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「竜児覚醒そして」

 竜児は憲史をにらみながら、

「なんで桃花をアルバイトなんかに……」

 憲史はおでんを容器に移しながら、

「佐藤くんはさ、なんで桃花ちゃんを待たせているの?」

「!」

「佐藤くんが予備校に通っている間、桃花ちゃんは本屋さんやファストフードで時間つぶしてるよね」

「は、はい……」

「あの予備校の先生……宮川先生はすごい先生なんだってね」

 憲史はおでんをよそいだ器を竜児に渡しながら、

「だから佐藤くんみたいに、関東からわざわざ引っ越してくるのもわかるんだ」

「……」

「でもさ、桃花ちゃんをあんな危ないヤンキーだらけの所に置きっぱなにするのはね」

「別に……放ったらかしにしてるわけでは……」

「してるよね」

 竜児がおでんの代金を払おうとするのに、憲史は首を横に振ってから、

「関東に比べて九州はのんびりしてるって思われるかもしれないけど、危ない連中はやっぱり危ないんだよ」

「……」

「だから……桃花ちゃんっていじめられそうなキャラだよね」

「憲史先輩っ!」

「ごめんゴメン、でも、だよね、なのに、なんでほったらかしなの?」

「……」

 竜児は返事を出来ずに、床と憲史の間を何度も何度も視線を行き来させていた。

 憲史の顔が、じっと竜児の方に向けられている。

 レジを守っている優華も、竜児を見つめていた。

 二人の視線にたえられなくなった竜児はおでんのちくわを口に運んだ。

「あ、佐藤くん、食べたね、そのちくわ、100万円だから、特別なんだから」

「ぶっ!」

「佐藤くん、払えないなら、桃花ちゃんに体で払ってもらうから」

「か、体で……」

「桃花ちゃんのアルバイト、決定ね、それとも100万払う?」

 竜児はそれでも口に運んだちくわを食べてしまいながら、優華に目をやって、

『あの……』

『何? 私の事は優華でいいわ、桃花ちゃんと一緒のクラスのよしみよ』

『優華さん、憲史さんはいつもこんな感じなんですか?』

『うん』

 竜児は視線を泳がせながらうつむいてしまうと、

「確かに僕は桃花を一人にしていました」

「だよね」

「でも、憲史先輩が勝手にアルバイトさせていいわけじゃないです」

「!」

「大体日春高校はアルバイト禁止ですよね」

 今度は憲史はうつむいて唸りだすと、

「でも、履歴書は西和大学って事になってるんだけど」

「それは憲史先輩が書いたんですよね」

「そうなんだけどね、ほら、設定でってあるよね」

「怒りますよ」

「むう」

 その時、竜児から着信音。

 憲史が、優華が、竜児に注目する。

 竜児は手にしていたカバンからスマホを取り出すと、ちょっと操作して表情が曇った。

 そしてどんどん表情が険しくなり、わなわなと肩が震え始める。

「佐藤くん、どうかしたの?」

「桃花がさらわれた!」

「え!」

「桃花がっ!」

「だって桃花ちゃんは藤華ちゃんと一緒にゴミ捨てに……」

 憲史がつぶやくように言うのに、優華が店の外に飛び出して、

「くそっ! ちょっと目離したらやられた」

 憲史も駐車場に出て周囲を見回す。

 竜児も最初こそ周囲を見回していたが、改めてスマホに目をやると、

「よくも桃花を……ブッ殺してやるっ!」

 竜児が見ている画面を、憲史と優華が後ろから覗き込む。

「何なに? これ?」

 憲史が聞くのに、答えたるのは竜児でなく優華。

「位置情報ですよ、桃花の」

「え! そんな事出来るの! スパイ映画みたい!」

「憲史先輩……」

 憲史と優華はそんな会話を交わしながら、竜児の背後からスマホを見ていた。

 駆け出そうと一歩を踏み出した竜児。

 しかしそんな肩を優華がつかまえた。

「ちょっと待ちな」

「な……」

 竜児がびっくりした顔で優華を見つめるのに、

「ほら、まだ画面が動いている」

「……」

「アジトに着くまで待った方がいい」

「あ、ありがとう」

 さっきまで真っ赤になって怒っていた竜児が小さく頷きながら言うのに、優華は目を細めながら、

「私はあんたは嫌いだ……でも、桃花はクラスメイトだしな」

「あ、なに、なんだか格好いい、どうかしたの?」

 憲史がニコニコ顔で言うのに、優華は思い切り本気チョップを繰り出して、

「憲史先輩、せっかくのムードが台無し!」

「い、痛いよ、優華ちゃん、俺、なんか悪い事言った?」

「死ねっ!」

 優華のチョップがはげしく憲史の頭をヒットし続けた。


 目隠しを外された藤華と桃花はお互いを見つめた。

 大きな空きビルの一室のようだ。

 周囲には男が数人いるのがわかったが……正確な人数はわからなかった。

「桃花ちゃん、大丈夫?」

 藤華は言いながらも、自分が後ろ手で縛られているのに顔をしかめた。

 桃花は頷きながら、

「大丈夫ですけど……でも」

 不安気な桃花の表情を、藤華は「こわがっている」と思い込んでいた。

 どんな言葉をかけていいか、わからないでいた藤華だったけれども……

 桃花の方が先に口を開いた。

「あの……藤華さん」

「何? 桃花ちゃん」

「早く、あの人達に逃げるように言ってください」

「はぁ?」

 桃花の言うのに、藤華はあきれ顔になった。

「あの、心配するのは桃花ちゃんの方だと思うの……私もヤバそうだけど」

「私を助けに……お兄ちゃんは来ます」

「なんとなく……わかる」

「いや、絶対来ます、お兄ちゃん、私の携帯の位置情報をモニターしてるんです」

「竜児くん、ちょっと引くわ、それ」

「私もやめてって言ったんですけど……」

 桃花は力なく笑いながら、

「お兄ちゃんは中学の頃からケンカ三昧で……私は避けていたんですけど、そのうちお兄ちゃんの敵が私にちょっかいを出すようになったんです」

「今回と一緒なんだ」

「私を人質にして、お兄ちゃんをやっつけようって言うんです」

 藤華はコクコクと頷いた。

 桃花は一瞬口元に笑みを見せたものの、

「でも、お兄ちゃんは……私を人質にしてもダメなんです」

「え? なんで?」

「囚われている私を見たら、お兄ちゃんはもう止められません」

「え! なに、それ!」

「我を失ったお兄ちゃんを、私は止められません、誰も、止められません」

 桃花が言うのに、藤華は今までの事を思い返して、小さく頷いた。

「だから私は、お兄ちゃんを安心させる為に位置情報も我慢しました」

 藤華は眉をひそめ、桃花はため息まじりに、

「お兄ちゃんを倒せば一目置かれるみたいです」

「あの竜児くんがねぇ」

 藤華に言わせると、他のヤンキーとかわらない……いや、どっちかというと「外見だけヤンキー」なのが竜児だった。

 正直なところ藤華の頭の中では「シスコン」のイメージの方が強かった。

「ともかく、あの人達が危ないです、早く逃げて欲しい」

「い、いや、無理でしょ、連中聞くわけないし、勝てる気でいるよ、絶対」

 藤華が言うのも聞かず、桃花は立ち上がると駆け出した。

「早く逃げてくださいっ!」

 桃花が叫ぶのに、ヤンキー達の中央に居た坂東は、

「命乞いするのは見た事あるが、逃げろとはなんだ?」

「お兄ちゃんが来ます、殺されます!」

「ふふ、お前の兄貴が来たら、お前という人質がいるんだぞ」

「だ、だから、お兄ちゃんが、お兄ちゃんは、発狂します!」

「お前という人質がいてもか?」

 坂東はニヤニヤとしながら言うけど、桃花も必死だ。

「あなた達はお兄ちゃんの事を知らないから!」

 桃花が言うのに、部屋の外が騒がしくなってきた。

 坂東が険しい顔になり、桃花の表情が凍る。

「お兄ちゃんが来ちゃった」

「何故、お前の兄貴がここを?」

「私の携帯、持ってますよね?」

「ああ、佐藤の野郎を呼び出すのにな」

「お兄ちゃんは、私の携帯の場所をいつもチェックしてるんです」

「!」

 部屋の入り口を守っていた連中がまとめて吹っ飛ばされる。

 それに呼応するように、部屋に詰めていたヤンキーが入り口に向かった。

「桃花ーっ!」

 叫びながら次から次へと投げ飛ばす竜児。

 やられたヤンキーが床に壁に天井に張り付いた。

「桃花っ! 桃花っ! 桃花ーっ!」

 我を見失った竜児は、ともかく手当たり次第に向かってくる連中を倒していく。

 まるでゲームみたいな「やられよう」に坂東は桃花に手を出した。

 桃花を後ろから捕まえ、ナイフをちらつかせて、

「妹がどうなっても……」

「桃花ーっ!」

 他の連中を突破して、駆けて来る竜児。

 桃花がいるにもかかわらずパンチを繰り出した。

 拳は坂東の鼻を叩き潰す。

 そして坂東と桃花は一緒になって吹き飛ばされた。

「よっと!」

 そんな二人をとりあえず抱き止めたのは憲史。

 坂東を竜児の方に押し返すと、桃花を「お姫さま抱っこ」で部屋の隅、藤華のもとへ、

「藤華ちゃん、無事?」

「先輩、どうして?」

「佐藤くんを追っかけて来たの」

 優華もやってきて、藤華の腕を縛っていた縄を解きながら、

「ともかく、アイツを止めないと!」

 優華が険しい目で見つめるのに、藤華も憲史も視線を向ける。

 竜児が面白いように連中を倒している最中だ。

 押し返した坂東……もう、取り返しのつかないくらい顔がボコボコだ。

「うわ、佐藤くん、超怒ってるね」

「超って……」

 藤華が呆然とし、そして優華に、

「ね、優華ちゃん、止められないの!」

「あれ、一応関東で一番取った男ですよ」

「優華ちゃんだってヤンキーよね、スケバンよね!」

「君子危うきに近寄らずです」

「優華ちゃん、難しい事言うわね」

 狂ったように拳を振るい続ける竜児。

 ヤンキー連中もその勢いに気付いたのか、逃げ出そうとするのが現れる。

 でも、竜児は逃がさなかった。

 追いかけ、捕まえ、フルボッコ。

 藤華はまだ「お姫さま抱っこ」されてる桃花に、

「ね、桃花ちゃん、何か止める方法はないの?」

「そ、そんなの、私も知りません!」

 逃げ惑う連中を、後ろから捕まえては叩きのめす竜児。

 もう、目が怒りで赤く光っていたりだ。

 そんな竜児の視線が、ゆっくりと藤華達の方に向いた。

 竜児の目に、憲史のお姫さま抱っこされた桃花の姿が映る。

「桃花ーっ!」

 ダッシュで迫って来る竜児に桃花はついつい憲史の首に腕を回し、しっかと抱きついてしまった。

「と……桃花……」

 さっきまでの怒りのオーラとは違う種類のオーラが渦巻きだした。

「ゴラァ、居村憲史っ!」

「え? 俺?」

「俺の桃花に何すんじゃゴラァ!」

 暗黒オーラを背負った竜児がダッシュ。

 藤華は憲史の腕から桃花を奪うと、ポンと憲史を竜児の方に突き飛ばした。

「え!」

「ゴラァ!」

 竜児の連打が憲史の体を捉え続ける。

 鈍い、骨の砕け、肉のつぶれるような音が続いた。

「先輩っ!」

 桃花が悲鳴をあげ、優華も引きつった。

 でも、藤華だけは醒めた目でシーンを見ていた。

 竜児の拳は、確かに強い。

 でも、藤華には、憲史が「へっちゃら」なのが解っていた。

「ゴラァ、憲史、死ねやっ!」

 我を見失った竜児が殴り続けるのに、憲史はただ受けていた……けれども、ゆっくりと顔を藤華達の方に向けて、

「佐藤くん、なんだかすごい怒ってるんだけど」

 桃花と優華はポカンとし、藤華は力無く笑いながら、

「いろいろあるんですよ」

「そうか~、でも、俺、負けた方がいいのかな?」

 途端に藤華は厳しい顔になって、

「ダメですよ、先輩、竜児くん負かしてください」

「だって怒ってるし、なんだかこわいし」

『この男はこわいって言って、なんだかいつもと変わんないし』

「俺、負けた方がよくない」

「いいですか、先輩、勝負する前にイツモのをやるんですよ」

「イツモの?」

「俺が勝ったら、俺の言う事を聞いてもらう~ですよ」

「俺、イツモそんな事言ってるかなぁ」

「竜児くんをバイトにしちゃうんですよ!」

「あ、それ、いいね!」

 憲史はすっかりその気になって、

「佐藤くん!」

「なんだゴラァ!」

「俺が佐藤くんをやっけたら、俺の言う事、聞いてもらうからね」

「ふざけんなっ!」

「約束だよ~」

「ブッ殺すっ!」

 竜児の連打がさらに激しさを増した。

 憲史はそれをひたすら受けながら、スッと腕を広げ、竜児に腕を回した。

「何すんだゴラァ!」

 憲史は竜児を抱き締める。

 もがく竜児。

 憲史はチラッと藤華に目をやると、藤華はにっこり微笑んで「やってしまえ」の合図。

「佐藤くん、好きだーっ!」

 憲史は叫びながら、竜児を「ギュッ」っと抱き絞めてしまった。

 一瞬はもがいた竜児も、すぐにダランとし、力を失った頭や腕が憲史が体を揺らすのと一緒になって左右にダランダランと揺れた。

 最後に憲史の抱擁が、とどめを刺すように力を増し、竜児の体が砕けるような音を出す。

 腕を解く憲史。

 床に崩れ落ちる竜児。

 桃花と優華は呆然とし、藤華は呆れ顔で、

「あの、憲史先輩……」

「なに、藤華ちゃん?」

「さっき『佐藤くん、好きだー』ってなに?」

「ああ、愛の抱擁の時はなんとなく『好きだー』を言わないと決まらないから」

 藤華はムスっとした顔で腕組し、崩れ落ちた竜児を見ながら、

「憲史先輩、あっちゃんや響ちゃん、好きですか?」

「……」

 藤華が視線を憲史に向ける。

 憲史は顔を逸らして、

「うん、俺、あっちゃんと響ちゃん、大好きだよ」

「チクってやる、二人にチクってやる」

「やめて! あっちゃん達のパンチ、死ぬほど痛いから、お願い!」



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