9話
「やぁ、ゲンタ君。久しぶりだね」
ぼくはちょっと姿勢を正しながら、お客さんに挨拶をした。
「久しぶりだぁ? てめぇ、俺がわざわざ来てやったのに、その態度はなんだ?」
大型犬のゲンタ君が牙をちらつかせながら、グルルと唸った。
ゲンタ君は、この辺りでは乱暴者として名が通っていた。新しく引っ越してきたものや、隣町から流れ着いたものなど。手当たり次第に喧嘩を売っている。彼自身、自分こそがこの町のリーダーだと思っているのかもしれない。確かに、彼のような武闘派はリーダーにぴったりかもしれないけど、一兄ちゃんと比べたらそれも霞んでしまう。
「まぁまぁ、ゲンタ君。落ち着きなよ」
「あ? 落ち着けだと? おい、タロ公。俺に喧嘩を売っているのか?」
「まさか。君と喧嘩をしても勝てるわけがないじゃないか。君だって、弱いものイジメをして、その名前を汚したくないだろう?」
ぼくはゲンタ君の、その小さなプライドを試すような話し方をする。すると、ゲンタ君もまんざらではないというように、ふんっと鼻の穴を大きくさせた。
「当たり前だ。俺はいつだって、強い奴にしか喧嘩を売らねぇ」
「うんうん、その通りだ」
ぼくは適当にあしらいながら、心の中では溜息をつく。
まったく、君ってやつは。単純で面倒な男だね。
「それで? ゲンタ君、何か用事でもあるのかい?」
ぼくは彼の機嫌が直ったのをみて、気軽に声をかける。
すると、ゲンタ君は真面目な顔をして遠くを見つめた。鉄塔のある隣町の方角だ。
「おうよ。今、この地区を回って、遠征にいく兵隊を集めているんだ」
「遠征? 兵隊?」
「あぁ。隣町のボス犬を倒すために、頭数をそろえているところなんだ。今度こそ、あのシェパードをぶっ潰す!」
ぐるる、と威嚇するように唸る。なるほど。わざわざ隣町にまでいって、やることいえば喧嘩かい。やっぱり君の頭は空っぽなんだね。
「はぁ。それで、どれだけの数が集まったんだい?」
ぼくはやる気のない声で問いかける。
すぐさま、ゲンタ君が自信満々に答えた。
「俺とお前で、二匹目だ!」
がくっ、とぼくの肩が落ちた。なんという人望、……いや犬望のなさだろう。結局、彼はひとりで隣町にいくことになる。
「ゲンタ君。残念だけど、ぼくが一緒にいくことは無理だよ」
「あ? なにをいっているんだ?」
「だって、ほら。ぼくは鎖で繋がれているわけだし。とても、隣町にまでいくことができないよ」
ぼくは自分の首輪から伸びている鎖を見た。
「ぼくだって、いけるものなら行きたいさ。でも、この鎖がある限りは無理なんだよ」
「そんな鎖なんざ、食いちぎってしまえ」
無茶をいう。
自分にできないことを、平然と他人に押し付けないでほしい。
「ははは、それは難しい注文だね」
「くそ。何とかならねぇのか」
「ごめんね」
愛想笑いを浮かべながら、ほっと胸を撫でおろしていた。
そもそもインドア派のぼくにとって、隣町にまでいく理由が見つからない。そんなことに時間を使うくらいなら、昼寝をしていたほうが何倍もいい。鎖ばんさい! 首輪ばんさい! これからも、ぼくの昼寝生活のために頑張ってくれ。
「ちっ! てめぇのその黒い毛があれば、この俺にも拍がつくってものなんだがな」
ゲンタ君は苛立ちながら、ぼくのことを見た。
彼は雑種だ。
両親がどんな犬種だったかもしらないらしい。それが彼のプライドを刺激してしまっている。物知りの友達によれば、雑種はイデンテキに(といっていたけど、何だかよくわからない)とっても強いらしい。だから気にすることなどないのだが、彼にその理屈は通らない。
「まぁ、君の武勇伝を楽しみに待っているよ」
心にもない嘘を並べて、彼を励ます。
すると、ゲンタ君は得意げな顔で頷いてみせた。
「おう、まかせろ」
彼がキメ顔で答えたみたいだけど、ぼくはあくびをしていたので見ることはできなかった。