「ターゲット」
藤華は渋い表情で、軽ワゴンの助手席で揺られていた。
「先輩ひどい」
「え? なにが?」
「先輩、外道」
「えー、講義に入れてあげたよね」
「私、家に帰れない、拉致された」
「人聞き悪いね」
「私、家に帰れない」
藤華は後ろをチラ見する……後ろには自転車が無理やり押し込まれていた。
「私の自転車押さえて待ってるんだもん!」
「だって自転車押さえてないと逃げるじゃん」
「それはそうでしょ」
「今日はバイトのシフトに入ってるんだから、逃がさないよ」
「外道」
憲史はニコニコ顔で返事をしなかったが……ラブホテルの前で急にウィンカー。
そして軽ワゴンは迷いなくラブホテルの中に突入だ。
「ちょ! 先輩っ! エッチ! 変態! レイプマン!」
「なんで?」
「ららららぶほてる!」
「うん、そうだよ」
憲史は空いている所に頭から車を入れると、
「さ、降りて、早くはやく!」
「くっ! 借り1を体で払えとっ!」
「ここにも納品してるの、今日は洗濯物の回収なの」
「あ……そうなんだ」
「もうバイト代出るんだから、働いてはたらいて!」
「はーい」
憲史と一緒になって洗濯物の袋を荷台に積み込む藤華。
「憲史先輩!」
「なに?」
「ラブホテル、初めて見ました!」
「ふーん、そう、俺、しょっちゅう使ってるよ」
憲史がさも平然と言うのに、藤華は目を丸くした。
『せせせ先輩がラブホテル! だだだ誰と! かかか彼女いるの!』
驚きで口をパクパクさせていた。
驚いてつまずき、倒れそうになったところを、
「おっと、大丈夫?」
憲史が抱きとめてくれた。
そんな憲史の胸に顔をうずめた時……
『あ! なんだかいい匂いがする……』
その匂いは間違いなく「女」の匂いだった。
『憲史先輩に彼女がいるの! いるの!』
藤華は体勢を直して、憲史の顔をじっと見た。
目が開いているのかわからない、細い目。
人はよさそうな……憲史の顔がそこにあった。
『憲史先輩の彼女ってどんな人だろ?』
もう、頭の中はそれでいっぱいだった。
翌日、藤華は朝の校門チェックを終えて佐々木のもとへ。
「佐々木先生っ!」
「お、どうした、藤華ちゃん、おはよう」
「佐々木先生、憲史先輩の事、知ってますか?」
「高校4年生」
「彼女っていると思います?」
「え? 藤華ちゃんが彼女なんじゃなかったの?」
「怒りますよ!」
「むう……憲史に彼女なんていたら、大騒ぎにならいか?」
「先生は知らないみたいですね」
今度は学食にいた優華に、
「ねぇ! 優華ちゃん!」
「な、何ですか、先輩」
「優華ちゃん、憲史先輩の彼女って知ってる?」
「先輩が彼女じゃなかったんですか?」
「怒るわよ!」
「いや、だって、噂になってるし!」
「むう……優華ちゃんは知らないみたいね」
「本気で聞いてるんだ……ですね、憲史先輩に女っ気なんてないでしょ」
「そう……思ったんだけど……」
藤華はいつになく低いトーンで、
『昨日バイトでちょっとあって、女の匂いがしたのよっ!』
『藤華先輩、「ちょっと」ってなんです?』
『私がつまずいて、憲史先輩に支えてもらったのよ』
『その時、憲史先輩から女の匂いがした……と』
『その通りよ』
藤華の返事に優華は一瞬視線を泳がせてから、
「先輩、憲史先輩とラブホに行きましたよね?」
「!」
「ね!」
「うう……仕事で行ったのよ、仕事」
「仕事でラブホ……」
「しょ、しょうがないじゃないっ!」
泣き出しそうになる藤華に、優華もあわてて、
「す、すみません、ちょっとからかっただけですよ、私もバイトするから知ってます」
「え! 優華ちゃんもバイトしてるの!」
「たまに……綱取興業さんのお世話になってます……憲史先輩の伝で」
優華は訳を話したものの、周囲に目をやってから、
『でも、先輩が憲史先輩とラブホって噂は立ってます』
『えー! どうしよう!』
『我慢するしかないですよ……先生達は綱取興業の事を知ってるから、お咎めはないと思います』
『日春高校ってアルバイト禁止なんだけど』
『みんな隠れてやってますよ』
藤華と優華は力なく笑った。
「あ、でも」
「何です? 先輩?」
「憲史先輩、しょっちゅうラブホテル使ってるって言ってた」
「そうなんですか……」
「で、女の匂いを感じたんだけど」
「憲史先輩に女って、全然想像つかないんですけどね」
「だから聞いてるんじゃない」
藤華がワクワク顔で言うのに、優華は呆れ顔で、
「あ、憲史先輩の女!」
「叩くわよ!」
予備校の講義を終えて教室を出ると、目の前に竜児の背中があった。
「あ、竜児くん……今、帰り?」
「はい、妹と一緒に」
一緒になって駅ビルの本屋に行くと、桃花がアニメ雑誌を立ち読みしていた。
途端に駆け出す竜児。
「桃花ーっ! 待たせてごめーん!」
藤華はそんな竜児の姿に「妹想い」と一瞬思ったが、
『シスコンなんじゃないのかな?』
なんて思っていた。
桃花と合流して3人で車両に乗った時には、夕方のラッシュも終わって並んで座る事が出来た。
竜児の隣で藤華はぼんやりと窓の外に目をやりながら、
「ねぇ、竜児くんは……」
「はい?」
「レジェンドに何の用があるの?」
「……」
それまで「妹想い」「シスコン」な空気だった竜児の表情が険しくなった。
「どうしてそれを……聞くんです?」
「最初に聞いたのは竜児君でしょ?」
「でしたっけ……妹がいじめられてたのは、話しましたよね」
「うん」
「守るのにも、限界があるんです」
「……」
「九州で、警察や族を敵に回して負け知らずのレジェンドを倒せば、俺は一番です」
藤華は渋い顔になって、竜児を見た。
でも、竜児は視線を床のどこかに向けたまま、
「俺が強くなって、それで、妹に誰も近付けさせないようにするんです」
竜児はこわばった顔で、決意の顔で語っていた。
でも、藤華はイヤそうな顔のまま、
『そんな事で解決するわけないじゃん』
竜児を睨んだけれども、そんな視線に竜児は気付かなかった。
『竜児君、まともかと思ったけど、やっぱバカだわ』
「あの、奥さん……藤華さん」
「うん?」
「あの、目の細い……男の事、教えてもらえませんか?」
竜児の言葉に、藤華の中で憲史とレジェンドが繋がった。
そして佐々木の言葉も思い出されていた。
『竜児くんは……憲史先輩が「レジェンド」なの、知ってるんだ』
藤華は微笑んでみせると、
「あの人は日春高の先輩ってくらいしか」
とりあえず、ウソはついていなかった。
藤華はいつも通り憲史に拉致されてアルバイト。
『うわ……』
今日は「響子」ともう一人子供店員がいた。
おさげ髪の娘で、
「はじめまして~、晶子の事は『あっちゃん』でいいよ」
自己紹介してくれた晶子。
藤華の見ている前で何事もなく接客レジ打ち、もう長くやってる感じだ。
でも、「あっちゃん」は響ちゃん以上に「子供」あきらかに「小学生」。
「あの、あっちゃん」
「何? えっと、奥さん?」
「私の事は藤華さんで……あっちゃんは小学生じゃないの?」
「うん、そうだよ」
藤華の目の前で「あっちゃん」「響ちゃん」が並んでいる。
響子がニコニコ顔で、
「藤華姉ちゃん、あたしも小学生なんだけど」
「え……中学生くらいかと思ってた……二人とも小学生なんだ!」
藤華は腕組すると、しかめっ面で、
「小学生がアルバイトとかいいの?」
響子がニコニコ顔で、
「藤華姉ちゃん、商店街に八百屋さんあるの、知ってる?」
「うん」
「あそこ、友達の家だけど、子供店員いるよ」
「……そうね、いるわね、男の子」
「クラスメイトなんだよ、で、あれはダメなの?」
「家の手伝いだから、いいんじゃない」
すると晶子がクスクス笑いながら、
「晶子も響ちゃんも、上の部屋に表札出てるんだよ」
「え? どゆこと?」
「ここに住んでいるから、お手伝いで店員って設定なんだよ」
「えー! いいのー!」
「晶子も響ちゃんも、3年の時からやってるよー!」
『うわぁ~』
藤華はひきつりながらも、その時二人の「ニオイ」に記憶が甦った。
『先輩の匂いはこの二人のニオイだ』
藤華も毎日まいにちアルバイトをしていると、子供店員以外の人とも顔を合わせるようになった。
近所に住んでいるおばさんや本当の大学生、そして優華とも会った。
今日も拉致され、車に揺られながら、
「あの、憲史先輩」
「何? 藤華ちゃん」
「あのコンビニ、6人くらい、いますよね……あっちゃん・響ちゃん除いて」
「そうだね、それが?」
「人、足りないんです? 最近は足りそうな気もするんですけど」
実際藤華の入っているのは日に2時間とか、ちょっとした時間だ。
「うーん、あっちゃん、響ちゃんが入っている段階でどうかしてるんだよ」
「子供はちょっとまずいですよね」
「だね~、で、藤華ちゃんもお願いがあるんだよ」
「?」
「今度から着替えて店に入ってくれる?」
「今も着替えていますよ?」
「エプロン・前掛けでもいいんだけど……日春の制服はちょっとね」
「え? 今までよかったじゃないですか!」
「高校生で深夜はまずいんだよ」
憲史の言葉に藤華は一瞬視線を泳がせ、憲史を睨むと、
「憲史先輩はよく入ってますよね」
「だね」
「高校生ですよね?」
「あ、その事なんだけど、俺と藤華ちゃん、大学生って設定だから」
「はぁ!」
「履歴書『テキトウ』に書き直して大学生にしてあるから」
「はぁ!」
「だから、日春の制服で深夜レジは困るの」
「履歴書、書き直しちゃう方がマズイでしょ!」
コンビニについてみると、優華がもうレジに入っていた。
しかしそんな優華の表情が歪んだ。
「藤華先輩、ちょっと汗臭くないです?」
「え? むう、そうかな」
「ですよ、憲史先輩の家で風呂借りてください!」
と、憲史もちょっとニオイを嗅ぐ風で、
「俺は気にならないけど……まぁ、一緒に来る?」
なんとなく気になった藤華は、憲史について3軒隣のアパートへ。
『ん? 憲史先輩のアパートのお風呂を借りるってどうなの?』
しかし今さら後に引くのも……タイミングを逸していた。
「俺の家、ココ」
アパートの201号室。
と、その風呂釜が微かな音をたてていた。
「ただいま~」
言いながら憲史が戸を開けると、すぐに裸のあっちゃん・響ちゃんが顔を出した。
「「おかえり~」」
二人がはもって言ってから、そして藤華と目が合った。
「あ、お姉ちゃん!」
「藤華姉ちゃん!」
二人が言うのに藤華はどこを見ていいか戸惑いながら、
「こ、こんにちは!」
憲史がトホホ顔で、
「ほらー、お客さんなんだから服着なよ」
って、二人はニコニコ顔で、
「お姉ちゃん店員で知ってるし」
「藤華姉ちゃん、何で来たの?」
風呂を借りに来た藤華だったが、ダイニングでお茶を出されて、固まっていた。
『早く服着てくれないかな?』
藤華の目の前で憲史は台所に立って料理の最中だ。
さっきから包丁の音をさせながら、野菜を刻んでいる。
そんな憲史を挟むようにして、晶子と響子が「裸」のまま、
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、晶子のセクシー感じる?」
「ねぇねぇ、憲史兄ちゃん、あたしは? あたしのセクシー!」
風呂上りのぬれた体で憲史に抱きつく二人の声は楽しげだ。
でも、藤華には、料理をしている憲史の背中に暗いオーラが見えていた。
「どう、セクシー、感じる?」
「あたしは? あたしは?」
「……」
『うわー、憲史先輩ぜったい怒ってる』
憲史の野菜を刻む音が止まった。
「あっちゃん、響ちゃん、好きだーっ!」
包丁を置いた憲史は、二人まとめて抱きしめた。
「死ねーっ!」
「「ぎゃーっ!」」
晶子と響子の体が抱きしめられ、えび反りになり、何かが砕けるような音をさせて脱力するのがわかった。
ピクピク痙攣する少女達を床に「ポイッ」と放る憲史。
ムスっとした顔で藤華の方を向くと、
「藤華ちゃん、何しに来たの?」
「えっと、お風呂借りに」
「じゃ、早く入ったら? バイトもあるんだし」
「は、はい……」
「それにさ、さっきから見てばっかりだよね」
「は、はぁ……」
「あっちゃんと響ちゃん、止めてくれないと、面倒くさいんだから、アレ始めると」
「いつもやられてるんです?」
「そうだよ、もう、いつも『セクシー感じる?』アホか!」
憲史は死んでいる響子の尻をペシペシ蹴ると、
「小学生がセクシーもクソもあるかっ! いつも邪魔ばっか!」
憲史は死んで転がっている晶子と響子の尻をペシペシ蹴ると、
「藤華ちゃん、押入れからパジャマ出して二人に着せといてよ」
「はぁ」
「押入れに女物も入ってるから、それ藤華ちゃんも着ていいから」
「はぁ」
藤華は風呂を借りて、女物を借りて、コンビニへ。
レジで優華が迎えてくれた。
「あ、藤華先輩おかえりなさい」
「ねぇねぇ、何で憲史先輩が女物持って……」
「それ、私のです」
「は?」
「私もたまに風呂借りるんですよ」
「なんだ、優華ちゃんのか、そっか……優華ちゃんはその時どうしたの?」
「え? 憲史先輩のズボンとYシャツ貰いましたよ」
「むう、男物、へっちゃら?」
「洗ってあったら、あんまり気にしませんね」
優華はクスクス笑いながら、
「先輩も、そのうち一緒に入りますよ」
「えっ! 優華ちゃん憲史先輩と一緒お風呂!」
「いえいえ、あっちゃんと響ちゃんですよ」
「そ、そっち……」
藤華は二人の裸を思い出しながら、ポッと頬を染めていた。