「人質」
藤華はまた、憲史の家で風呂を借りて、
「ねぇねぇ、お姉ちゃんはどうしてアルバイトしてるの?」
一緒にお風呂している晶子が聞いた。
「そうそう、藤華姉ちゃん、日春だよね、日春はアルバイト禁止だよ」
一緒にお風呂している響子が聞いた。
聞かれた藤華は「小テストで負けた」を言い出せずに、
「いろいろあったのよ!」
返事をした途端、
「もしかしたらお兄ちゃんの彼女?」
「おお、憲史兄ちゃんの彼女か~!」
「違うわよっっ!」
藤華、思わず晶子・響子をチョップ。
しかしそんなチョップにも二人は疑いのまなざしを向けたままだ。
晶子が、
「ふふふ、お兄ちゃん、『ギュッ』とするの上手だもんね」
「何、それ?」
「そのままだけど」
「いや、その『ギュッ』とするのって何?」
「いや、だからそのままだって」
「??」
すると響子が晶子を抱き締めて、
「憲史兄ちゃん、抱き締めるの上手だよ」
「!」
藤華は表情をこわばらせ、
「あ、それ、なんだかわかるわ」
「「でしょ」」
二人がはもって言うのに、藤華はちょっと頬染めしながら、
「うーん、この間、ちょっとあって、ね」
「「ちょっと! なに!」」
食いついてくる二人、藤華は考える顔で、
「いや、転びそうになった時に支えてもらってるだけなんだけど……」
「藤華姉ちゃん、それって漫画なんかでよくあるパターンだよ!」
「晶子も思ったよ」
二人ははもって、
「「それで好きになったんだ~」」
「違うわよ!」
「「赤くなってる~」」
「怒るわよ!」
「「てれてる! テレてる!」」
「叩くわよ!」
晶子が手をひらひらさせながら、
「お姉ちゃんは高校生なのに、とんだ甘ちゃんですね~」
「な、あっちゃん、言うわね」
「ちょーっと男に優しくされただけで、クラッとくるなんて、ダメな男にひっかかって人生棒に振るタイプだね」
「しょ、小学生に言われたくないわ!」
「お姉ちゃんっ!」
「はいっ!」
晶子は藤華の両肩をしっかとつかみ、キスでもしそうな顔の距離で、
「お姉ちゃんに伝授してあげるよ!」
「は、はいっ!」
「お兄ちゃんにギュッとされて、ときめいたとき!」
「ときめいたとき!」
晶子が藤華をギュッと抱き締め、それから腕を解いて、
「その後で、しっかりお兄ちゃんの顔を5秒見る!」
「え?」
「5秒、しっかり見る!」
「な、なんで5秒?」
響子がニコニコしながら、
「5秒も見てたら醒めるよ、うん」
「……」
藤華はレジで勉強しながら、チラッと店内の憲史と桃花に目をやった。
桃花と憲史は今、一緒になって商品を並べている最中だ。
一緒にレジを守っている優華に、
「ねぇ、優華ちゃん」
「何です、先輩」
「桃花ちゃんはどうして?」
「ああ、憲史先輩が、ヤンキーに狙われないように~って」
「そう、なんだ……」
「ここだったら、私が一緒にいればいいからですね」
「……」
藤華はちょっと考えてから、
「桃花ちゃんは竜児くんの妹なんだけど、いいの?」
「うーん、あの男は気にいりませんが、桃花は関係ないので」
「妹だよ」
「そうであっても、クラスメイトが他所の学校にカツアゲされたりレイプされるのは許せません」
「ふーん……レイプされるの!」
「たまにはひどいのもいるんですよ」
「そ、そっか~、カツアゲだけかと思った」
「先輩も気をつけてください」
「う、うん」
「あ、でも、鬼風紀だから襲うバカはいないかな」
「怒るわよ!」
藤華は優華をチョップしてから、
「私も最近襲われるのよ」
「え……本当ですか!」
「見境ないんじゃないかしら」
「いや、先輩は本当、鬼風紀で通っているので、恨みは持たれてるでしょうけど……」
「恨まれる……って、それって学校でよね……それは恨まれるかもしれないけど……」
藤華は棚で並んで作業している桃花と憲史を見ながら、
『優華ちゃん、ちょっと……いい?』
『何です? 桃花と憲史先輩一緒で不機嫌です?』
『何でそーなんのよ!』
チョップする藤華、優華はニコニコしながら、
『だって憲史先輩の奥さんだし』
『怒るわよ!』
『怒ってるし』
『で……ちょっと真面目な話なんだけど、憲史先輩の事なの』
『も、もしかして妊娠!』
『怒るわよ!』
『はいはい、何です? 本当に好きになったとか!』
『先輩の留年の理由、言ってたわよね』
『ああ、レイプしたって話ですね』
『違うのよ、私がポンポン学生証回収したのが原因なのよ』
優華は一瞬固まったものの、
『それは憲史先輩のせいですよね?』
『でも、なんだか取り上げた回数、多かったような気がするし』
藤華はため一つ、ついてから、
「私も機嫌が悪い時とか、理由なく取り上げたり叩いたりしたような気がするのよね」
優華もニコニコ顔で、
「あー、私もむしゃくしゃしたら憲史先輩に当たってますね、あの人何してもよさそうな顔してるし」
「そーよねー」
「「あははー!」」
そんな笑い声に憲史がやって来ると、
「何、楽しそうだけど」
「何でもないですよ、憲史先輩」
「どっちでもいいから、桃花ちゃんにゴミの出し方教えてくれない?」
「あ、はーい、私がやります」
藤華が言った時だった。
コンビニのドアのチャイムが鳴り、竜児が駆け込んで来た。
「あ、竜児くん、どうしたの?」
「藤華さん、桃花がっ!」
「桃花ちゃんがどうかしたの?」
「ここにいますよねっ! いますよねっ!」
「あそこにいるのは誰?」
藤華が指差すのに目をやる竜児。
桃花を見つけてダッシュすると、
「桃花っっ! 無事だったかっっ! 心配したんだぞっっ!」
棚の商品を並べていた桃花を抱き締める竜児。
「桃花ーっ!」
「お、お兄ちゃんっっ!」
「誰が桃花をここにっっ!」
今にも人を殺しそうな目になってる竜児に、藤華はニコニコ顔で、
「この人が桃花ちゃんを連れて来たのよ」
藤華は憲史を押し出し、竜児は拳を固めてプルプル震えていた。
「お兄ちゃん、やめて、ケンカはダメ!」
桃花が竜児の腕を捕まえ、ゆすった。
一方藤華と優華は引きつりながらも、
『藤華先輩、面白い事になってきましたよ!』
『私もそう思っている所よ!』
一方的に闘志を燃やす竜児。
憲史はニコニコ顔で、
「桃花ちゃん、暇だったらうちで働いてくれないかな~ってね」
「憲史先輩……日春高校はアルバイト禁止でしたよね」
「そうだね、いいよ、履歴書俺が書いておいたから、桃花ちゃんはお隣の西和大学の学生って設定にしてあるから!」
「憲史先輩っ!」
竜児が今にも殴りかかりそうなのをこらえているのに、憲史はのほほんとした顔で、
「いや、桃花ちゃん、筋がいいよ、助かるよ」
藤華と優華は緊迫する3人に背を向けて、笑いをこらえるのに肩を震わせていた。
『ね、優華ちゃん、経歴詐称じゃないー!』
『ここに入る日春の生徒、みんな憲史先輩が履歴書書いてるんですよ!』
『え、じゃあ、私も西和の大学生なの!』
『藤華先輩だけじゃないですよ、私だって西和大学の学生ですよ』
落ち着いてきたところで振り向いてみると、今まで竜児を止めていた桃花が、今度はサッと憲史の方に行って腕を絡めると、
「わ、私、憲史先輩と一緒に働いて、強くなるの、イジメなんかに負けないようにっっ!」
絡めた腕に体を摺り寄せる桃花。
憲史はあいからわず「のほほん」とし、竜児は頭から湯気を立て、額に血管を浮かび上がらせていた。
『優華ちゃん、すごい面白いわよ、修羅場よ、修羅場!』
『藤華先輩、憲史先輩の奥さんじゃないんですか? 桃花は腕絡めてますよ!』
『あげるわよ、あんなの』
一方的に怒りを顕わにしている竜児……藤華は思い出して、
『ね、優華ちゃん、桃花ちゃんを引き離してくれない?』
小声で言いながら、藤華は竜児の背後に回った。
しかし竜児は憲史に対する怒りでまるで気付かない様子だ。
優華は桃花の腕を取ると、憲史から引き離す。
藤華はニコニコ顔で、「ポン」と竜児を押した。
倒れこむ竜児を抱きとめる憲史。
「佐藤くん、大丈夫、何ボーっとしてるの?」
一瞬憲史に「ギュッ」とされた竜児は怒りが霧散していた。
「佐藤くん、大丈夫? 藤華ちゃんも何するの」
「い、いや、ちょっといたずらを」
怒りの感情が消えた竜児は視線を泳がせて戸惑ってばかり。
藤華は憲史の「ギュッ」が効いたのを確信して、今度は優華の背後に回りこんで「ポン」と押す。
優華は憲史に抱きとめられて頬染めする。
「優華ちゃん、大丈夫? ちょっと押されたくらいでモウ」
優華をしっかり立たせたところで……藤華は桃花を捕まえて、一緒になって憲史の胸に、
「ちょっ! 藤華ちゃん、さっきから何ふざけてるの?」
憲史は一緒になって飛び込んで来た藤華と桃花を一緒に「ギュッ」。
桃花は耳まで真っ赤になったが、藤華はすぐに、
『ここで5秒っ!』
キスでもしそうな距離にある憲史の顔を「ジッ」っと見つめる。
一瞬は抱きとめられて「ドキドキ」した胸も、どんどん「醒めて」いった。
『あー、なんだろ、本当、醒めるわ、ないわー!』
「藤華ちゃん、ふざけてないで、ゴミ出しやってよ」
「あ、はいはい、桃花ちゃんにゴミの出し方教えればいいんですよね」
「たのんだよ~」
藤華はまだ頬染めしたままの桃花の手を引いて、レジのゴミ箱を持って表に出た。
ちょうど駐車場に車が入ってきて停まる。
二人はそんな車の前を通って、コンビニの裏へと向かった。
「桃花ちゃん、まだ顔赤いよ~、憲史先輩の事好きとか~」
藤華が冷やかして言うと、桃花は頭から湯気を立ててさらに赤くなった。
「ま、憲史先輩、優しいけどね~」
言いながらも、藤華は、
『でも、あの顔はないわ、醒めるわ、あっちゃん達に教えてもらってよかったわ』
「私、アルバイト頑張ります、そしたら、なんだか今までと変われる気がします」
「イジメにあってた事?」
「はい……」
「残念、君らは今からイジメられまーす」
冷たい口調に藤華達の背筋に緊張が走る。
「とりあえず、静かにしてもらおうかな?」
桃花が背後から抱き締められ、引きつった顔の前にナイフがちらついた。
「おっと、鉛筆削るようなナイフだけど、可愛い顔をズタズタにするくらいはできるからな」
桃花は口元を押さえられ、すぐにぐったりしてしまった。
藤華は手近にあったモップを握ったまではよかったが、
「鬼風紀の藤華ちゃん、言ってる意味、解らないかな?」
「ひ、卑怯者っ!」
「この娘がどうなってもいいのかな?」
男がニヤニヤしながら言う。
藤華は唇を震わせながら、モップを手放した。