また憲史のお腹が「グー」と鳴る。

「俺、商品並べてくるから、レジ頼むね~」

 言うと、憲史は行ってしまった。

 藤華はただ、黙ってそんな憲史の背中を見送る。

 期限切れ……捨て弁は、はらぺこの藤華には最高のご馳走だった。

 あっという間に平らげてしまった藤華は、憲史がカップ麺の棚にいるのに、補充を持ってレジを出た。

「憲史先輩、持ってきました!」

 箱のカップ麺は大した重さじゃなかったけれども、焼肉弁当で指先がちょっと油ぎっていたのに、ダンボールが滑った。

「あっ!」

 拾おうとした藤華が一歩を踏み出し、そして足を滑らせた。

 転びそうになった藤華を憲史が抱きとめる。

「!」

「大丈夫?」

「あわわ、憲史先輩、どうも」

「あわてないでいいよ」

 憲史は藤華が大丈夫なのに、今は落としたダンボールを気にしながら、

「焼肉弁当、おいしかった?」

「え、あ、はい」

「くっ! せっかくの取り置き、さぞ美味かったろう」

 憲史がくやしがるのに、藤華もニコニコ顔になって、

「はい、とっても!」

「むー、その分バリバリ働いてね」

「でも捨て弁ですよね」

「そ、そうなんだけど」

 また、憲史のお腹が「グウ」と鳴った。

 憲史はダンボールを藤華に渡しながら、

「じゃ、補充、よろしくね」

 言いながら憲史はレジの方へ……お腹を「グーグー」言わせながら行ってしまった。

 藤華はその背中を見送りながら、さっき抱きとめられたのを思い出して赤くなっていた。

『ちょっとドキッとした……』


 藤華と竜児・桃花は向かい合って食堂のテーブルに着いていた。

「あの……何か?」

 オドオドしているのは竜児の方だ。

 食事に誘ったのは藤華の方で、竜児・桃花は連れてこられていた。

 藤華はムスッとした顔で、

「ね、竜児くん、まだレジェンド征伐とかしたいの?」

「!」

 藤華の言葉にびっくりする竜児に、そんな竜児をにらみつける桃花。

 でも、竜児の表情も厳しいものになって、

「藤華さん、何も今言わないでも」

「妹さんの前だから言ってるのよ」

 さらに竜児の睨む目が厳しくなる。

 でも、一方で桃花の視線は藤華に向き、「何故?」といった感じになった。

「桃花ちゃんの前で『もうしません』って言わせたいのよ」

「それはできません」

 竜児は即答だ。

 藤華の唇が震える。

 そして3人の席に優華も割り込んで来た。

「藤華先輩、ご一緒しまーす」

「邪魔しに来たの? 優華ちゃん」

「その通りです」

「あっち行け、邪魔」

「邪魔しに来たんです、それに桃花はクラスメイトだし」

 優華・竜児で火花を散らす視線。

『よそ者に好き勝手させない』

『返り討ちだ、ゴラァ』

 小声で言い合う二人に、桃花の視線が激しく行き来する。

『あっち(関東)でちまちまやってればいいものを』

 優華の言葉に竜児の唇がわなわなとなった。

 そこに佐々木がやって来て渋い顔をしながら席についた。

「なんだか藤華ちゃんに呼ばれてやってきたけど、厄介そうだな」

 ぼやく佐々木に、藤華は怒った顔で、

「先生、竜児くんは名前を挙げるために関東から転校して来たんです」

「優華ちゃんから聞いてるよ、面倒くさいなぁ」

 佐々木は言いながら煙草を出したけれども、学食なのに気付いて内ポケットにしまった。

「佐々木先生、いいから本当の事を言ってください!」

「むう……憲史の事な、ほら」

 言いながら佐々木は「ツーリングクラブ・レジェンド」のクラブ設立の用紙を見せた。

「レジェンド」のところは後から誰かが書き足したのがあからさまだ。

「これでも憲史をやっつけようと?」

 佐々木の言葉に竜児は唇をゆがめながら、

「でも、妹を守るためには、俺が強さを示さないとダメなんです」

「ヤンキーの世界も、漫画みたいなんだな」

 佐々木はトホホ顔で「ツーリングクラブ・レジェンド」の紙をしまった。

 藤華は怒りのオーラを背負って、

「このバカ!」

「!」

「そんな事で桃花ちゃんが守れるわけないでしょ!」

「!」

「レジェンド倒して名を挙げて、そしたら新しいバカが竜児くんを倒しにくるわよっ!」

「……」

「そして、桃花ちゃんも巻き込まれるわよ……」

「う……」

 藤華は竜児の隣にじっと座っている桃花を見て、

「これは、桃花ちゃんが自分でなんとかしないと……ダメな気がするの」

 竜児は藤華をにらみつけながら、

「でも、イジメは容赦なく、桃花を襲うんですっ!」

 竜児の吐き出すような語勢に、藤華も、優華も、佐々木も目を合わせられなかった。

「あ、藤華ちゃん、いたいた!」

 そんな緊迫した空気に、憲史の声が割り込んで来る。

「宿題、貸して、俺、怒られちゃう!」

 藤華にすがりつく憲史。

「このバカーっ!」

 藤華がチョップを繰り出し続けるのに、憲史は困った顔になって竜児や優華に助けて欲しそうな顔になる。

 その場にいた全員が、がっくりと肩を落としていた。



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