4.1苦い団子
放浪編1巻完結時にweb拍手に一時期載せていた小話です。放浪編1巻最終話の続き、ほぼ呉隼平のみです。
本話特有のキーワード:過去を懐かしむ、月食
一人武殿に取り残された呉隼平は、せっせと筆を走らせている。
「くっそー、良季のやろう」
ぶつぶつとつぶやぎながらも手の動きは早い。書くべきことはほとんど決まっており、あとはどれだけこの腕を早く動かすことができるか、それだけにかかっている。
「腹へったなあ。早く帰りたいな」
そう隼平がつぶやいた、その時。
「お疲れ様です。呉枢密院事」
殿内を巡回をしていた若い武官が声をかけてきた。
緋袍の官吏の最高峰、枢密院事に就く隼平であったが、彼には官位を問わず誰とでも馬が合うという稀有な特技があった。隼平の屈託のない性格と始終にこやかな表情、あとはいかにも害のなさそうな恰幅のいい体型が、相手との壁を取り払ってしまうのだ。気づけば昔からの知り合いのような気分にさせられる、不思議な魅力のある男なのだ。
「おお、江か。お疲れさん」
隼平は手を止め、朗らかな笑みを武官に向けた。
「あの、これよかったらどうぞ」
江がおずおずと後ろ手に持っていた包みを取り出した。
「実はお袋が団子をたくさん作ってくれて。呉枢密院事が甘いものをお好きだったことを思い出して、それで……」
「うわっ! いいの? ありがとう!」
全部言わせることなく、隼平はさっと立ち上がるや江の手から包みを奪った。
「うわー、柔らかい。いい香りがするね」
すりすりと頬を寄せ、見るからに幸せそうな笑みを浮かべる隼平に、江がほっとしたように眉を下げた。
「受け取ってもらえて……よかったです」
「受け取らないわけないじゃん。俺、嫌いな食べ物ないし、食べること大好きだし!」
「じゃ、じゃあまた持ってきてもいいですか?」
「もちろん! あ、でも負担になるようだったらいいからね」
心配げな表情になった隼平に、江があわてて言い募った。
「負担なんてことないです!」
「それならいいんだけど。ところで今ここで食べてもいい?」
「はい、もちろんです」
「うわーい、やったあ」
いそいそと包みを解くと、中には草を混ぜた薄緑の団子が八つ入っていた。
すりつぶしきっていない草の原型が目視できるような、いかにも手作りといった素朴さがある。
「いっただっきまーす」
「あ、では俺はこれで」
「うん、ほんとにありがとね」
武官がいなくなると、部屋はとたんに元の静けさを取り戻した。
一人団子を咀嚼していると、急に団子の草の味がむせかえるように強く感じられた。
噛めば噛むほど草の味が広がっていった。
思い出されるのは、大勢で団子を作り、それを全員で食べた懐かしいあの寺での日々だった。
『一人二個までですからね』
そう言って呉坊に渡されたのは今食べているものよりも一回り小さい団子だった。
それを少しずつちびちびと齧ったあの日――。
だが誰の顔にも満面の笑みが浮かんでいた。
『おいしいね』
『おいしいね』
「……やっぱり食事は一人じゃさみしいな」
三つ食べたところで隼平は手を止め、窓の向こうを見やった。
すると空に浮かぶ満月の右上のほうがやや欠けていることに気づいた。
「あれ? 今日は月食か」
じわじわと欠けていく月を、みんなで庭に出て指差し合ったのも随分昔のことだ。
『月が欠けてくぞ!』
『暗くなる暗くなる!』
辺りが少しずつ闇に侵食されていくというのに、やはり誰もが笑顔だったことを思い出す。
隼平はしばらく何もすることなく月を見ていた。
月を通して幸せだった日々を振り返っていた。
口内に残る草の味が、今はなぜか苦く感じた。




