重要な手がかり
「この子はただの従僕ですので、芸はできませんわ。私でいかがでしょう?」
ロバ…ロザリーが立ち上がり妖艶に庇ってくれたけれど、伯爵の目は私を真っ直ぐ捉えて離さない。
「ほお?出来ないと。客の要望にもかかわらず出来ないとは。お前達、プロでは無いね?」
モートン伯は私から目を逸らさずにそのまま答える。
試されているのだ、とわかる。
私達を疑っていて、一番弱そうな私の覚悟を試している。
どうしよう。剣の練習はしていても、的になる練習まではしてこなかった。
でも、私よりも投げる義兄の方がもっと大変なはず。視線をチラッとヴォルフに向ける。
ヴォルフはいつも通り、自信たっぷりに頷いてくれた。
そう、それなら出来る。たとえもう義兄とは呼べないのだとしても、私は彼を信頼している。
「大丈夫です。できます!」
覚悟は決まった。私はただ、立っていればいい。後はヴォルが頑張れば良いこと。
レイは半ば予想していたかのように、立ったまま緑の瞳を細めてこちらを見た。ガイとロザリーはまだ心配そうな顔をしているし、レオはびっくりし過ぎて目がまん丸になっている。
平気よ、私は大丈夫。
いつの間にか用意されていた、戸板の前に立つ。にっこり微笑んでヴォルを待つ。
全く怖く無いと言えば嘘になるけど、不思議と現実味が無くて夢を見ているような感じ。
何でだろう?このまま死んでしまうなら、それもまた運命だった、と受け入れられるような気がするから?
モートン伯爵の目を、挑戦的に見返す。距離があって、彼から私の瞳はよく見えていないだろうけど。
ヒュンッ
最初のナイフが投げられる。
合図も何も無く、いきなりな所が兄らしい。
ちょうど左肩の辺りに刺さったナイフが、勢いで揺れている。
ドスッ ドド トスッ
勢いづいたせいか連続して投げて来た。
何本ものナイフがこちらに飛んで来る瞬間はさすがに怖かったし顔をしかめてしまったけれど、絶対に負けるもんか。目は閉じないと決めたから。
トスッ トスッ トスッ トスッ
リズミカルなナイフが却って安心感を誘う。
残りは後二本。どこに投げるつもりかしら?
ドスッ
一本は顔の横に。
ビイィ〜〜ン
最後の一本は頭の真上。だって全く見えなかったけど、髪の毛が揺れるのがわかってしまったから。
パンッ、パン、パン、パン、パン
「素晴らしい!さすがは旅芸人だ。従僕といえども肝が据わっている。」
伯爵は拍手をしながら細い身体に似合わない大声を出した。
モートン伯爵大喜びで良かった!
何て思うわけないじゃない!!
こんなことして何になるというの?
あなたは何がしたかったの?
でも、無事に終わって良かったぁ。
ヘナヘナと崩れそうになる私を、ヴォルフが大股で近付いて受け止めてくれた。
改めて後ろを見てビックリ!!
「お兄様、最後の一本かなりきわどかったのでは?!」
小声で聞いてみる。
「すまない。さすがに緊張してしまった。的がレオンなら平気なのに…。」
さりげなく怖いことを言ってくる。
私、実は危なかったのね?
身体に力が入らずにヴォルフの肩に顔を預けたままでいたら、レオンがベリっと私達を引き剥がしにかかってきた。
何だか昔にもどったようで、思わず笑ってしまう。
クスクス笑う私の頭の中には、モートン伯爵の事などどこにも無かった。
だから彼の次の言葉に、言い表せないほどのショックを受けてしまった。
「幸せに育ったようだね、アイリ?」
一瞬、時が止まる。
ちょっと待って。彼は今、私の事を何て呼んだの?
アリィでも、アレクでも、アロでもない。愛梨は私の、前世の名前。
頭の中が真っ白になって、思考が追いつかない。
この世界では実の父しか知らない名前を、どうして貴方が知っているの?
私はモートンという名のこの男の事を、先ほどまでとは違い、別の人物を見るようにそばまで近付いて凝視した。
父では、ない。
では、一体誰なのか?
それなら直接聞くしかないでしょう。
私は必死にモートン伯爵の袖を掴み、聞いてみる。
「貴方は、誰?」
場はいつの間にか静まり返り、みんなが私達に注目している。
「話して欲しければ誰か一人を連れて、後で私の部屋まで来なさい。」
モートン伯爵と名乗る男は、そう言うとこの大広間から出て行った。
後には私達だけが残された——。
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さあ、どうしよう?
私は誰と一緒に伯爵の部屋へ行けば良いの?
おそらく父の秘密を知っているであろう彼は重要な手がかりをくれるかもしれない。でも、同時に私の隠しておきたい秘密までもを話してしまう可能性がある。
私が元々別の世界に居たということを、受け入れてくれそうな人は誰だろう?
もし私の秘密を知っても、嫌わないで理解してくれる人は誰だろう?
レイモンド様は、一番年長者だし、判断力がある。頭が良いし努力家だから、すぐに理解しようとするだろう。もしかしたら、実父の親友であった今の父から何かを聞いているかもしれない。
ガイウス様は、公平な目線で接してくれそう。最初はびっくりされるだろうけれど意外と冷静に受け取めてくれるかも。私が異世界とこの世界のハーフとわかっても爽やかに「そうなんだ。」と言いそう。
ロザリー(ロバート)様は、第三者としてはっきり意見を言ってくれるかも。『双月亭』で一緒に手がかりを探して下さったから、何かがあると気づいているはず。でも、私が彼の事をまだよく知らない。
ヴォルフを、私は家族として信頼している。頭が良くて冷静だし、一番長く一緒に過ごした。でも、この前から何だか様子が変だし、私が実は異世界から来たと知ったらすごくショックを受けそう。
レオンは、優しい。公爵家の養子でありイジメを受けていたという過去の境遇が私と似ている。最近特に過保護気味だけど、他人の痛みがわかるから、私の秘密を知っても嫌わないでいてくれるかも。
さて、私は誰と共に行けば良いのかしら?
次話から選択編。
誰と一緒に行くのか、選んで下さい。




