1話<プロローグ>
ぼくが生まれたのは、緑がいっぱいある山のなかだった。
まだ開けることのできない両目に、ぽわっとした温かい光が見えたのをよく覚えている。ぼくのそばには、同じように生まれたばかりの兄弟が、みぃみぃと鳴いていた。その声を聞いて、お母さんが優しく舐めてくれるのだから、ぼくも頑張って大きな声で鳴いた。
それから何日かたって、ようやく目が見えるようになった。お母さんは茶色のふさふさの毛をしていた。これは後になって知ったことだけど、どうやら柴犬という種類らしい。兄弟たちも、みんな同じように茶色の毛をしていた。だから、ぼくも彼らと同じ茶色の毛をしているものだとばかり思っていた。
ある雨の日。ぼくは寝床になっている小屋の前で水たまりができているのを見つけた。
何気なく水たまりに映った自分の姿を見て、とても驚いた。
ぼくは、真っ黒な毛をしていたのだ。
慌てて自分のことを見下ろした。前足、鼻の先っぽ、小さな尻尾。その全部が、お母さんや兄弟と違う、黒い毛に覆われていた。
ぼくは急に怖くなった。
両足がぶるぶる震えるのを感じて、急いでお母さんのお腹へと潜り込んだ。追い出されたらどうしよう、と思ったけど、お母さんはいつものように優しく舐めて、ぼくのことを迎え入れてくれた。
兄弟たちも、ぼくのことをイジメることはなかった。ぼくだけ仲間外れの黒色だけど、お母さんも兄弟もいつも通りに接してくれた。それがとても嬉しかった。随分と大きくなってから、それが『家族』だということを知った。