「えぴろーぐ」
藤華がコンビニの棚の商品を並べていると、優華がやってきて、
「先輩先輩、これこれ!」
「うん? どうしたの?」
優華が差し出すスマホの画面を藤華は覗き込んだ。
『九州征伐の佐藤破れる』
そんなメッセージが続いていた。
「私、前から思うんだけど……」
「何です、先輩?」
「ヤンキーのネットワークっていつもこんなん?」
「ですね~」
「楽しい?」
「たまにバカっぽいと思います」
「バカなのよ」
藤華はにらんだけれども、優華はアハハと笑っているだけだった。
「ふーん」
藤華は差し出されたスマホの画面を指でなぞりながら、
「あ、やっぱりレジェンド・憲史が勝った事になってるんだ」
「ですね~」
と、優華は急に眉をひそめて、
「先輩、今日は予備校、どうしたんです?」
「私、今日はお休み、いつもって訳じゃなよ」
「ふーん、受験生なのに」
「たまには息抜き……それにここは勉強できるし」
藤華がレジに目をやると、そこにはノートと参考書が広げてあった。
「うち、暇ですもんね」
「最初はアルバイトやって勉強がおろそかになるかと思ったけど、ここなら大丈夫よ」
自動ドアのチャイムが鳴るのに、二人の視線が移った。
入って来たのは憲史・竜児・桃花だ。
「藤華ちゃん、優華ちゃん、いるー?」
「「はーい」」
軽い返事で二人はレジへ。
「お、いたいた、佐藤くん連れて来たよ、交代していいよ」
憲史はそれだけ言うと、レジを通り抜けて奥に姿を消した。
「おはようございます、藤華先輩、優華ちゃん」
竜児と一緒だった桃花が元気に挨拶する。
「おはー、桃花ー」
優華が手をヒラヒラさせながら言い、藤華が腕組みして、
「桃花ちゃん、ずいぶん自信、ついたんじゃない?」
藤華が言うのに桃花はニコニコしながら、
「ここでアルバイトするようになって、私も普通に出来るんだって気付いたんです!」
「え、今まで普通に出来ないって思ってたの? それにココのバイト、多分簡単……」
最後の「多分簡単」の付近で藤華はバックヤードの方を見ながら声のトーンを落としていた。
桃花は一瞬考える顔になって、
「いままでいじめられて……私ってダメな人間、弱い人間って思ってました」
「そうなんだ」
「でも、私、ここで働きますよね、で、他所のコンビニで店員さんの仕事を見ますよね」
「で?」
「私、しっかり仕事出来てると思うんです、ちゃんとしてると思うんです」
「……」
「他所のコンビニじゃ、無愛想な店員さん、しょっちゅうです」
「なるほどねー」
「じゃあ、着替えてきまーす!」
言うと桃花はバックヤードに消えて行った。
ドアを開けて、その姿が向こうに消える瞬間、
「憲史先輩、今日も私、頑張りますっ!」
「おー、桃花ちゃん、助かるよ、大好きだ」
「えへへ、先輩のバカー!」
そこでドアが閉まってしまう。
藤華と優華は力無く笑いながら、まだ立ちつくしている竜児に目をやった。
「と、桃花……」
「「……」」
「お、俺の桃花……」
涙目で立ちつくす竜児を見て優華は藤華に、
『ね、先輩せんぱい!』
『何、優華ちゃん?』
『前から思ってたんですが、コイツはシスコンですか、桃花すきーですか?』
『そーよ、シスコンなのよ』
『へたれですね』
『そーよ』
優華は渋い顔で、
『私達はこんな男と戦おうとしていたのか……』
『だからヤンキーはバカなのよ』
『むう~』
二人が小声で話していると、バックヤードから憲史が出てきた。
優華はまた渋い顔になって、
『憲史先輩が倒した事になってるんだよな~』
『そうよね~』
藤華も嫌そうな顔で憲史を見つめた。
そんな二人の視線に気付いて、
「うん? どうかしたの?」
「いや、憲史先輩、レジェンドってなんなんです?」
「うん? 前言わなかったっけ、ツーリングの集りだよ」
「暴走族じゃないんですよね」
「俺、そんな風に見える?」
憲史がニコニコ顔で言うのに、優華は顔を背けて、
『へたれに見えるんだけどな~』
藤華はそんな優華の気持ちを察しながら、口元に笑みを浮かべると、優華の体を「ポン」と押した。
押された優華は憲史の胸元に収まって「ギュッ」とされる。
「優華ちゃん、大丈夫、ふらついてどうしたの?」
憲史は優華を立たせながら言うのに、優華は頬染めして、
「な、何でもないですよ!」
「頼むよ~、バイト休まれたら困るから~」
優華は顔を赤らめたまま、藤華をにらんで、
『先輩、なんて事するんですか!』
『ふふ、優華ちゃん、顔を赤くして、憲史先輩が好き? 強いし?』
『そ、そんなんじゃないですっ!』
『ふふ、赤くなってるよ、どうなの? どうなの?』
言いながら、藤華はまた優華を押した。
再び憲史の胸元に収まる優華。
「ギュッ」とされて、赤くなっていた。
『ほらほら、赤くなってる、好きなんだ~』
『先輩、何するんですか、モウっ!』
優華は憲史から離れると、藤華をポカポカ叩きながら、
『憲史先輩にギュッとされると、なんだかドキドキします』
『この男は女を抱き慣れてるのよ!』
『え……そうなんですか!』
『あっちゃんとか、響ちゃんとか、いつもギュッとしてるから慣れてるのよ』
『おお~』
『だから、騙されちゃダメなのよ』
『そうなんだ……』
藤華は優華に目で合図すると、みずから憲史の胸に飛び込んだ。
「あっ、転んじゃった!」
「おお、藤華ちゃん、大丈夫、立ちくらみ?」
憲史は藤華を「ギュッ」。
耳まで真っ赤になる藤華だが、すぐに憲史の顔を「ジッ」と見る。
するとみるみる顔色が戻っていった。
「藤華ちゃん、大丈夫?」
「ちょっとつまずいただけですよ」
「しっかりしてよ~」
憲史は藤華を立たせると、レジを出て店内へ。
優華はびっくりした顔で、
「すごい、藤華先輩、ドキドキしないんですね」
「どう、すごいでしょ」
「さすが、憲史先輩の奥さんですね」
「優華ちゃん、ブッ殺すわよ!」
「あはは、憲史先輩の奥さーん」
「むがーっ!」
憲史と桃花が一緒になって棚を整えている間、一番新人の竜児はレジで藤華・優華に挟まれていた。
藤華がレジに並べられたアイテムを手に、バーコードを読ませながらレジを操作。
「どこのコンビニでもそうだと思うけど、これで勝手にレジやってくれるから」
商品を全部読ませてレジをポンポンと操作。
「どう、簡単でしょ?」
「……」
藤華は返事がないのに、レジから竜児に目をやった。
竜児はというと、店内の桃花をじっと見つめている。
「竜児くん、聞いてる?」
「え! あ! え?」
「え? じゃないでしょ! え? じゃ!」
と、優華がうんざり顔で、
「藤華先輩、コイツさっきから桃花ばっか見てるんですよ」
藤華はため息をついて、
「ねぇ、竜児くん、桃花ちゃんは憲史先輩と仕事してるんだから、ほっとけばいいのよ」
藤華は竜児の肩に手をやり、ゆすった。
そんな藤華の手を竜児がしっかと握って、
「あの、藤華さん!」
「なに? 竜児くん?」
「桃花はいつの間に憲史先輩と!」
「竜児くんが予備校で講義を受けてる時、見守ってたのは憲史先輩よ」
「なっ! あの男、妹を!」
「だから守ってくれてたんだってば!」
「許せんっ!」
『この男、妹の事となるとダメダメだな~』
その時、チャイムが鳴って晶子と響子が入ってきた。
「お姉ちゃん、おつかれさま~」
「藤華姉ちゃん、おつかれさま~」
二人が言うのに藤華は手をヒラヒラさせながら、
「どうしたの、二人とも?」
「お兄ちゃん、いる」
「うん、あそこ」
藤華は憲史のいる方を指差すと、晶子達は途端に不機嫌顔でスタスタと向かう。
憲史は晶子達に囲まれると、これまた微妙な表情になってレジにやって来た。
晶子と響子が憲史を前に夕飯の事を語りだす。
「お兄ちゃん、ゴハン作ってないよね!」
「そうだそうだ!」
答える憲史。
「ちゃんと野菜炒め作ってるじゃん」
すぐに晶子達は、
「お肉入ってないし!」
「そうだそうだ!」
晶子と響子は目と目で合図をすると、響子が憲史を捕まえて、
「あっちゃん、やっちゃえ!」
「言われなくても!」
苦笑いしながら、晶子のパンチが「ボスボス」いいながら憲史の腹筋に叩き込まれた。
傍目には「小学生のパンチ」。
でも、そのヒット音は骨が砕け、肉がひしゃげる音だ。
さっきから晶子のパンチが当たる度に背中が膨れる。
そんな現場に藤華・優華・竜児もやってきて、
「ねぇねぇ、優華ちゃん、面白い事になってるよ」
「うわ、容赦ないですね、音が重い」
憲史は3人が、特に藤華がやって来たのに怒った顔になった。
優華が、
「あ、憲史先輩、なんだか怒った顔」
「助けろって言ってるのよ、そうね、どうしようかな」
藤華は言いながら、隣でじっと修羅場を見つめている竜児に目をやった。
そしてニッコリ微笑むと竜児を押した。
「えいっ!」
「え!」
憲史と晶子の間に倒れこむ竜児。
そこに晶子のパンチが「ボスッ!」
簡単に体が「くの字」に折れて、床に崩れ落ちてしまった。
桃花がびっくりして、
「お兄ちゃんっ!」
桃花が取り付いても、竜児は泡を吹いて魂がない目になっていた。
晶子と響子も叩くのを止めて、
「いきなり入ってきたら危ないよ!」
「あっちゃん、人殺しだよ、人殺し!」
「だってー! ごめーん!」
開放された憲史は藤華の所にスタスタやって来ると、
「藤華ちゃん、もっと早く助けてよ、痛いんだから」
「知ってますよー、助けましたよねー」
「遅いんだって」
憲史はそのままレジ、バックヤードに消えると、すぐに捨て弁当を持って出てきた。
「ほら、あっちゃん、響ちゃん、これ持って帰る」
「「はーい」」
二人は捨て弁当の入ったレジ袋を受け取ると、もう竜児の事も忘れたように出て行ってしまった。
憲史は引きつっている桃花から竜児を引き寄せると、背後に回った。
竜児の腹に腕を回して、
「ふんっ!」
憲史が言って力を込めると、竜児の体が一瞬微かに折れてから、うつろだった目に魂が戻った。
「はっ! 俺、どうして?」
「お、生き返った生き返った、もう、佐藤くん、危ない空気わかんないかな、死ぬよ」
「え? え!」
竜児は理由がわからずにキョロキョロし、桃花はアワアワしっぱなしだ。
優華は考える顔で、
「憲史先輩の壁はあれに鍛えられてるんですね」
藤華は微笑みながら、
「そうよ、今まで気付かなかったの」
憲史は藤華・優華の前で腕組みして立つと、
「二人ともあっちゃん達の事知ってるんだから、止めてくれないと!」
「え? だって面白そうだったし」
藤華がシレっと言い、優華が頷いて、
「思う思う」
二人の台詞に憲史は「への字口」だ。
その時、藤華の頭に裸電球が点灯。
『ね、優華ちゃん優華ちゃん!』
『何です、藤華先輩、面白い事、思いついたんですよね?』
『私、あっちゃんやるから、優華ちゃんは響ちゃんやって!』
『へ?』
『二人が風呂上りに裸でやってるの、見た事あるでしょ!』
優華の頭上に『!』が浮かんだ。
二人の口元に、微かに邪悪な笑みが浮かぶ。
憲史を挟むように藤華と優華。
二人して憲史に抱きついて、
「ねぇねぇ、私のセクシー、感じる?」
「あたしのは、ねぇねぇ!」
二人に挟まれて、憲史は「怒った顔」。
「お兄ちゃん、セクシー、感じる?」
「あたしのセクシー、感じる?」
憲史の顔がみるみる怒るのを感じながら優華は、
『ああ、憲史先輩、すげー怒ってる』
藤華はニコニコ顔で、
『すごく楽しくない、ねぇねぇ』
『すげー楽しいです、でも、これからどうなるんだろ?』
『あ、考えてなかった』
『ちょっとー、藤華先輩、私、レイプされたら嫌ですよ』
『私だって嫌よ』
その時、またコンビニの自動ドアのチャイムが鳴った。
入ってきたのは藤華の父・辰夫だった。
「お父さん……」
「あ、藤華、なんでこんな……」
凍りつく父・辰夫。
藤華と優華が憲史に抱きついて「いちゃいちゃ」している最中なのだ。
辰夫の目に怒りの炎が燃え盛っていた。
「うちの娘に何をするーっ!」
辰夫はレジを持ち上げると、憲史に向かって投げつけた。
朝の日春高校校門。
藤華が竹刀を手に、登校して来る生徒達ににらみを利かせていた。
「藤華せんぱーい!」
優華が手をブンブン振ってやって来るのに、藤華も笑みをみせた。
「おはよう、優華ちゃん」
「おはようございます、昨日は傑作でしたね」
「言わないで……」
「憲史先輩、どうなったんですかね?」
「レジ直撃したら、普通死ぬわよ」
「血まみれになって、笑ってましたね」
「びっくりよ」
優華は藤華の横に立つと、スマホを見せながら、
「ほらほら、先輩見て見て!」
「うん?」
画面は血まみれ憲史が写っていて、血まみれのレジも写っている。
「憲史先輩、負けた事になってるんですよ」
「え? なんで?」
「先輩のお父さんが倒した事になってるんですよ」
「え? だってレジ当たっただけで、死んでないわよ」
「いや、普通当たったら死ぬでしょ」
「そうよね~」
二人して「あはは」なんて笑い始めた。
藤華は引きつった笑みで、
「あの後、お父さんに説明するの大変だったんだから」
「説明できました?」
「ってか、お父さんパニくってて、それどころじゃなかった」
「ですよね~」
二人がまた「あはは」と笑う。
そこに昨日現場にいた竜児と桃花が登校してきた。
「おはようございます、藤華先輩!」
桃花が元気に言うのに藤華は微笑んで応える。
「おはようございます」
竜児は神妙な表情で言った。
そんな竜児の視線は落ち着きがなく、以前のような「こわさ」はない。
「どうかしたの? 竜児くん?」
「いえ……」
藤華は言いながら、竜児の方にそっと両手を差し出した。
そして、竜児の詰襟のボタンをかけてあげながら、
「上着着てるときは、ボタンちゃんと掛けてね」
「あ、はい……」
そこに自転車のペダルを漕ぐ音が近付いて来た。
「おはよー!」
憲史の自転車が、いつものように藤華の横を行こうとした。
藤華の片手が竹刀を持ち上げ、憲史の胸に付き付ける。
ストップする憲史の自転車。
「待たんか!」
「藤華ちゃん、何っ!」
「校門は自転車降りてって、いつも言ってるでしょ!」
「だって藤華ちゃん、今、佐藤くんと話してるじゃん」
「黙って降りろ!」
「こわーい!」
「降りろ!」
「うう……」
憲史は自転車を降りて、シュンとした。
「何でこんな簡単な事が出来ないんですか!」
「面倒だし……」
「まったくモウっ!」
藤華の竹刀がバシバシ憲史を叩く。
しかし、そんな竹刀が止まると、
「先輩、もう怪我は大丈夫なんですか?」
「うん? なに? それ?」
藤華が、優華が、そして桃花も竜児も憲史を見つめている。
まず桃花が、
「先輩、無事だったんですね!」
言いながら憲史に抱きついた。
優華はしげしげと憲史を見ながら、
「昨日血まみれでしたよね?」
藤華も憲史の体をポンポン叩きながら、
「なんともないみたい……」
憲史はニコニコ顔で、
「あっちゃんや響ちゃんの攻撃に比べたら大した事ないよ」
そして竜児は、桃花と憲史の間で視線を行き来させながら、今にもなぐりかかりそうな顔になっていた。
それに気付いた憲史は、桃花を竜児の方に押し返しながら藤華に向かって、
「あ、そうそう、藤華ちゃん!」
「なんです、憲史先輩?」
「今日の宿題貸して!」
「嫌です!」
「なんでー!」
「宿題は自分でやるものです、それに私、今、カバン持ってないし」
「教室にあるんだ、勝手に借りるね」
「嫌です」
「なんでー!」
「ダメです」
「鬼ー!」
憲史が涙を浮かべながら言うのに、優華が藤華の肩をトントンして、
『何? 優華ちゃん?』
『夫婦ケンカ?』
『違うわよ!』
しかし優華が周囲に目配せするのに、藤華も周囲に目をやった。
登校する生徒達の視線がイタイ。
藤華が困った顔をするのに憲史は、
「もういい、佐藤くん、宿題貸して!」
「宿題は自分でやるんですよっっ!」
藤華はチョップを連打した。
「痛いよ、藤華ちゃん、宿題貸して!」
腕で自分をかばう憲史。
ふいに、昨日レジを食らって血まみれになった姿が重なった。
藤華のチョップが止まる。
「先輩、昨日は父がご迷惑おかけしました」
「ああ、いいよ、別に……」
「でも、先輩……」
「なに? 藤華ちゃん、俺、宿題貸してくれたら全部チャラ」
藤華の心で何かが弾けた。
固めた拳がプルプル震える。
でも、藤華は憲史の顔をまっすぐ見つめた。
『醒めた……』
目の前の憲史の顔は「宿題貸して」でいっぱいだ。
「憲史先輩……」
「なに?」
「私だけ先に卒業なんて、嫌ですよ」
凍る憲史の顔。
優華が、桃花が、佐藤が黙り込んだ。
でも、一番早く復旧したのは優華だ。
「藤華先輩っ! なんて事言うんですかっ!」
「え? なに? なんか悪い事言ったっけ?」
憲史が目尻に涙を浮かべて、
「藤華ちゃん、あんまりだ」
「だって宿題は自分でやるものでーす」
言いながら藤華は優華に向き直ると、
「ね、私、なにか悪い事言った?」
「言いましたよ、『私だけ卒業』なんて!」
「え? なに? どして?」
「そんなフラグ立つような事言ったら……」
藤華と優華が一緒になって憲史を見つめた。
「わーん、藤華ちゃんのバカー、宿題勝手に借りてやるーっ!」
憲史は叫びながら行ってしまう。
藤華はため息混じりにつぶやいた。
「ダメだ、こりゃ」