「狙われている理由」
予備校に向かう藤華の前に、ヤンキー3人組みが立ち塞がった。
「ようよう、ちょっと金を貸してくれないかよ~」
「嫌」
藤華はゲーム画面を勝手に3人に当てはめていた。
スライムが3匹現れた風なイメージ。
下に表示される表示も「ヤンキー3匹現れた」みたいな感じだ。
藤華は自転車の笠立てに収まっている竹刀に目をやりながら、
『そろそろ登場してくれる頃よね』
なんて思いながら、チラチラ周囲を見回した。
「おら、ちょっと来いや!」
手首をつかまれて一瞬はびっくりしたものの、まだ冷静な藤華。
と、視界にチラッと竜児の姿が見えた。
『そろそろ声を上げる頃よね』
一度深呼吸。
「助けてー!」
声は大きめ、でも棒読み風に声を上げた。
「藤華さん、大丈夫ですかっ!」
竜児がダッシュでやって来ると、電光石火3人をやっつけてくれる。
「覚えてろーっ!」
おなじみな捨て台詞で去っていく3人。
ゲームならファンファーレ鳴って経験値とかゴールドが入るところだ。
3人を倒して肩で息をする竜児は、藤華をチラッと見て、
「あの、藤華さん……」
「何? 竜児くん?」
「今の連中くらいなら、やっつけられましたよね」
竜児の言う通りだ。
藤華は微笑みながら、
「竜児くん、ありがとう!」
「倒せましたよね?」
「竜児くん、ありがとう! 大好き! 漢らしい!」
「大好き」の辺りで、先日憲史が晶子・響子を抱き「絞めた」時の憲史を何故か思い浮かべていた。
「大好き」とりあえずこう言っていれば、何でも許される気がした。
「た・お・せ・ま・し・た・よ・ね?」
こわい目をしてみせる竜児に、あいかわらず張り付いたような笑顔で藤華は、
『ね、竜児くん』
『な、何なんですか、小声で』
竜児がやって来た後、遅れて来た桃花をチラ見しながら藤華は、
『花を持たせてやったんじゃない!』
『は?』
『今の竜児くんは、私を助けてくれたヒーロー!』
『……』
『妹さんは、どう思うかしら』
『藤華さん、感謝しておきます』
『そうよ、私も助けてもらって感謝してるわ』
昼食時間も終わり際、人の少なくなった学食のテーブルで藤華は向かいに座っている優華に、
「ね、優華ちゃん」
「何です、先輩」
「昨日、そんな事があったのよ」
「そんな事って……はしょりすぎですよ」
「いや、スライム3匹現れて」
「は?」
「いや、ヤンキー3匹現れてカツアゲされそうになったのよ」
「そのヤンキー3匹はモノを知らないですね、藤華先輩襲うなんて」
「え? なんで? 私、女の子で『か弱い』から襲われるんじゃないの?」
「か弱いって……藤華先輩は日春高校の風紀委員で結構名も知れてるんですよ」
「え! そうなの! まるでヤンキーみたいで嫌なんだけど」
「いつも校門でヤンキーしばいている竹刀の使い手……って設定ですよ」
「うわ、ゲームに登場するちょっとしたボス風?」
「そんな……あれ?」
優華が首を傾げながら、
でも、すぐに厳しい目に戻ると、
「先輩、忠告しなかったけど……最近襲われる事って多くないですか?」
「うーん、そうね、多いような気がする」
藤華は答えてすぐに、
「でも、ほら、新聞でも親父狩りやカツアゲは見た事あるし」
「それは確かに親父狩りやカツアゲは増えてるかもしれません」
「で?」
「藤華先輩を襲うような無知なのは、素人ヤンキーくらいって事ですよ」
言いながら優華はスマホを出して操作、画面を藤華に見せてくれる。
そこには駅の改札を通っている藤華の写真が写っていた。
「この写真が出回ってるんですよ、日春の鬼風紀って」
「鬼風紀ってすごい嫌なんだけど」
「え! 正しいでしょ、鬼風紀」
「優華ちゃん、今、手帳回収してもいいんだけど」
藤華がむくれるのに、優華は呆れた顔をしながら、
「ともかく藤華先輩を襲うヤンキーなんていない筈なんです」
「むう、鬼風紀って……しょうがないじゃない、仕事なんだし」
「竹刀でしばくかなぁ、容赦なく」
「塚本先輩からそういう風に教わったのよ」
「でも、先輩、最近襲われる事が多くなった? です?」
「そうねぇ……」
よくよく思い返してみる藤華だったが、思い当たる事が結構あった。
「うん、最近カツアゲされるとか、よくある気がする」
「……なんとも思わなかったんです?」
「うーん」
優華が本気で怒った顔をして言ってくるのに、藤華はちょっと引きながら、
「そ、そんなに怒らなくても……みんなカツアゲされてるんじゃないの? ほら、漫画なんかに影響されて」
「どうしてそんな漫画みたいって……」
「新聞でも親父狩りとかカツアゲとかあったから、ね」
優華は向かいの席から隣の席に移ってきて、
『先輩、用心してください』
『は? 何? 小声で?』
『先輩が襲われる理由があるとすると、恨みを買ってです』
『うわ、それなら鬼風紀の私は学校歩けないわ』
『真面目な話をしてるんです、学校で襲われますか?』
『ない……わね』
優華はため息をつきながら、
「先輩はそんなに恨まれてませんよ、日春はそこまで根に持つヤツはいないです」
「よかった~、階段でイチイチ後ろを確認しないといけなかったらって思ったわ」
でも、優華の不機嫌な顔は続いていた。
『これはどーゆー事です?』
差し出されるスマホの画面には藤華と竜児の姿が映っていた。
「予備校で一緒の講義だし」
「この写真、出回ってるみたいですよ、佐藤(竜児)の女って」
「ブッ!」
「私だって先輩が二股かけるなんて思ってなかったですよ」
「私、二股なんてかけてないよ、誰と誰!」
「憲史先輩と佐藤」
「何故憲史先輩!」
「学校でも言われてるでしょ、憲史先輩の奥さんって」
「嫌ーっ!」
「先日もヤンキー3人が佐藤にやられたのは、もうヤンキーやらガラの悪いのでは流れてますよ」
「あ、竜児くんに助けてもらったわ」
「大体下の名前で呼ぶなんてどうなってるんです?」
「だって妹さんとも話すから、佐藤だとどっちがどっちだか」
「どこまで佐藤と仲がいいんです、アレは関東から来た刺客ですよ」
「それって本当? まぁ、竜児くんもレジェンドレジェンドってバカだけど」
「やっぱり佐藤は憲史先輩を狙ってるんですね」
優華が真剣な眼差しで、
「ふふ、憲史先輩やられる訳ないよ、竜児くんには倒せないって」
「せ、藤華先輩……まさか本当に憲史先輩の奥さん?」
「怒るわよ……ね、優華ちゃんは憲史先輩を倒そうって挑戦した事はないの?」
「!」
「挑戦、したことあるよね、憲史先輩体育館裏に呼び出して決闘みたいな」
「せ、先輩、知ってるんですか?」
「あ、やった事あるんだ、そっか、そうよね、先輩弱そうだもんね」
笑顔で言って、でも、最後に真顔で、
「優華ちゃん、負けなかったまでも、倒せなかったよね」
「う……わかります?」
「負けたから、アルバイトさせられてるのよね」
「その通りです」
「なら、憲史先輩の強さはわかるよね」
「……そう、ですね」
憲史はなんとなく博多駅の本屋さんに足が向かっていた。
チラッと腕時計を確認する。
本屋の雑誌コーナーに桃花の姿が見えた。
「ねぇ、桃花ちゃん」
「あ、憲史先輩、どうも」
「ごはん食べたの?」
「いえ……ご一緒します?」
「そうだね、ご一緒しますか」
「わーい」
桃花は憲史の腕に腕を絡めて、さらにしっかりしがみついた。
憲史は周囲を見回しながら、
「あのさ、ごはん、いつもの所でいい?」
「はい、先輩の行く所ならどこでも」
憲史は桃花を連れて「関係者以外立ち入り禁止」のドアへ。
職員休憩室に入ると、憲史は置いてあった弁当を桃花の前に出しながら、
「ねぇ、桃花ちゃん、いつもここに食事に誘ってるの、何でかわかる?」
「さぁ?」
桃花はキョトンとした顔で憲史を見つめて、
「先輩のお仕事の休憩所ですよね」
「うん、そうだね、で、相談あるんだけど」
憲史はもう一つの弁当を桃花の横に押しやった。
隣に置かれた弁当に桃花が首を傾げていると、ドアが再び開かれた。
入って来たのは優華だった。
「ハロー、桃花~」
「優華さん……」
桃花の隣に座る優華、憲史は向かいの席で弁当を開けながら、
「優華ちゃんと桃花ちゃんは同じクラスな」
憲史の言葉に桃花はコクリと頷いた。
「俺、仕事でここに来る時、桃花ちゃんを見かけたから、なんとなく気になってたんだ」
「憲史先輩……」
「イジメを受けて、九州に来たんだよね」
途端に桃花の瞳孔が激しく動いた。
「でも、こっちに来ても、あんまりかわってないみたいだよ」
「え……でも、イジメとか、日春高校じゃ……」
優華が弁当を食べながら、
「そりゃ、学校じゃぁ……ね」
「そう言えば、なんで優華さんが?」
「俺が呼んだの、クラス一緒だし、学校じゃ一緒してるみたいだし」
「憲史先輩が……」
桃花がポツリと言うのも聞かずに憲史は弁当を食べながら、
「桃花ちゃん、佐藤くんが狙われてるの、わかる?」
「お兄ちゃんが……」
「佐藤くん、関東で何かあったの?」
「お兄ちゃん……」
しばらく桃花は口ごもっていたけど、
「私がイジメにあうから、お兄ちゃんがやっつけてくれてたんです」
憲史は頷きながら、
「でもって、逃げて来たわけだ、うんうん」
「はい……でも、お兄ちゃんはあんなだから、私がイジメられなくても争いが絶えなくて」
「みたいだね」
憲史はコクコク頷きながら、
「俺、最近見てて思ったんだけど、桃花ちゃん人質に狙われてるよ」
「!」
桃花の表情がこわばり、優華は憲史をにらんだ。
そんな視線に憲史は優華を手招きすると、
『何で俺をにらむの!』
『い、いや、憲史先輩も案外鋭いな~って』
『俺もいろいろあるんだよ……って、優華ちゃんも俺を「襲った」よね』
『「襲った」って……私、恥女みたいじゃないですか!』
『え? 何で恥女なの? 俺を「襲った」ら?』
『憲史先輩「襲った」ら……「襲った」らってどーゆー意味か解ってます?』
『だって体育館裏に呼び出して決闘させられたじゃん』
『ちゃんと解ってるならいいですよ、そう、そっちの「襲う」です』
『他にどんな「襲う」があるんだよ』
『男の人が女の子を「襲う」ってあるじゃないですか』
憲史はコクコク頷きながら、
「え! 俺、優華ちゃんに襲われるの! 変な事されるの!」
「ブッ!」
「優華ちゃん、こわい!」
憲史がビクビクするのに優華はチョップしながら、
「何で私が憲史先輩に変な事しないといけないんですか!」
「だって恥女の辺りはそんな話かと……恥女ってそんなキャラなんだ」
「キャラ……女が男を襲ったら……恥女かも……」
「ほら、そーゆー意味じゃん」
優華は憲史をじっと見つめ、それから青い顔になって、
「憲史先輩襲ったら、それは恥女というかゲテモノ趣味です」
「俺、すごいひどい事、言われてるんだよね、きっと」
チョップを続ける優華を押し退けながら、憲史は桃花を見て、
「いつもここに誘ってゴハン一緒してた理由、わかる?」
「私が……襲われない為?」
「うん、そう、家にいたらって思ったけど、どうして?」
「お兄ちゃん、一緒に行こうっていつも言うし、前の学校でもそうしてもらってたから」
「守ってくれてたんだ……」
憲史はポツリと言ってから、しかし眉をひそめて、
「でも、何でそんな妹をほったらかして、予備校に行くのかな? 3時間くらいあるよ、講義」
言葉を漏らしてから、憲史は表情をこわばらせた。
「桃花ちゃんって大人しい娘って思ってたけどさ……」
「はい?」
「佐藤くんをポカポカ叩いたりしない?」
「私、叩いたりしません」
「ゴハン作ってる佐藤くんにまとわりついたりしない?」
「ゴハンは私が作る事が多いですけど」
「テレビのチャンネル権、独り占めしてない?」
「それは……でも、兄はテレビほとんど見ません」
憲史のバカな質問に優華があきれた顔になって、
「先輩、気でも狂いましたか?」
「優華ちゃんも俺の家の風呂を借りるじゃん」
「ええ、ですね」
「俺、あっちゃんや響ちゃんにいつもやられてるもん」
「はあ」
「二人、誰かもらってくれないかな、俺、一人がいいし」
「あー、あっちゃん、響ちゃんですね、ですね、憲史先輩いつもやられてますもんね」
「捨てられるものなら捨てたいよ」
しんみりと語る憲史に、優華も桃花もあきれた視線を向けていた。
「ともかく桃花ちゃんは俺の店でアルバイトして」
「えっ! いきなり! 私、アルバイトなんてした事ないです!」
「いいから、いいから、優華ちゃんも藤華ちゃんもいるから、桃花ちゃんでも出来るって」
「はぁ」
「そしたら、佐藤くんヌキでも、いつも誰か守ってくれるから」
憲史が優華に視線をやると、優華は小さく頷いた。
優華は憲史の耳元にやってくると、
『先輩、うまいことやりましたね』
『桃花ちゃん守るの、いい手だよね』
『バイト、一人増えましたよ』
『あ、やっぱりわかっちゃう?』
小声で話す二人をよそに、桃花は不安そうな顔で、
「私、アルバイトなんてやった事ないから……できるかな?」