「憲史先輩ラブ」
今日も憲史の家で風呂を借りた藤華。
最初は「のぞき」を気にしたりしたけれども、憲史はいつも「夕飯作り」で忙しいのだ。
今日も藤華が風呂から出てきてみると、
「お兄ちゃん、肉、肉!」
「たくさんお肉! たくさんお肉!」
晶子と響子が風呂上りの濡れた体を憲史に押し付けながらピョンピョン跳ねている。
「えー、肉なんてないでーす」
憲史が言うのに、途端に晶子・響子に暗黒オーラが渦巻く。
「何! お兄ちゃん! 肉ないのっ!」
「何でお肉買って来ないの憲史兄ちゃんっ!」
二人が憲史をサンドバックにする……憲史の体から肉がつぶれるような音。
そしてたまに硬い何かが砕けるような音がした。
「まったく役に立たないんだからーっ!」
「ホントだよ、あたし、がっかりだよっ!」
小学生二人のパンチは、まるで漫画やアニメみたいに破壊力がある……ように見えた。
包丁の音をさせながら、憲史が一瞬、藤華に目をくれる。
その意味を察して、藤華は晶子と響子を捕まえ、憲史から引き離した。
「ちょっ! お姉ちゃん何邪魔するの!」
「そうだよ、藤華姉ちゃんはどっちの味方なの!」
「まぁまぁ、ちょっとちょっと、ジュースおごってあげるわよ」
「「やったー!」」
『この娘らは、すぐモノにつられるわね』
コンビニでジュースを買って、3人は公園へ。
藤華はベンチに腰かけてから、
「二人とも、ちょっとは先輩優しくしたら?」
「えー! やさしくしてるよー!」
晶子がニコニコしながら言い、ジュースを口にする。
藤華が苦々しい表情で響子に視線を移した。
「でも、二人とも、本当に強いわね~」
ジュースを飲んでいた晶子がちょっと吹き出し、響子の視線が泳いだ。
「あんなに漫画みたいなパンチ、見た事ないわよ」
「「……」」
「カンフー映画みたいにバフバフいうし」
「「……」」
藤華が言うのに、二人は冷や汗ダクダクになっていた。
「どうしてそんなに強いの?」
「え、えっとー!」
晶子が困った顔をし、響子が答えた。
「藤華姉ちゃん、この間、あたし達がやられるの、見たよね」
「!」
「憲史兄ちゃんは、あたし達を『ギュッ』として殺しちゃうんだよ」
「それは確かに見たんだけど」
「あれに対抗するには、あたし達も強くならないといけなかったんだよ」
晶子も即同調して、
「そうそう、それ! それ!」
「そんなものかなぁ~」
藤華が言いながら缶ジュースを口にやるのに、
「何、お姉ちゃんはお兄ちゃんの味方なの?」
「藤華姉ちゃん、お兄ちゃんの方なの?」
途端に晶子・響子が暗黒オーラを背負って拳を固めるのに、藤華は引きつって、
「い、いや、二人のパンチを食らってたら、死ぬんじゃないかってね」
藤華が言うのに晶子と響子は愛想笑いしていると、
「ね、二人とも、ちょっとなにかやってみてよ!」
「え? 何、どうしろと?」
晶子が言うのに、藤華は考える顔で、
「そうね、ほら、空手なんかで瓦割りとかするじゃない」
「「あー!」」
晶子と響子がはもって言いいながらも、それっきり行動はない。
二人がニコニコしているだけなのに、藤華はまた考えてから、
「あっちゃんも響ちゃんも、アイスとか食べたくない」
「「アイス!」」
「ほら、コンビニにあるよね、あの、大きいの」
「「大きいの! アイス!」」
「そうそう、大きいアイス、おごってあげるわよ」
途端に響子が、
「レンガとか割ればいい?」
響子は言いながら、公園の花壇のレンガに手をつけた。
「!」
響子は何事もなかったかのように、レンガの一つを「取り上げた」。
藤華はびっくりして目を大きく見開いていたが、響子はまったく力を込めている様子はなかった。
そして響子はニコニコしながら、
「レンガ割りま~す」
言って、両手でチョコでも割るようにレンガを割ってしまった。
「うわ、すご、簡単に割っちゃうんだ」
「えへへ、あたし、空手習ってるもん」
「今の、空手全然関係なかったわよ、こう、バキッって感じで折っただけよね」
「えへへ、そう見える?」
響子は手にしている割ったレンガを晶子に手渡す。
晶子は晶子で受け取ったものの、ポカンとしていると、響子が「ぎゅっ」っとする仕草をするのに頷くと、
「晶子もやりまーす」
言ってから、二つになっていたレンガを一つに合わせて「ぎゅっ」っとする。
するとレンガは元のように、一つになってしまった。
「はい、合体!」
「す、すご……まるで『ねんど』ね」
藤華は晶子の手からレンガを受け取ると、合体した所を指ねなぞりながら、
『響ちゃんが何事もなかったかのように花壇からむしり取ったり、折っちゃったのもびっくりだけど……』
レンガから晶子に視線をやる藤華。
『どんだけ力あったらレンガ合体するのよ……』
藤華がレンガを返すと、晶子は何事もなかったかのようにそれを花壇に戻した。
「でも、二人とも、憲史先輩を優しくしないと……」
「……」
「先輩さすがに死ぬわよ、こんだけの力だと」
二人が返事に困っていると、急に晶子の顔が明るくなった。
ニヤニヤしながら晶子が、
「もしかしてお姉ちゃん、お兄ちゃんを好きとか?」
「ひゃー! ラブラブとか?」
晶子が、
「お兄ちゃんが女の人連れてきたから、最初びっくりしたんだよ」
「あたしも~、そっか、憲史兄ちゃんの女なのか~」
「違うわよ!」
「「本当~?」」
さっきまでの殺気ムンムンな雰囲気から、今は野次馬丸出し状態だ。
「「本当~?」」
二人がニヤニヤしながら言うのに、藤華は圧倒されながら、
「いや、違うから!」
「「えー!」」
もう、「恋ばな」に持って行きたいモードの二人に、藤華は呆れ顔で目を逸らしていた。
バイトの時間、客もいないので一緒に入っている優華と商品を補充しながら、
「二人にそんな感じで迫られたのよ~」
藤華が言うのに、優華も頷きながら、
「ともかく先輩は憲史先輩の女って噂なんですよ」
「それ、嫌なのよね~」
「ほら、先輩の苗字『奥』ですよね」
「うん」
「だから噂は『憲史先輩の奥さん』なんですよ」
「それって小学校の頃になにかと言われた、だから『奥さん』って言わせないの」
「もで、奥さんですよね」
「嫌って言ってるよね」
一度は否定する藤華だったけれども、
「でも、この間ね……」
「?」
「予備校終わってここに来た時に……お腹が鳴ったのよ」
「はぁ?」
「先輩、お弁当くれたの、おいしかったな」
藤華が「ほっこり」した顔で言うのに、優華は急に険しい顔になって、
「あの、先輩、貰った弁当は『捨て弁』ですよね」
「そうなんだけどね」
「安い女ですね、捨て弁で惚れるなんて……」
「うう……でも、憲史先輩、やさしいんだよ」
「まぁ、そうですね、憲史先輩、案外やさし……」
そこまで言ってから、優華は首をブンブン横に振ると、
「いやいや、先輩、違うでしょ、憲史先輩になんでバイトさせられてると思ってるんですか!」
「あ……そう言われると、そうだね……」
「憲史先輩は外道で卑怯なんですよ、実は!」
「むう、確かに……」
藤華は一瞬は頷いたものの、憲史に抱きとめられたのを思い出して、
『あれってなんだったのかな?』
思っていると、憲史がダンボールを持って店に入ってきた。
「おつかれー」
「「おつかれさまでーす」」
憲史はダンボールをレジに置いてから二人の方にやって来ると、
「まじめにやってるね~」
補充している二人の後ろに立つ憲史。
その時、藤華の目が光り、優華の体を「チョン」と押した。
「お!」
短い悲鳴の優華。
憲史の方に倒れる優華を、憲史がサッと抱きとめた。
「おお! 大丈夫?」
憲史は優華を立たせるとニコニコ。
優華は微妙な顔をしていたが、最後には藤華の方をにらみつける。
「怪我とかしないでよ~、大した仕事じゃないんだからさ~」
行ってしまう憲史、優華は藤華に小声で噛み付いた。
『何すんですかっ!』
『いや、ちょっと実験を』
『実験?』
『今、ちょっとときめかなかった? ドキッとしなかった?』
藤華が言うのに、優華は神妙な顔をして、
「い、いや、先輩、先輩の言う通り、ドキッとしました」
「そうなんだ……そうなんだ……」
「それがどうしたって言うんです?」
優華は不思議そうな顔で藤華の顔を見つめた。
「ただいま」
アルバイトが終わって家に帰ると、母がまだ起きていた。
藤華はテーブルに着きながら、
「お母さん、遅くまで起きてる、どうしたの?」
「藤華だって午前様じゃない」
「う……」
藤華はすまなさそうな顔で母を見ながら、小さくなる。
母が出してくれるお茶漬けに、藤華は手を合わせながら、
「で、ちょっと質問なんだけど」
「うん? 何?」
「どうしてお父さんと結婚したの?」
「その話、この間しなかったっけ?」
「確信部分は……具体的にどうしたんだろうって」
「うーん、なんとなく誘われてデートして、なんとなくね」
母が頬染めしながら言うのに、藤華は眉をひそめながら、
「えっと、お母さん、全然具体的じゃないんだけど」
「だからデートとかしたのよ、それだけよ」
「えっと、少女マンガみたいな感じでいいの?」
「うん、その通り」
母の返事に藤華は視線を泳がせ、考える顔になった。
「失礼な事、聞いていい?」
「えっと、初めてのエッチとか聞かなければ」
「ブッ!」
「違うの?」
「聞いていいの? そんな事?」
「恥ずかしいじゃない」
「うーん、お父さんと結婚する決定打は何? 男らしいとか、そんなの」
母が真面目な顔になって考え込む。
「男らしい……告白されてときめいた……で、いいと思う」
「そうなんだ」
藤華は父の姿を思い浮かべ「男らしい」はどの辺なのか考えた……イマイチわからなかったり。
「でもね、藤華」
「な、何、お母さん!」
「人は見た目が●割なのよっ!」
「な、何をいきなり言い出すの!」
「だから、人は見た目なの」
「お、お母さん、どうしたの、いきなり」
「お母さんは、押しに押されて折れちゃったけど……」
「別に……それはそれでよくない?」
「バカ! 藤華! 話を聞いてないの!」
「い、いや……見た目って事だよね」
「そうよ、そうなのよ!」
グイグイくる母に藤華は引きまくりだ。
「いい、藤華、あんたに迫ってくる男がいたとして」
「はぁ……」
「優しいだけの男はダメよ! いい、男は見た目! ルックスなんだから!」
『うわ、お母さん、こわいよ』
母の話が長引きそう……感じた藤華は立つと、
「ごめん、お母さん、もうお風呂入って寝るわ」
言うが早いか席を立つと、風呂場へと向かった。
藤華が朝、校門を守っていると、憲史がいつものように自転車乗車のまま通過しようとして捕まった。
「先輩、校門じゃ自転車降りてって言ってますよね!」
「むう、そろそろ俺はお目こぼししてもって思わない?」
「思いません」
「せっかくアルバイト入れてあげたのに」
「やりたくてやってるんじゃないんです!」
藤華は言ってから、
『むう、小テストで負けたんだよな~』
思って渋い顔になっていた。
藤華が手を差し出して生徒手帳を要求するのに憲史も差し出しながら、
「藤華ちゃん、厳しすぎるよ~」
「自転車降りるだけですよね」
そんな藤華の目に、竜児と桃花がやって来るのが見えた。
桃花が微笑んで、
「おはようございます、藤華さん、憲史先輩」
「「おはよう」」
藤華と憲史がはもってこたえる。
竜児はというと、微笑んだのは一瞬で、すぐに険しい目で憲史を見ながら、
「おはようございます」
言うと、その厳しい視線は妹・桃花に向けられた。
桃花……憲史をじっと見つめている。
「ほら、桃花、行くぞ」
「あ、お兄ちゃん、うん」
竜児に手を引かれて行ってしまう桃花。
でも、そんな竜児の手をふりほどいて桃花は憲史の前に戻って来ると、
「あの、憲史先輩」
「何? 桃花ちゃん」
「今日も本屋さんで会えますか?」
「そうだね、今日も博多駅、配達行くよ」
「えへへ、また一緒に立ち読みしましょうね」
「了解~」
でも、そんな会話を遮るように竜児がやって来て、桃花の手を引いて行ってしまう。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「バカ、憲史先輩が藤華さんと話してるの邪魔しちゃダメだろ」
「う、うん……」
行ってしまう竜児と桃花、一瞬竜児が憲史を睨むのが藤華にもわかった。
予備校帰りにいつものように捕まった藤華は、またいつものように憲史の家で風呂を借りていた。
風呂上り、藤華はテーブルで麦茶を飲みながら、憲史と晶子・響子のやりとりをぼんやりと眺めてニヤニヤ。
「お兄ちゃん、肉! にく! ニク!」
「憲史兄ちゃん、野菜はいいから!」
さっきまで一緒に風呂に入っていた晶子・響子が裸で憲史にまとわりついている。
憲史の背中が中央で、その両サイドに裸の晶子・響子。
藤華はそんな裸娘のお尻を見てニヤニヤがとまらない。
と、憲史が抑揚のない声で、
「お肉ないです、野菜増し増し」
「「えー!」」
憲史の言葉に二人がブーたれる。
またいつものように憲史をサンドバックにする晶子・響子。
しばらくは二人の攻撃に耐えていた憲史だったが、パンチの音が重くなるにしたがって、包丁のリズムが遅くなり……そして止まった。
「あっちゃん、響ちゃん、好きだーっ!」
叫び、二人を抱き「絞める」憲史。
晶子も響子も最初は抵抗したが、すぐに糸の切れた人形みたいに「ダラン」としてしまう。
憲史は抱き「絞めた」二人をポイと床に放ると、
「藤華ちゃん!」
「はい、何です、憲史先輩」
「見てたなら、止めてよね」
「えー! 家庭の事情ですよね」
「あっちゃんも響ちゃんも俺の妹じゃないし」
「妹みたいなもんですよね」
「みたいな……うん、でも他人だよ」
憲史は調理に戻ると、
「二人にパジャマ着せといてよ、俺、野菜炒め、まだ作らないといけないし」
憲史の足元に転がっている晶子と響子。
藤華はそんな二人の体を拭き、パジャマを着せながら、ふと竜児の顔を思い浮かべていた。
死んだ晶子の腕をパジャマに通しながら、
『竜児くんはシスコン……』
料理をしている憲史の背中を見て、
『憲史先輩はシスコンなのかな? 違うよね?』
死んだ晶子の顔を見て、
『でもでも、憲史先輩もあっちゃん・響ちゃんと仲いいよね』
思った時だった。
憲史が振り向き、藤華を見て一言。
「ね、藤華ちゃん、あっちゃんと響ちゃん、お持ち帰りとかしたくない?」
『仲、いいんだよね、きっと、仲、すごいいいよね?』
「藤華ちゃんが二人をお持ち帰りしてくれると、俺、すごい平和」
『仲、いい……んだよね? ね?』
藤華は死んだ晶子と響子を見ながら、
『持ち帰りしたいかも……』
なんて思っていた。