「レイプ魔!」
全校集会の後の職員室。
「佐々木先生っ!」
「お、藤華ちゃん、どうしたの? 怒ってる?」
「怒ってません! 憲史先輩がいますっ!」
「ああ、憲史、うん、だね」
途端に顔を背ける佐々木。
藤華はその袖を捕まえて、
「なんで顔を背けるんですか?」
「いや、なんとなく」
「なんで憲史先輩がいるんですかっ!」
「留年したんだよ、アイツ」
「はぁ?」
佐々木は藤華に向き直ると、
「成績とか、出席とか、足りないと留年しちゃうんだよ」
「は、初めて見た……」
「大学なんかじゃゴロゴロしてるよ、ここもたまに出るし」
佐々木は引き出しから灰皿を出しながら、
「藤華ちゃんは風紀委員で顔見知りだから、憲史の世話、頼むよ」
「はぁ?」
「ほら、アイツが問題行動起こしたら、風紀委員として躾てやって」
佐々木はハイライトを口にし、マッチの火を近付けながら、
「俺、タバコ吸うから、もういい?」
「は、はい……」
藤華は戸惑いながら、職員室を後にした。
「藤華せんぱーい!」
「!」
廊下で声を掛けてきたのは、一つ下の学年の優華だった。
長く、床にも届きそうなスカート。
藤華の前に立った優華はガムを噛みながら、
「藤華先輩、ちわっす!」
「優華、あんた今日、東門から入ったの?」
今朝の藤華は北門の当番だった、その藤華の記憶に優華はいなかった。
「まったく、なんてスカートを!」
「えー、だって誰も注意しないしー」
「くっ! 東門の当番は誰だったのよ!」
藤華はすぐにシフト表を思い出してみたけど……
今日の東門の担当も、しっかりしたメンバーばかりだった。
優華はニヤニヤしながら、
「服装チェックで引っ掛からなかったんだから、いいすっよねー」
「このクソ女……」
「クソ女とか、風紀委員の言葉じゃないっすよ」
ニヤニヤしている優華を見て、藤華はピンと来た。
「あんた、タヌキでしょ」
タヌキ……日春高校に隣接する「西和大学」。
その「西和大学」の学食に行くために破られたフェンスを通るのを「タヌキ」と言う。
「西和の学食で朝食べて、日春に出勤してるんで」
「ちゃんと校門通りなさいよっ!」
「えー、校則にないしー!」
藤華が恨めしそうにスカートを引っ張るのに、優華は真顔に戻ると、
「先輩、ちょっといいですか?」
「うん? なに?」
急に優華が真面目な感じになるのに、藤華も小さく頷くと、
「先輩、進学クラスじゃないんですね」
「う……聞かないで……」
「どうせテストに名前書かなかったとかでしょ」
「あんた佐々木先生から聞いたの」
「うわ、ビンゴなんだ」
藤華と優華は連絡通路のベンチに腰を下ろすと、
「先輩、普通クラスなんですよね」
「うん、そうだけど……」
「佐藤って転校生、いますか?」
「あ、それ……聞いてるけど、今日は見なかったかな、ヤンキーさんだよね」
「顔は知ってるみたいですね……まだ来てないんだ」
「うん、みたい」
優華は真剣な表情で、
「憲史先輩、いませんか?」
「いる! びっくりした! 留年だって!」
「憲史先輩の留年、どうしてか知ってます?」
「え? 成績じゃないの? のほほんとしてるし」
「そりゃ、あの目無し先輩、いつものほほんとしてるけど」
「優華ちゃん、目無しはひどくない?」
藤華が言うのに、優華は目を細めて、
「だって憲史先輩、目、細くて……目無しじゃん」
「そ、それはそうだけど……」
藤華は笑いながら、
「で、憲史先輩の留年ってどうして?」
「レイプ……犯らしいです」
「え!」
「レイプ犯って噂ですよ」
「え!」
教室に戻ってみると、教壇近くの席のヤンキーが話しているのが聞こえた。
知らん顔でその横を通り過ぎて席に向かう藤華。
話の内容……憲史先輩の噂だ。
『うーん、レイプの噂、本当なのかな?』
席についてみたけど、隣に憲史先輩の姿は見えない。
時計を見れば、もうすぐHRの始まる時間だ。
教室に人が集ってくるのに、ようやく憲史も戻ってきて、藤華の隣の席に腰を下ろした。
最後に佐々木先生が入ってきて、出席簿で黒板を叩きながら、
「おーし、みんな席に着け~」
ガタガタと椅子の音が続き、そして静かになる。
佐々木は教室を見回すと、
「藤華ちゃん、とりあえずクラス委員やって」
「起立……礼」
私の号令に、みんなが席を立ち、礼をして、着席する。
佐々木は出席簿を開きながら、
「じゃあ、新学期の初回なので、自己紹介してもらう1番は……」
教室の前の席から自己紹介が始まる……普通クラスはほとんどがヤンキーだ。
一部見た目は普通っぽいのもいるけれど……いじめなんかが出ないように、出来るだけ「力」の差がないような感じになっているようだ。
『どうして私が……』
風紀委員でいつもヤンキーさんとやり合っているから、確かにちょうどいいかもしれない。
でも、進学を考えると、かなり不安が募った。
進学クラスに入って推薦貰って、速攻進学を決めるつもりでいた。
しかし過去に普通クラスで推薦をもらった話を聞いた事がない。
それに旧帝大に合格なんて話も聞かない。
普通クラスはそう「卒業するだけ」のクラスのイメージだ。
そう思うとついついため息ももれた。
一人ひとり席を立ち、自己紹介をしている。
藤華は風紀委員で校門に立ってチェックしていたから、今更自己紹介されなくてもみんなの事は大体わかっていた。
自分の番が来て、立って、名前を言って、それでおしまい。
ちらっと振り返って見ている何人かが、小さく舌打したのが聞こえた。
藤華は今まで、ヤンキーさん達の生徒手帳を回収しまくってきたから、恨みの一つや二つじゃ済まないだろう。
『うわ、私、卒業前にいじめ殺されるかも……』
でも、そんな事されたら得物の竹刀で返り討ちだ。
そして最後に……卒業したはずの先輩が……レイプマンの先輩が……席を立った。
「はじめまして、居村憲史です、よろしくお願いします」
途端にクラスで一番問題そうなヤンキーが、
「何、留年したヤツと一緒なんだよ、恥ずかしくないんかね?」
クラスじゅうが見下した笑みであふれた。
憲史はというと……よくわかってないのか、赤くなって頭を掻いていたりする。
前を見れば、先生がこれまた困った表情で腕組。
藤華はノートに大きく「バカにされてますよ?」と先輩に見せると、ようやく気付いたみたいだった。
途端に憲史は困った顔になって、藤華に「どうしたらいい?」みたいな顔を向けてくる。
「留年! 辞めろ! 留年! 辞めろ!」
クラスじゅうのヤンキーさん達が大合唱。
こんな時はすぐに団結するのがすごい。
憲史はちょっと考える顔になって、頭上に裸電球が点灯した。
この感じの悪い合唱にもかかわらず、憲史の表情はすごい嬉しそうだ。
しかし、次の瞬間真面目な顔になって、大合唱の中、教壇に向かう。
そして黒板に「居村憲史」と書いてから、拳をドンと叩きつけた。
「居村憲史です、よろしく」
「……」
一瞬は静まり返る教室だったが、すぐに親玉ヤンキーが、
「辞めちまえ、留年バカ!」
また、憲史が黒板を叩き、そして親玉ヤンキーにすごんだ。
視線が火花を散らす……そんな空気の中、憲史が、
「俺、留年じゃないから!」
「!」
「俺、4年生だから!」
「!!」
「俺、4年コースの4年生だから!」
「!!!」
「俺の方が先輩なんだぞ、偉いんだぞ、言う事聞けよ3年生っ!」
みんなポカンとして、静寂だか沈黙が続いた。
スズメのさえずりが、どんなにもかわいく聞こえる。
佐々木が憲史の肩をバンバン叩いて、
「そんなわけで、このクラスの級長は憲史だ、みんな級長の言う事は聞くように」
佐々木先生の言葉に口応えするヤンキーはいなかった。
そんな空気に佐々木はさらに手を打った。
「副級長には藤華ちゃんな、みんな逆らうなよ、竹刀で叩かれるからな」
「え!」
親玉ヤンキーが席を立ち、何かを言おうとした刹那……その机にチョークが突き刺さっていた。
「喫煙タイムだ、邪魔したらコロス!」
佐々木はハイライトをくわえ、マッチの火を寄せながら教室を後にした。