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地味に転生できました♪  作者: きゃる
第2章 私の人生地味じゃない!
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素直になれたなら

 私、普段は鈍いと言われるけれど、痛みには敏感な方だと思うの。それは、前世でいじめられた経験によるもので、そのせいで死んでしまったことにも影響しているのかもしれないけど。

 でも、こちらの世界に転生…というか魂が転移したことにはとても感謝しているのよね。


 だから、今朝のレイモンド様の表情が気になって仕方がない。私自身の愚かさが招いたことで、彼が傷つくのは見たくない。彼の目は私への哀れみや同情を通り越して、痛ましい悲愴な感情を表していたから…。


 どうすることが一番良いのか。

 自分に何かできることはないのか。

 食事の間中ずっと、考え続けている。



「アリィどうした?食欲が無いのか?」


 耳元でレオンが囁く。義弟は他人には聞こえない時に、相変わらずアリィと呼ぶ。


「ちょっとだけさっきので疲れたみたい。」


 心配させまいと、何気ない風を装う。

 けれど、義弟は騙されなかった。


「レイと何かあったの?二人とも、帰ってきてから様子が変だ。」


 やはり気づかれていたのか。周りの人たちも何も言わないけれど、薄々気づいてはいるみたい。こちらを見るみんなの目が問いかけている…ような気がする。


 ダメだ。やっぱり我慢ができない!!


「ゴメン、今からレイモン…レイの所にお昼を届けてくる!」


 言うなり私は一人分の食事を別に用意してもらって、お盆に乗せて2階へと運ぶことにした。念のため、レオンもついてくるという。最近彼は、私に対してますます過保護になったような気がする。




 木の盆を慎重に運び、一番奥のレイモンド様の部屋の扉をノックする。邪魔されたくないかもしれないので、返事が無ければあっさり引き下がろう。


 コンコン


「……どうぞ。」


 一拍遅れて、返事があった。覚悟を決めて、入室することにする。


「少し話があるから、悪いけどレオンはここで待っててね?」


 優しい弟は壁にもたれて腕を組んで頷く。あくまでも、護衛としてついてきてくれたようだ。


 片手で盆を持ち反対の手で扉を開けながら、レイモンド様の部屋に入り、後ろ手で扉を閉めた。

 彼は窓際のベッドの所に腰掛けたまま顔を上げてこちらを見ているが、その目は笑っていない。こういう時の彼はかなり不機嫌なのだと、最近ようやくわかるようになってきた。だから、用件だけを伝えてさっさと帰ろうと思っていたのだけれど…。


「なあに?成人した女性がこんな昼間から男の部屋に来て。そういう事をするには、まだ時間が早いんじゃない?」


 金色の長い髪をかきあげて碧の瞳を猫のように細めるが、その目は笑っていない。


 ほら、やっぱり。彼はいつものように冗談でごまかそうとしている。


「お食事をお持ちしました。あれだけ運動したので、必要だと思いましたから。お腹が空いていらっしゃらなくても、少しは召し上がって下さいね?レイモンド様に何かあれば、そこで旅は終わってしまいますから。」


 これは紛れもない私の本心。今後の進路も母国の命運も私の父親探しも、全てが彼一人の肩にかかっている。


「ふーん。親みたいな事をいうんだね?じゃあ食べないと言ったら、君が食べさせてくれるのかな?」


 時々変な事を言い出す癖にももう慣れた。何だか途方にくれた駄々っ子みたいだ。


「いいですよ。その代わりおとなしく召し上がって下さいね?」


 ここで負けるわけにはいかない。ただでさえ元気が無いのだ。私のせいで彼が体調を崩したら、みんなにも迷惑がかかる。

 お盆をサイドテーブルに置き彼の隣に座ると、スプーンで付け合せの野菜を一口すくって彼の口元へと持って行った。


「はい、アーン。」


 至近距離で見るレイモンド様の碧の瞳が一瞬怒りの色を映したかと思うと、そのままドサっとベッドに組み敷かれた。私の両腕が、彼の手によって頭の横で縫い止められる。

 カラン、と床にスプーンの落ちる音。でも、木のスプーンが立てる音は小さ過ぎて外にいるレオンにも聞こえていない。


「さっきから私をバカにしているの?昼食は要らないと言ったはずだよ。こうされても声も出さないってことは、君、もしかして誘っているの?」


 いつもとはガラッと変わった低い声のトーン。彼が私の耳にわざと唇を近づけてザラザラした声で囁くのは、本当に頭にきているから。


 レイモンド様の碧の瞳を正面に捉えたまま、私は静かに首を振る。凄んでみせるけれど、彼は女性にひどい事をしたりはしない。その点では、私は私の上司を信頼している。


「いいえ。私がそんな事をしないのも、貴方がひどい事をなさるはずが無いのも、私は知っています。私に対して怒っているのなら、今ここで、どうか全てを吐き出してしまって下さい。」


 彼は私の両手首を掴んだまま、私のすぐ目の前にその双眸を近づけると、逡巡するかのごとくしばらく私の金色の瞳を探るように観察した。


 不思議と怖くはない。静寂だけが私達を包んでいる。



 やがて彼はガバッと起き上がるとベッドに腰掛けたまま頭を抱え、半ばヤケクソのように呟いた。


「ハッ、この私が10歳以上も歳の離れた者に諭されるなんてね。私に堕ちなかった君にはわかるというのか?私はどうすればいい?聡い君は、もうとっくに気がついているんだろう?」


 レイモンド様はきっと、ご自身の事を言っておられる。かといって、私には彼の過去を探る気も無い。痛みに触れられたくないのは、私も同じだから。でも、ただ一つだけ、できることがあるとするならば……



 私はベッドから起き上がると彼の頭に両手を回し、自分の首元へと引き寄せた。

 金色の頭頂部に頬を寄せ、優しくかき抱く。



「……これは、何?」


「特に意味はありません。ただ私は、自分がこうされると落ち着くんです。」


 前世では、母の恵美子が。

 この世界では、義母のマリーや義兄のヴォルフ、義弟のレオン、そして幼なじみのリオンがこうして私を慰めてくれていた。

 私の周りは優しい人でいっぱいだった。だから、いじめられても困難にあっても、平坦でない運命さえも乗り越えられたのだと思う。

 その事を孤独なこの人に、何でもできるけれど不器用なこの人に、少しでも伝えられたなら——。




  最初は驚いて固まっていたものの、徐々にレイモンド様の力が抜けてきたのがわかった。

 寂しい時や辛い時には、何も言わずにギュッとしてもらうだけで、私は本当に救われた。彼が傷付く原因となったのは私だけれど、彼には傷付いたままでいて欲しくない。母性というものが最初から備わっているとするならば、今の私の感情は限りなくそれに近い気がする。


 トントントントン


 リズムよく、彼の背中を叩く。

 こうしてあやしてもらった記憶が、私の中にはあるから。

 慣れてきたのか、レイモンド様も目を閉じてくつろいでいるようにも見える。もう(あらが)う気は無いみたい。




 長いとも短いともとれる時間、私達はそうしていた。けれど、彼は自分から身体を起こすと、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ふふ、ありがとう。もういいよ、落ち着いたから。でも落ち込んだ時には、君にまた同じ事を頼もうかな?」


 そう言って微笑んだ彼は、もういつもの信頼できる私の上司で、リーダーの顔をしていた。


「私でお役に立てるなら、喜んで。」


「その言葉、忘れないでね?撤回はさせないよ。」


 おかしそうに言う彼は、からかうようないつもの声色を出していた。

 もう大丈夫みたい。彼は大人だし、精神的にも私よりずっと強い人だから。



 レイモンド様はドアの所まで私を導くと、


「きちんと食べておくから心配しないで。」


 と言って、廊下にいたレオンに一瞥をくれるとそのまま部屋へと戻った。我ながらお節介だったとは思うけれど、少しは彼の役に立てたのだろうか?




「アリィ、随分遅かったな。レイにまで襲われたかと思って心配したぞ。」


「う…。」

 先ほどの事をふと思い出し、今更ながらに顔が赤くなる。そういえば、状況的にはそんな感じだったような。でも、彼を怒らせるきっかけを作ったのは私だし。


「え?」


 レオンの青い瞳が見開かれる。


「いいえ、何にも。私に何かあるわけないじゃない。ただ話していただけだよ?レイモンド様は大人だし、女性には優しいから大丈夫!」


「だから、そういう奴が一番危ないんだってば!アリィはもう少し、自分の事を大切にしといた方がいいよ。」


「ふふふ。」


 何だか嬉しくなってしまう。私には、私の事を心配してくれる人がいつもそばにいる。何て幸せなんだろう。恵まれている自分の境遇に感謝をして、今日も一日頑張ろう!と、心に誓った。



  ****************


 レイモンドは考えていた。


 遠い日をいくら思い起こしてみても、母に優しく抱かれた記憶はない。その後の虐げられていた幼い記憶の中でも、そんな行為は見当たらない。


 大人になって、睦言を囁かれている時に頭を胸に押しつけられた記憶ならある。だがそれは、純粋な慰めとは大きく異なるもの。打算や感情抜きで女性に優しくされたのは、公爵夫人のマリアンヌに続いて二人目かもしれない。


 さすが、彼女の育てた娘だ。

 アレキサンドラは、実子でなくとも愛情をたっぷり与えられて育てられたのだろう。(ひね)くれてしまった自分とは違って、とても素直なようだから。


 もしも素直になれたなら、心の中の痛みも徐々に薄れていくのだろうか?

 寂しさや切なさや誰かを心から愛しいと思う人間らしい感情も、自分は取り戻せるのだろうか?

 汚れてしまった私を知っても「それでも良い」と言ってくれる人がいつか現れると、希望を持つことが許されるのだろうか?


 甥のリオンをはじめとしてヴォルフやレオン、ガイウスなど彼女に関わる全てが彼女に好意的な理由が少しわかった気がする。

 興味本位で近付くのは止めて、これからは大人としての彼女を尊重していこう。


 素直になれたなら——。


 その時君は、私の言葉や誰にも言えなかった過去の想いを優しく聴いてくれるのだろうか?

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