1.9(解説)
ここではこの短編と本編とのつながりを説明しています。
少女編である計五巻のどの部分と繋がっているのかをまとめています。
興味がありましたら該当部分を再読してみてください。
一巻開始から五巻終了まで、湖国は三代皇帝・趙英龍の御世の下、安定した治世を誇っています(一巻最終話、当時の序章)。その理由の一つがこの国の政治構造にあります。
この国は皇帝と、その下で働く文官によって統治されています。
文官は文政担当の中書省、軍政担当の枢密院の二つの勢力いずれかに所属しています。文官は科挙という名の非常に難しい試験に合格しないとなれません(二巻第一章)。
話の時点、貴青十年において、中書省の長官(=中書令)は柳公蘭、枢密院の長官(=枢密使)は楊玄徳です。二人が直接接する場面は二巻第一章からでした。また、二人の会話は当初から二府の対立構造をあらわすかのようでした。
ちなみに二府が対立するのはこの国が興る際に初代皇帝が持てる人材を文政に費やして新しい国を形作ることを決めたからです。
湖国以前は十の小国がこの地にありました。三百年かけて、初代皇帝がようやくこれら十国をまとめたのですが、それ以降、他国との戦争よりも国内の諸々の方に人も金も使う必要がありました。その結果、中書省所属の官吏よりも枢密院所属の官吏が、文官よりも武官が冷遇される傾向を生み出してしまったのです。
そのひずみによる最たる犠牲が貴青二年の夏に引き起こされた楊武襲撃事変です(一巻第六章9から13まで)。
公蘭について、当時枢密副使(枢密使のすぐ下に就く部下であり、高位の文官)であった李侑生は文句を言ったりもしていましたが、玄徳は「彼女はそのような人ではないよ」とやんわりとたしなめています(二巻第一章)。
それ以降、二人の繋がりに関する記述はありませんでしたが、四巻第二章4で初めて二人だけで会話をしました。「親に似ない子供などいないのですから」といった公蘭に、「ほお、あなたの子供はあなたにちっとも似ていないではないですか」と言った玄徳。それに公蘭は激しい感情をあらわにしました。
ここで言う子供とは当然蔡蘭のことではありません。短編中では明確に記載しませんでしたが、突如皇族としてあらわれた趙龍崇という若者、その時期や龍崇のかもしだす雰囲気等から、玄徳は龍崇が公蘭の息子であることを悟っています。また、公蘭も悟られていることを当初から知っています。
さて、公蘭はこうも言いました。「……先ほどあなたの娘を見ました。楊珪己、姿かたちは蔡蘭に似ていますが、礼部の報告を聞くかぎりでは、やはりあなたの娘でもありますね」
これは公蘭が珪己に対して一本線を引いていることを表しています。なぜそうするのかは、短編中で間接的に描写しているつもり……です。
さて、公蘭が二代皇帝に直訴した場面は、二巻冒頭の「邂逅」、そして最終話にもその後について簡単に記しています。また、二巻第三章2で、礼部侍郎であり珪己の上司であった馬祥歌が色という概念を変えた官吏の逸話について語っています。これらから分かるように、公蘭が中書令となった時点では、すでにそれを成した官吏についての詳細は不明になっています。
ちなみに公蘭が龍崇の母親であることは、読者の方々には三巻でなんとなく察していただけていることと思います。三巻冒頭の「邂逅」、そして第二章5の龍崇自身の語りと、二巻で示した件を繋ぎ合わせると分かると思ったのですが……もしも分かりにくかったらすみません。
次に蔡蘭について。
彼女については本編ではほとんど記載していませんでした。一巻で事変当日のことを少し載せ、二巻第一章で珪己が母を思い出すために琵琶を弾くと言い、あとは最終章3で玄徳が珪己にこう語ったくらいです。
「蔡蘭も琵琶がうまかったけど、彼女は人前で琵琶を弾くのを好んでいなかったからね。自分の音色には嫌な自分が表れすぎている、と言っていた。だから人前では弾きたくないのだと。だけど珪己の音色は自分とは全然違っていて、どんな色にでも染まれるから、いつか珪己が素敵な女性になったら、その音色もきっと素敵で、そんな素敵な珪己のことを、琵琶でたくさんの人に知ってもらいたい、そう蔡蘭は言っていたね」
実はここに蔡蘭の抱える闇が凝縮されていたのでした。
本編のほうでは主人公の楊珪己の人生に焦点をあてつつ、彼女を取り囲む人々に付いてもなるべく丁寧に記しています。とはいえ、あまりに描写しすぎると、珪己のことを書くことができなくなってしまうので、この短編に登場する人々の過去については明確にせずにしてきました。
玄徳と公蘭、そして蔡蘭。
この邂逅、奇跡的な偶然とも思える出会いが、楊珪己の出生へと繋がっています。