忘れたい過去 2
いつしか私の恨みは薄らぎ、彼の作るこの国を、彼と兄の作り上げる理想の王国を見てみたい、と願うようになった。
私の復讐心はどうせその程度の、はじめから些細なものであったのだ。
その為の協力なら惜しまない。
私はどうせ、汚れている。
自ら進んで裏の仕事を引き受け、優秀な人材を引き抜いた。それが奇しくも公爵の息子であったのは仕方の無い事であったが、アドルフは何も言わなかった。
馴れ合う事を嫌い、自分以外の人間を信じる事のできなかった自分は、国の為なら動ける気がした。有利になるなら自分の容姿を利用する事も、厭わない。
女性はどうせ皆、同じだ。
可愛らしいが、単純で愚かな生き物。
公爵邸で顔を合わせたことのある、アドルフの妻マリアンヌだけが、唯一女性で尊敬しても良いと思える存在だった。
夫のアドルフと対等に話のできる知性溢れる彼女だけは、私には違って見えた。
時々屋敷に招かれた時も、仕事のことより私の心配をしてくれた。
抜きん出た美貌と溢れるほどの母性が、私にはとても眩しかった。
心に傷を負った私は、将来伴侶として望むなら、彼女のような温かい女性が良いとほのかに思ってしまう。
ただし『私の全てを受け入れて、それでも私でも良いという人が現れれば』だけど…。
だから、マリアンヌの娘の誕生会には甥の護衛の名目で、すぐに駆けつけた。
素直に育った王室の希望であるリオネルの幼なじみに会いたい、という自分の好奇心の方が勝った。
アレキサンドラへの第一印象は、正直に言うと『地味』だった。後からわかるまで本当の親子だと思っていたから、派手な顔立ちの両親や美貌が売りの兄に似ていないのが、とても不思議だった。養子だというレオンの方が、余程彼らに似ていた。
どこにでもいるような顔立ちの、普通の女の子。年相応の愛らしさはあるが、ただそれだけだった。
ところが、話してみると面白い。私のからかい気味の熱の籠もった挨拶にも彼女は全く動じることなく、軽く受け流した。マリーの教育の賜物かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
それどころか、相当遊び慣れているような男を見るような目で、私を見てきた。別に否定はしないけど。
だから、私も興味を持った。
『面白い子』だと思った。
<黒い陰>の事件に巻き込まれ、意識を失った後の君を見ていた。
長い刻を経た後で、それでも現状を理解して懸命に立ち上がろうとする君。成人となる15の誕生日に、思いもよらない事を聞かされて気を失いながらも、それでも必死に現状を受け入れようとする君。義弟のレオンとわざと敵対させても、幼なじみの甥のリオンと別れる事になっても、君はいつでも立ち上がり、自分の道を自分で選び取って行く。
傷つけられる度にますます強く美しくなる君を、私はずっと見ていた。
だから、今回の事は許せなかった。
彼女自身の過失に加え、己の監督責任も多分に影響しているから。
「早く忘れた方が良い。実害は無かったんだし…。」
そう言った言葉は、嘘では無い。
忘れられなくなる前に、受けた傷は無かったことにしてしまえば良い。
上手く伝えられれば良かったのだけれど。
勘の良い聡い君には気付かれてしまったようだ。私が過去に、同じような経験をしている事を——。
それは悲惨な、思い出したくも無い出来事。
今日のようにふとした時に顔を出して、私をひどく苦しめる。
無かった事に出来れば、忘れてしまう事ができれば、どんなに良いか。
虐待された傷は一生残って永遠に消えない。
ただありのままを受け入れて、自分に自信が持てるよう、懸命に足掻くだけ。
ねえアレキサンドラ、忘れてしまいたい過去があるのは、何も君だけではないんだよ?
弱い私は、誰にも言えない心の傷を抱えて、今を懸命に生きている。
だから、早く忘れた方がいい。
旅はこれからもまだ、続くのだから——。
レイモンドの告白編でした。
ただのチャラ男ではありません。




