モートン伯という男
だいぶ時間があいてしまいました。
すみませんm(_ _)m
モートン伯爵領は思っていたよりも寂しい場所にあった。王都からそんなに距離も離れていないからどんなに賑やかな所だろうと想像していただけに、意外だった。
街道から見える沼地の周りには葉の無い枝だけの木がいくつか生えていて、所々に草が茂る湿地帯となっていた。寂しい場所にあるからこそ、明るく興行して欲しいのだろうか?
その割には民家もまばらだし、とても栄えているとは言い難い。
「レイモンド様、場所はこちらで合っているんですよね?」
珍しく「疲れた」と言って、馬車に乗り込んできたレイモンド様に聞いてみた。誰もいない所では、それぞれ本名で呼ぶことを許されている。
「うん。モートン領でしょ?前からこんな感じだったと思うけど、何で?」
「いえ、興行に招ばれるくらいだから、もっと人がいっぱいいて賑やかなのかと思って…。想像していたのとちょっと違ったから驚いてしまいました。」
「そっか。旅一座は町で興行する以外にも、個人の邸宅に招ばれたりすることもあるんだよ?ゲラン城でも大きな催しの時には何度か招んだ事があるし。でも君は小さかった時にはアドルフやリオンが離さなかっただろうから記憶に無いんだろうね。」
確かに。そういえば小さい時に遠くで響く音楽や花吹雪、カーニバルのような光景を目にした事がある。でもそれは前世を思い出す前だから、リオン様の後を付いて回るのに忙しくて、気にも留めていなかった。
大きくなってから、まさか自分が旅一座に扮するとは思ってもみなかった。あの頃もしわかっていたら、じっくり観察してたのに…。ま、私は雑用兼従僕だけどね?
昔の事を考えたら故郷が懐かしく思い出されて、胸がキュッと苦しくなった。
下を向いて思わず胸に手を当てたら、レイモンド様に下から覗き込まれた。
「アリィちゃん、平気?疲れているの?」
うわ。キレイなお顔が近い近い近い〜〜!
どアップは心臓に悪いので止めて下さい。
「いえ、大丈夫です。レイモンド様こそ、先ほど疲れたっておっしゃってましたけど、お身体は大丈夫なんですか?」
レイモンド様は私の言葉に嬉しそうに笑うとおっしゃった。
「なあに、私を心配してくれているの?疲れたっていうのはもちろんサボる口実だけど、気にしてくれてたんだね。」
その後、当然のように「人生には休息も必要だからね。」と、続けた。
モートン伯爵のお屋敷は、湿地帯を抜けた先にある石造りの古城だった。壁面には蔦が絡まり、塔の上には何故か反旗が翻っている。誰かを亡くしたばかりなのだろうか?
外観も何だか冷たい印象で、来るものを拒んでいるような気がする。
「本当にここか?」
ガイウス様が疑問に思うのも、よくわかる。
私も招かれたのでなければ、何かの間違いだと思うところだ。だって壁の色も、西洋風のお化け屋敷に似ているから。
私達が到着した事に気が付いたのか、跳ね橋が下りてきた。このまま城壁の中へと入れということらしい。
そのまま進むと、厩番が控えていたので、そのまま馬を預けた。必要な物だけ袋に入れて馬車を降りる。
そこからは、執事と思われる髪のない痩せた人物に案内されるまま、全員で城の中へと入る。
石壁の通路を歩いて行くけれど、床に敷いてある黄色い敷物は薄汚れている。壁にかけられた逆三角形の旗も昔はキレイだったと思われるが、今は所々破けていて見る影もない。天井は思ったよりも高く、石造りのアーチが堅牢なイメージを醸し出しているもののホコリを被っていて立派さが損なわれている。
『王宮の近くに屋敷を構えるということは、かなり有力な貴族だったと思われるのに、なぜ?』
私の疑問はみんなが同じように感じていたはずだ。何かを知っていそうなレイモンド様を除いて。
案内された大広間は、ダイニングルームを兼ねていることもあり、清掃もされていてかなりまともだった。それでも、調度品やリネン類が古びていることには変わりは無かったけれど…。
屋敷の主人と思われる痩せて背が高く、長髪の白髪で顔色の悪いモートン伯爵と思われる人物が立ち上がって歓迎の言葉を述べた。
「旅の者よ。遠い所をわざわざすまん。見たところ我が国の者では無いようだけど、ゲランの者ということであっているのかな?」
「ええ。この度はご招待いただき、誠にありがとうございます。」
旅芸人らしく、レイモンド様…レイが膝を折って低い姿勢で挨拶をするから、私達もそれに倣った。
「堅苦しくならずとも良い、良い。今宵は食事をしながら旅の話でも聞かせてくれぬか?」
「伯爵様の御為ならば喜んで。」
かなりな低姿勢だけれど、この人王弟ですから——。
何だ。サーカス?の芸は見せなくても良さそうだ。寂しいお爺ちゃんが一緒にお食事したかっただけなのね?
私は安心した。
寂しい所とはいえ、さすがは伯爵の館だ。食事も豪華だったし、夜になって肌寒くなると暖炉に火も入る。…というより、伯爵が魔法が使えるようで、手の一振りで直接薪に火を点けていた。
この世界に来てから魔法を直に見たのは初めてだったから「ほゎゎゎゎ〜〜〜。」と、思わず声が出てしまい、「アロ、恥ずかしい。」とレオに注意をされてしまった。
夕食後、モートン伯爵が突然
「余興が見たい。」と、言い出した。
「この場で出来そうなのは、ジャグリングか剣舞、ナイフ投げ位です。」とレイが答えたら、「じゃあナイフ投げを。」と、言われてしまった。
え?でも、私以外みなさんお酒飲んでましたよね?もちろん、ヴォルフも…。
ナイフで壁を傷つけるし、危ないんじゃ?
でも、ヴォルもレオも動揺すること無く準備を始める。えぇぇぇぇ〜〜、この状況でするんですか?かなり無理があるのでは?
私の動揺を悟ったのか、伯爵は「イヤ、その子は使わないでよろしい。」と言って下さった。
ホッ、良かった。レオンが助かった。ヴォルフの腕は信じているけど、お酒飲んじゃったし慣れない所だし危ないもんね!
ところがその後に続けて、
「そうだな、そこにいる茶色い髪の小さな子を使ってもらおうか。素晴らしい芸だと聞いていたが、的が小さくなった分だけやり易いだろう?」
伯爵がニヤッと笑う。
メンバーに動揺と緊張が走った。
仲間内に茶色い髪の小さな子っていたっけ?
ガイウス様は茶色い髪にしたけど背は大きい方だし、レイモンド様は赤、ヴォルフは黒、ロバートは金、レオンは青い髪で該当者はゼロ。ちなみに私は……って、もしかして私?
はたと気づいて青ざめた。




