「彼との再会」
藤華はパンをかじりながら、斜め向かいに座っている父に目をやった。
父の読んでいる新聞には「またも親父狩り」の文字。
最近藤華の利用している雑所駅の近所のようだ。
テレビもさっきから、地元ニュースになってこの話題に触れている。
「あなた、用心してくださいよ」
母がマグカップを父に前に置きながら言う。
そして藤華の前にも置きながら、
「藤華も予備校の帰り道でしょ、気を付けなさいよ」
「うん……」
返事をしながら顔を上げる。
と、母はニコニコしながら、
「でも、藤華は心配ないかしら?」
母の視線がちらっと動く。その先には藤華の鞄と竹刀があった。
「お母さん、わたし、予備校に行く時は竹刀持ってないんだけど」
「あら、そうなの、得物あったら誰も襲って来ないかと」
「そうかな?」
「そうじゃないの~」
母はニコニコ顔でキッチンの方に行ってしまった。
父が新聞をめくりながら、
「藤華、用心しなさい、なんなら予備校帰りに私に電話しなさい」
「むう、お父さんとデートか、ごはんとか奢ってくれるの?」
「バカ者、真面目に言っているんだ」
「はいはい」
母は藤華の向かいに座りながら、
「藤華ちゃん、今日はずいぶんゆっくりなのね?」
「うん、新学期だしね」
「新学期だと、ゆっくりでいいの?」
「私、今年3年でしょ、だから風紀委員もなんでも、後輩がメインなの」
「じゃぁ、今年から朝の校門に立たなくてよくなったの?」
「やる事ないから行くとは思うけど、受験前になったら後輩任せになると思う」
「ふうん」
藤華はパンをたいらげ、サラダも口に押し込んでコーヒーを飲み込むと、
「じゃ、行ってくる」
「はーい、行ってらっしゃい」
藤華は席を立ち、出て行こうとする。
ちらっと父に目をやったが、まだ新聞を見ながら食事中だ。
『今日は父さん遅いんだ』
そんな事を思いながら踵を返す。
テレビの音が耳に入ってくる。
親父狩りのニュース……父が襲われないか、心配になった。
後輩達に遅れて校門に立った藤華。
「風紀委員」の腕章と竹刀で武装して日春高校の北門で服装検査だ。
日春高校は、この辺では中くらいの進学率の公立高校。
でも、どういったわけか、ヤンキーさんが多くて風紀委員は退屈しない。
目の前を、ボタンを外した男子が通る。
「ちょっと、ボタン、ちゃんとする」
「……」
目と目が一瞬火花を散らす。
でも、もう風紀委員をして1年。こんな事も慣れてしまった。
「ボタン、ちゃんとしないさ……」
「……」
藤華は言いながら、校門を通ろうとする他の生徒にも目を配る。
止めた男子がボタンを掛けて、
「おはようっす」
「おはようございます……できればいつもボタンしてもらえると嬉しいわ」
男子は一瞬舌打して、行ってしまった。
刹那、自転車のペダルを漕ぐ音がして、藤華の横を通り過ぎようとする。
藤華は腕を振るうと、迷うことなく自転車前輪に竹刀を突き立てた。
前輪ロックで漫画みたいに前転する自転車。
乗っていた男子も吹っ飛んで、地面に転がった。
校門が騒然となるもの一瞬。
すぐに平静を取り戻した。
藤華は転がっている男子生徒の前に仁王立ちすると、
「校門を通る時は自転車を降りて挨拶っ!」
「えー」
モソモソと起き上がる男子。
そして藤華はそんな男子の襟首をつかまえて、
「先輩、何度言ったら解るんですか、朝の校門通過は乗ったまま厳禁だって」
「俺、藤華ちゃんがいない時はいつも降りないけど」
「バカーっ!」
藤華は先輩……居村憲史を竹刀でコツコツ叩きながら、
「先輩は他の人と違って、言っても言っても解りませんねっ!」
「だって面倒じゃん」
「バカーっ!」
藤華はそんな憲史の制服のボタンを外すと、内ポケットに手を突っ込んで生徒手帳を奪った。
「警告ですっ! 後で職員室まで取りに来てくださいっ!」
「はーい」
憲史は言いながら自転車にまたがった。
目の細い憲史……藤華の方をじっと見つめて、それから校門を見て、
「もう、校門通ったから乗っていいよね」
「さっさと行ってください、邪魔です」
「はーい」
自転車を漕ぎながら行ってしまう憲史の背中。
後輩の風紀委員が集って来て、
「あの、藤華さん」
「何?」
「今の人、居村さんですよね」
「そうよ、あの人はいつもイツモ、校門で自転車降りないし……」
後輩は藤華の隣で一緒になって憲史を見送りながら、
「居村さん、なんでいるんでしょう?」
「え……」
「居村先輩は、藤華さんのいっこ上ですよね」
「うん」
「藤華さん、3年ですよね」
「……」
「居村さん、何でいるんでしょうね?」
「そ、それもそうね……」
でも、すぐに解決した。
後輩の一人が、
「居村先輩、ぽやんとしているから、卒業したの忘れて登校したんですよ」
「あるある~」
みんな笑顔ではもった。
朝の職員室。
もうすぐ朝礼という時に、藤華は校門で取り上げた生徒手帳を持って佐々木のもとを訪れていた。
「おはようございます」
「おお、藤華ちゃん、おはよう」
「先生、今日の分です」
「うん、ありがとう……しかし新学期早々捕まったの多いね」
「新学期だから……かもしれませんよ」
「まぁ、うちはガラの悪いの、多いからね」
佐々木は藤華から受け取った生徒手帳を机に並べながら、
「あ、そうそう、藤華ちゃんは今年のクラス、どこか知ってる?」
その言葉を聞いて藤華はちょっと表情をこわばらせて、
「一応理系の進学クラス……」
「まだ、クラス編成見てないんだね」
「先生……まさか……」
「その『まさか』なんだよ」
「!!」
佐々木は一冊のファイルを取り出すと、ぱらぱらめくりながら、
「藤華ちゃん、数学のテスト、覚えてる?」
「自信あったんだけど……」
「うん、一人だけ満点」
「満点なのになんで?」
「コレ……」
佐々木が見せてくれた答案用紙。
藤華の筆跡で書かれている。
下から上へ、そして点数を確認してから……気付いた。
「藤華ちゃん、名前書いてないから0点」
「うえ……」
「当然のように、理系普通クラス」
藤華は進学コースにもれたのに、表情がこわばった。
「まぁ、普通クラスでもちゃんと大学行けるから、大丈夫だよ」
「先生、なんとかなりませんか?」
「ならんね、予備校で頑張って」
「あうう~」
佐々木はニコニコしながら、
「ほら、ドベから全員ごぼうぬきして、主席で卒業とか格好いいだろう」
「先生、言ってるだけですよね」
ジト目で返す藤華に、佐々木は視線を泳がせていたが、
「そうそう、新学期早々、転校生、一緒のクラスだから」
「めずらしくないです? 転校生って?」
「何でも日春高校にどうしても……ってね」
嫌な予感に藤華は不機嫌な顔になりながら、
「それって不良、ヤンキーですよね」
「うん、彼」
佐々木は履歴書を出して見せると、
「転校なのに履歴書なんてびっくり……でも、成績優秀」
「インテリヤンキーです?」
「うん……ともかく藤華ちゃん、面倒みてあげてよ」
「うえ~」
藤華はその履歴書が2枚なのに気付いて、下の方に目をやった。
「妹さん?」
「そうそう、ヤンキーさんは、妹さんがいじめられているのに、一緒に転校してきたのもあるの」
「そうなんですか……」
それを聞けば、写真の中の厳しい目も、どことなくやさしく思えた。
教室……希望した進学クラスは隣の教室。
入室して見回してみた……友達の姿は見当たらなかった。
どちらかと言えば、いつも校門で注意しているヤンキーばかりだ。
敵意にも似た視線を感じながら、藤華は空いている席を探した。
『ふうん……』
最初、前の方をチラ見した藤華。
でも、空いている席は後ろの方だけだった。
『ヤンキーが何で前に座るのよ、普通後ろでしょ』
空いている席に腰を下ろす。
鞄をフックに掛けていると、
「おはよー!」
「!」
聞きなれた声に、藤華は目をやった。
朝、校門で生徒手帳を取り上げた「先輩」がそこにいた。
「先輩……」
「おはよ、藤華ちゃん」
「先輩……なんで……」
いつも校門でカモらせてもらっているから、名前を忘れたりしない。
「おはよ~」
ニコニコ顔で、どこを見てるかわからない細い目。
先輩の名前は居村憲史。
3月に卒業したはずの先輩はそこにいた。