「動き出す竜児」
朝の校門で藤華が見張っていると……
めずらしく生徒が切れる一瞬があった。
藤華がポカンとしていると、竜児と桃花が並んで登校してきた。
「あ、竜児くん、佐藤さん」
竜児も桃花も、微笑んで頷く。
と、藤華は竜児の鼻先に竹刀と突き付けた。
「竜児くん、おはよう、ちょっといい?」
「?」
竜児は目の前に突き付けられた竹刀の先端に目が釘付けだ。
藤華の言葉に小さく頷くと、
「私、予備校で一緒だけど、ここじゃ風紀委員なの」
「は、はい……」
「第一ボタン掛けてね」
「は、はい」
竜児は素直に聞き、桃花は表情をこわばらせた。
藤華は冷めた目で桃花も見ると、
「知った顔でも、私は容赦しないから……佐藤さんはいいみたいね」
藤華は竜児がボタンをするのを見て竹刀を下ろすと、
「その髪型もなんとかならないのかしら、校則にはかからないけど、恥ずかしいわよ」
「妹を守る為なんで……」
『それはどうなのかな~』
藤華は他の生徒がいない……見渡してみた。
竜児達と距離をとっていた生徒達は、今、ゆっくり歩きになって向かっていた。
『私、竜児くん知ってるからこわくないけど……コワイ部類なのかな、このカッコ』
そんな事を思った時だった。
ニコニコ顔でペダルを踏む憲史が校門を「しれっ」と通ろうとした。
「待たんかっ!」
藤華の竹刀が迷わず憲史の自転車前輪に突っ込まれた。
前輪ロックで面白いように吹っ飛ぶ憲史。
「痛いよ、藤華ちゃん!」
「自転車降りろっていつも言ってるでしょー!」
もう、折れた竹刀で容赦なくバンバン。
憲史は頭をかばいながら、叩かれるままだ。
そんな藤華も竜児や桃花がびっくりした顔でじっと見つめているのに、憲史を叩くのを止めて、
「校則破ったら、容赦しないからね! 竜児くんも佐藤さんも!」
竜児は目を丸くして小さく何度も頷いた。
桃花も口をパクパクしていたが、
「あ、あの、奥……藤華さんっ!」
「な、なに? こわかった? ごめんね」
「わ、私の事も名前でお願いします! 桃花で!」
「うーん、自分の名前と一緒で『とうか』だけど……どうして?」
「お兄ちゃんだけ名前なんて、なんだか変かなって」
「うん、まぁ、いいけど」
藤華が回収した生徒手帳を佐々木のところに持っていくと、
「佐々木先生、アニメ雑誌読むの止めてください」
「いや、最近孫と一緒に見てたら、なんだか面白くなってね」
振り向いた佐々木はもうえびす顔、藤華に携帯を見せながら、
「孫が変身するんだよ、もうかわいくて」
「いや、私もちょっと……」
「ほう、藤華ちゃんもアニメを見るようになったんだ」
「いや、その……」
憲史の家で晶子や響子の裸を見たり着替えをしたのは、なんとか口にせずにセーフだ。
「前まではつまらなかったのに、最近は●曜日が来るのが楽しみだよ」
「そ、そうですか……」
佐々木と藤華がアニメ雑誌を見ていると、
「コホン」
咳払いに振り向いてみると、校長先生が立っていた。
「佐々木先生、転校生が来てるのでよろしいですか」
『竜児くんだ』
藤華が思ったのが伝わったのか、校長はニコリとすると、
「奥さんも一緒に、クラスメイトだしね」
「はぁ……」
「それに今朝、校門で彼を注意していたよね」
「はい、ボタンしてなかったから」
「佐藤くんは、関東でえらく派手にやってたらしいから、よろしく頼むよ」
「はぁ……」
「だからって、憲史くんみたいに容赦なく叩いたらダメだからね」
「け、憲史先輩は叩いていいんですか?」
藤華の言葉に校長と佐々木は視線を泳がせてから、
「「いいんじゃないの?」」
はもって言った。
「佐藤竜児です、よろしくおねがいします」
朝のHRは、どことなくピリピリしていた。
いつもは騒がしいだけのヤンキー連中が竜児に殺気満点の視線を送っているのだ。
竜児も竜児で眼を返しているから、余計空気が悪くなる。
佐々木も困って視線で、
『藤華ちゃん、なんとかならないか?』
視線を貰った藤華は藤華で、殺気むんむんの教室に、
『そんなこんな時だけ……』
『風紀委員だよね』
『とは言われても……』
と、藤華は隣の席に憲史が座っていないのに、表情が明るくなった。
ナイスなタイミングで引き戸がカラカラと音をたてて、
「保健室行ってました~」
憲史が登場だ。
藤華がチョップの合図を送るのに、佐々木も頭上に裸電球が光った。
「バカもーんっ! 何遅刻しとるかーっ!」
佐々木がチョップしまくるのに、憲史は小さくなりながら、
「な、なんで! 保健室行ってたのに叩かれるの!」
「遅刻は遅刻だーっ!」
「だ、だって藤華ちゃんがボコボコにするから!」
憲史が言うのに、藤華は藤華で怒った視線を向けた。
そんな視線に気付いた憲史、佐々木、竜児、クラスのヤンキー達は一瞬黙った。
藤華がゆっくりと席を立ち、
「憲史先輩、なにか?」
「お、俺は4年生で先輩なんだぞ、偉いんだぞ」
「……」
「こ、こわいんだから! 強いんだから!」
もう、クラス中の空気が呆れて脱力していた。
佐々木が、
「ほら、佐藤くん、後ろの藤華ちゃんの隣へ、授業授業!」
いつもの教室に戻っていた。
夜、予備校の講義が終わる。
椅子が床を滑る音で騒がしくなる教室。
藤華と竜児は退出が落ち着くまで席を立たないでいた。
「あの、藤華さん」
「なに、竜児くん」
「藤華さん、あの男との関係は?」
「ぶっ!」
藤華が睨むのに、竜児は一瞬は目を逸らしたものの、すぐに負けない眼光で、
「あの男との関係は?」
「あの男って誰?」
「今朝、校門で」
「憲史先輩」
「はい……ご関係は?」
「ご関係……ここの講義に割り込ませてくれた人」
「そんなんじゃなくて……はぐらかさないでください」
竜児の口調に藤華はちょっとびびっていた。
いつもの感じじゃない、殺気のこもった口調だ。
「本当に何もないの、あの人は留年して4年なの」
「本当に……ですか?」
「本当に本当!」
「あの人がレジェンドなんじゃないですか」
『またレジェンド……』
藤華はうんざりした顔で、でも、すぐに、
「もしも憲史先輩がそのレジェンドの人間だったらどうするの?」
「倒します」
「……」
「俺は妹を守るために、一番にならないといけないんです」
『それが間違ってるような気がするんだけどな~』
藤華は思ったけど、言わないでいた。
ただ、一言。
「でも、竜児くんじゃ、倒せないような……気がするよ」
そんな言葉に竜児はただ睨み返した。
人が少なくなったのに、藤華と竜児は席を立った。
桃花が立ち読みをしていると、肩に掛けていた鞄を引っ張られた。
「!」
そのまま掴まれ、引っ張られる桃花。
茶髪や顔ピアスな二人組に桃花の体はこわくて動けなくなる。
「さ・と・う・さーん!」
聞き覚えのある声に、桃花の脳裏で今朝の学校が甦る。
憲史が茶髪・顔ピアスの背後に現れた
「佐藤さん佐藤さん! ちょっとちょっと!」
憲史は茶髪・顔ピアスを押し退けて桃花の手を握った。
「逃げるよ!」
ダッシュを決める。
一瞬呆気に獲られた茶髪・顔ピアスは動けないでいたが、
「「待てーっ!」」
憲史は桃花を小脇に抱えてダッシュだ。
夜の混雑する駅ビル内、すぐに追い付かれてしまった。
「てめ、ゴラ、なに人さらいしてんだよっ!」
「あーん、やろうってのかー!」
憲史は桃花を壁側に押しやって、ヤンキーさん達の前に立った。
引きつった顔で、
「ど、どっちが人さらい……」
「あーん?」
「てめ、文句あんのかよ!」
憲史に顔を近づける二人。
「その女に用があんだよ」
「いや、この娘、俺の彼女だし」
憲史が言った途端にヤンキーさん二人が黙り、桃花が憲史の服をギュッと握った。
そんな桃花の仕草に憲史はちらっと振り向いて、
『こうでも言わないと!』
囁く憲史に桃花は小さく何度も頷いた。
憲史は引きつった顔で、
「ややややろうってのかー!」
ヤンキーさん二人は一瞬固まったものの、
「おう、覚悟できてんのかよー!」
二人してポキポキ指を鳴らすのに、憲史の表情はさらに緊張した。
「この野郎っっ!」
駆けて来る足音、鞄を振り回し、ヤンキーさん二人に突撃だ。
「「うおっ!」」
突っ込んできたのは竜児。
茶髪ヤンキーを鞄で撃破し、顔ピアスには拳を叩き込んでいた。
「妹に手を出すなーっ!」
勢いそのままに、竜児の拳は憲史の体に向けられる。
重いパンチが憲史の腕や胸、腹に命中だ。
でも、憲史はただひたすらに耐えていた。
「お兄ちゃんやめ、やめてっ!」
桃花の声に、竜児は我に返り、パンチを繰り出すのを止めた。
「佐藤くん、あんまりだ」
憲史はボコボコにされながらも、疲れた笑みで言った。
桃花は竜児にすがり着くと、
「この人は私を助けてくれたの!」
「も、桃花……そうだったんだ」
「お兄ちゃんのバカっ!」
さっきまでの鬼のような顔になっていた竜児も、桃花の言葉にシュンとなる。
後から藤華もやって来ると、
「竜児くん、血相変えて走り出すから……あ、憲史先輩」
「藤華ちゃん、今帰り?」
「はい……今日は博多駅で仕事ですか?」
「うん、ちょっとね」
憲史と藤華が話している間、竜児はじっと憲史を見つめ、それから自分の手を見ていた。
藤華はそんな竜児を見て、
「竜児くん、憲史さんに用事あったんじゃないの?」
藤華はわざと振った。
竜児はそんな藤華の言葉に目をパチクリとして、単刀直入に、
「あの、レジェンドのメンバーですか?」
「うん、そうだけど、よく知ってるね」
憲史はなんでもないような感じで答えた。
憲史の運転する車の中で、藤華は怒った顔で、
「憲史先輩、何考えてるんですか!」
「は?」
「さっきレジェンドなの、言っちゃいましたよね」
「藤華ちゃんも知ってるんだ……最近ツーリングとか行ってないんだけど」
『そうだ、「先輩のレジェンド」ってツーリングの集りで暴走族じゃないんだ』
憲史の顔を見てから、
『憲史先輩のツーリングってちょっと想像できないけど』
コンビニの駐車場に車を停めると、
「うん、ちょっと時間あるから、一風呂浴びていく?」
藤華は自分の服のニオイをかぎながら、
「そうですね、ちょっと臭うし、着替えもあるから」
そのまま3軒隣の憲史のアパートに上がりこむ。
憲史の背中を見ながら、アパートの201号室の前へ。
窓の明かりと晶子・響子の声を聞いて、
『二人いるよー!』
藤華はちょっと頬を赤らめながら、中に入った。
「あ、お姉ちゃん、いらっしゃい」
おさげのあっちゃんが言うのに、藤華は頷いて靴を脱いだ。
憲史はすぐに料理にかかり、藤華は一度テーブルに着いて荷物を降ろしながら、
「お風呂借りまーす」
言いながら野菜を刻んでいる憲史に目をやった。
憲史の背中が微かに揺れながら、包丁がまな板を叩く音がキッチンに響く。
そんな憲史の両脇に晶子と響子が擦り寄った。
晶子が、
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、今日は何なに?」
響子が、
「お肉、たくさん入れてね、お肉」
憲史が素っ気無い声で、
「お肉ないよ、そんなお金もないし」
「「えー!」」
晶子と響子がはもる、憲史は感情のない声で、
「今日のお肉はないでーす」
「「えー!」」
二人ははもりながら、憲史の体をボスボス叩き始める。
響子が憲史の体をしっかと捕まえ、晶子がパンチ。
そのパンチが憲史のお腹にヒットすると、反対側が漫画みたいに盛り上がるのだ。
「お肉入れてよ、モウ!」
晶子のパンチ、そして重い音……骨が砕けるような、肉がひしゃげるような音。
『す、すごいパンチに見えるんだけど……』
今度は晶子が憲史を捕まえて、響子が叩き始めた。
やはり漫画のように、叩いた反対側が盛り上がるパンチ力。
憲史は耐えていたけれど……一瞬ちらっと藤華の方を振り向いた。
『なんとかしろ……って意味だよね』
思った瞬間、藤華の頭上にLEDが点灯。
藤華は晶子と響子の肩に手を置いて、
「えっと、あっちゃん・響ちゃん……あの、私、お風呂の使い方解らないから……一緒に入らない?」
藤華、顔が緩むのを必死になってこらえていた。
晶子と響子もパッと笑顔になると、
「晶子、一緒に入るよ!」
「あたしもあたしも!」
そんな会話、憲史もちらっと視線をくれ、笑顔で「GOODJOB!」。
コンビニのカウンターで藤華。
「ふふ、いいお風呂でした、あっちゃん響ちゃんかわいい」
一緒にレジしていた優華が、
「あ、もう一緒に入ったんですか、響ちゃんかわいいですよね」
「ふふ、ロリコンって人の気持ちがわかったような気がするわ」
「先輩、あぶないですよ」
「最近佐々木先生の孫の話に付き合わされるのよ、アニメも見ちゃった」
「あー!」
優華が呆れていると、バックヤードから伝票を持った憲史が出てきて、
「そんなに気に入ったなら、あっちゃん達あげるよ」
「憲史先輩、そこなんですけど……」
藤華は優華に目で合図。
その合図に応えて優華は憲史を羽交い絞めにした。
「おお?」
「ちょっといいです、脱いでぬいで」
「セクハラ?」
「いいから、いいから」
羽交い絞めされた憲史のシャツをまくる藤華、憲史の腹を触りながら、
「あんなパンチを受けてへっちゃらなんです?」
優華も羽交い絞めを止めて、憲史のお腹を見る。
藤華はちょっと思い出す顔で、
「竜児くんに叩かれてもへっちゃらだったし……」
藤華・優華で憲史のお腹を触っていると、
「俺、『打た筋』あるから、へっちゃらなの」
「「うたきん?」」
二人がはもるのに、憲史は、
「打たれ筋肉で『打た筋』叩かれ強いの」
「「はー!」」
チャイムが鳴って、おばあちゃんが入ってくる。
お腹丸出しの憲史と、それを触る藤華・優華。
おばあちゃんの厳しい視線に3人は小さくなった。