首都の酒場で
お酒が飲めないとわかっているはずなのに、私はどうしてここにいるのでしょうか? 食事は宿の料理で十分なのに。
アリィはちょっと困っていた。ガヤガヤする大声やジョッキの触れ合う音、立ち込めるお酒の強い匂い……匂いだけで酔ってしまいそうな気がする。客席を回る胸のはだけた衣装の大人の女性の香水の匂いも半端ない。男装しているせいか、さっき自分も口説かれた。男の人は、こういう女性らしさを前面に押し出してアピールする人が好きなのだろうか?
騎士団で慣れているのか、みんなは顔色一つ変えていない。いえ、艶やかなお姉さん達に迫られてちょっとデレデレしているかしら?
でもまあ、酒場の陽気な雰囲気は好きだ。時々酔っ払いが絡んでくるけれど、男の子の格好なので、何の心配もなく安心して食事を楽しめる。こってりしたものが多いから、カロリーには気を付けなくちゃだけど……。
旅に出てから——特に街中では宿屋に泊まる事が多くなってきた。食べ切れないほど出てくる料理に頑張って手を付けていたからか、最近体重がヤバいことになっているような。お腹のお肉ももう少しでつまめそうだ……つままないケド。
そんなしょうもない事を考えながら食事をしていたら(みんなは飲んでいた)、立派な身なりのフードを被った一団がやって来た。何人かは帯剣しているし、来ている服や革のブーツも高そうなものだったから、ひと目で町の人では無いとわかる。
ぼんやりと見ていたら、ヴォルフが彼らに向かって手を上げた。レイモンド様やガイウス様も頷いている。……もしかして、お知り合いですか?
酒場のおかみさんに多めのチップを払って、静かな奥の席へと移動する。確かに、こっちの方がさっきに比べて静かだ。食べながら会議でもするつもりなのかしら。
食事も移動してもらい、全員に飲み物が行き渡ったところで「乾杯!!」って、フードを目深に被ったままって明らかにおかしいわよね?
「誰もこちらに注目していないから、もういいと思うよ?」
レイモンド様がそう声をかけると、フードの一団は、一斉にフードを後ろに払った。
が、その中に明らかに誰もが良く知る顔を見つけて、私だけでなく旅の仲間全員が固まってしまった。
…………リオン?!
「おやおや、御自らお出ましとはねぇ」
レイモンド様がからかう。
「黒髪のカツラだけで変装できたと思うのは甘いわね」
ロバート様が冷静に意見する。
「会う約束をしたのは、二人だけだったはずだが」
ヴォルフが目を細める。
「お前ら、連れ出したのか」
ガイウス様は何とも言えない表情をしていて、レオンは何故かぶすっとしている。
護衛の面々も困ったように顔を見合わせる。
「そんなに怒らないでくれ。君達がこの街に滞在していると聞いた私が、無理を言って出てきたんだ。用があるなら、直接話した方が早いだろう?」
式典前に見て以来、王太子になってからは初めて間近で見る彼は、少しだけ精悍な顔つきになったような気がする。
「城側がよく許したな。今頃大騒ぎになっているんじゃないのか?」
あのね、レオン。仲良くしてもらっていたとはいえ、彼はもう王太子なのよ? その口のきき方はどうかと思うの。
「問題ない。良く似た替え玉を置いてきた。具合が悪いと言って床に伏せておくよう言っておいたから、夜の内に戻れば気付かれないはずだ」
いいえ、リオン様。問題ありありだと思います。だってあなたは一国の王太子様ですよ? それが、いくら治安も良く賑わっているとはいえ、夜の酒場にいらしてはいけないと思うの。リンデル側に気付かれて怒らせたらどうなさるおつもりですか?
「さっきから黙っているけど。久しぶりだね、アレク。元気そうで安心した」
美貌の王太子はそう言ってニッコリ笑った。
バレてた? 実は旅の間に日に焼けて血色が良くなったせいか、前よりも元気いっぱいに見えるのよね。
「リオン様も。いらっしゃる途中のご様子をお見かけ致しましたけれど、とてもご立派でしたわ!」
「そんなに他人行儀に話されると、僕も傷つくよ? まあ、君とは後でゆっくりとね」
彼はそう言ってウィンクすると、レイモンド様達と話し出した。
私の隣の席のレオンが、「あいつ、やっぱり油断ができん」とか何とかブツブツ言っている。変なの!
レイモンド様がリオネル様にお願いしたい事とは、リンデルの『研究所跡の入場許可証』を取ることだった。入国してからわかったことだが、首都から南方に少し離れた地点にある『研究所跡地』は、現在も立ち入り規制がされている。そのため、王室発行の『許可証』が無い限り、調査どころか見学すら出来ないそうだ。
余程のコネやツテが無い限り、短期間での発行は難しい。モートン伯やトーマスが関わっていただけに、確かにひと目見ておきたい代物だ。
「頼んでみるけど、確約は出来ない。研究所の消失は公然の秘密だけど、よその国の僕らに許可が出るかどうか。君達に出来る限りの協力はするつもりだけど、滞在期間も短いし、願い出た所で向こうがどう反応するかはわからない」
「ああ、それでいいよ。こちらが急に言い出した事だし、手を煩わせてしまって済まない。滞在中に仕事を増やしてしまってゴメンね」
珍しく殊勝なレイモンド様に、リオンは少し笑って言った。
「叔父上から真剣に頼み事をされる日が来るなんて……。王太子に、なってみるもんですね」
つられて微笑むレイモンド様。二人は血の繋がりがあるだけあって、笑い方もとても良く似ている。何はともあれ、話が無事に済んだようで、とっても良かった。安心した後の料理は先程よりも美味しく感じる……って、あ、また食べ過ぎた。
王太子リオンは護衛を引き連れて直ぐに城に帰るのかと思いきや、私と少し話がしたいと言い出した。二階の静かな部屋が空いているというので、少し貸してもらう事にしたらしい。レイモンド様に「行っておいで」と言われたので、素直に従うことにする。当然、リオンの護衛は付いてくる。
「少しだけ二人にさせて。君達は、私が出るまで外を警備しておいてくれ」
リオンがそう命じると、護衛は廊下に留まった。未婚の男女が街の酒場の部屋で二人きりって、バレればかなりなスキャンダルですが……。まあ、今私は男装しているし、相手は王太子様で良く知る幼なじみだから、ま、いっか。
「ああ、アレク、やっぱり君だったんだね」
言うなりリオンは、ぎゅっと私を抱き締めてきた。
「ちょ、ちょっと、リオン様。え? アレ?」
「少しだけこのままで……。君を補充させてくれ」
そう言った彼の腕の力がさらに強くなったから、ますます密着する形になってしまった。私の顔は彼の鎖骨の下付近に当たっている。バッチリお化粧していなくて良かった! だって、口紅でリオンの服を汚さなくて済んだもの。
そんな余計な事を考えていないと、ドキドキしてしまう。いえ、さっきからこの状態なので、恥ずかしくって既にドキドキしている。
幼なじみの身体からは、男性用の爽やかな香水の良い匂いがする。
国を出る時に諦めたはずの感情が、忘れると誓った想いが、胸の中で渦巻く。
こんなことになるなら、遠くから見ているだけで良かった。逢えて嬉しいと思う反面、この後の別れを考えると、また辛くなってしまう……。
そんな想いを押し殺しリオンを見上げる。
彼の碧い瞳が私を真っ直ぐに捉えている。
「アレク……」
私はそのまま、彼の次の言葉を待っていた。
いつも読んで下さってありがとうございますm(_ _)m
少しずつ進んでいきます。




