最終試験
私達が独特のほろ苦い空気に浸っていると、例によってレイモンド様が明るく登場した。
「もういいかな? リオン、アリィちゃん借りてくよ。剣の腕前どの程度上達したか見てみたいし」
相変わらず自由人だ。
予想通り剣のテストをするのだという。反対するかと思っていたリオネル様は、あっさり頷いた。彼は彼なりに私の意志を尊重しようとしてくれているのだろう。
部屋を出た私は、レイモンド様の後をついて行く。どこでテストをするのかと思っていたら、騎士のための訓練場に案内された。その場にいた騎士や見習い達がこちらに注目している。
「あの、レイモンド様。ここって女人禁制のはずでは?」
「寮内じゃないから、ここまでは大丈夫。よく追っかけとかファンも来るし。黄色い声援でやる気が出るなら、彼らにとっても願っても無いことだからね?」
そうなんですか。
意外と自由なんですね、騎士団は。
可愛いレオンが悪に染まっていないといいけれど。そう思って義弟を探すけれど、見当たらない。
最近は手紙を出しても返事も来ないし、私の誕生日にチラッと会っただけで家にも帰って来ない。元気でいるといいけれど。きっと見習いの仕事はものすごく忙しくて、自由時間がほとんどないのだろう。
レイモンド様の姿を見かけて、背の高いがっしりした鳶色の髪の男性が走ってきた。彼は新しく近衛騎士団長になった人物だそうで、エリオットと名乗った。
「初めまして。私はアレキサンドラ=グリエールと申します。弟のレオンがいつもお世話になっております」
そう挨拶したら、何とも言えないような複雑な表情をされてしまった。
「存じております。今日はよろしくお願いします」
「?」
何をよろしくされたのだろうか?
それにどうして私のことをご存知なんだろう? 私はレイモンド様に剣の上達具合を見てもらうために来たはずだ。この方はなぜ、ここにいらっしゃるの?
「彼は、もう用意できてる?」
レイモンド様がエリオット様に問いかける。
「はい。本人も最終試験とわかっておりますから、手は抜かないはずです」
「???」
レイモンド様は横に置いてあった大きな箱を開けると、中身を取り出した。
「アリィちゃん、はい、これ。間に合って良かった。危なくなったら止めるけど、相手は強いから油断しないようにね? それと、真剣にやらないと怪我をするから気をつけて」
渡されたのは以前注文していただいた軽めの両手剣。オーダーメイドだから、手にもしっくり馴染む。でも、手合わせの相手が騎士様ってかなりハードルが高いのでは?
剣術の先生しか相手にしたことがないから、万が一の場合は潔く逃げよう。命の方が大事だもの。相手が優しいと良いのだけれど。あ、でも試験って言ってたから本気でくるかもね? これに合格すれば、私は正式に旅の仲間に加えてもらえるということ?
手合わせの相手と思われる、向こうから歩いてきた長身の男性には見覚えがある。誕生日以来会えなくて、ずっと会いたいと思っていた。
サラサラの金の髪、深く青い瞳、端整な美貌の私の義弟。その身には、白い上下に青が入った騎士の正装を纏っている。
レオンは私に近付くと、ニコリともせずに一礼した。
手合わせの相手が、義弟だなんて聞いていない。というより、これが『最終試験』だったなんて……
緊張して息苦しくなってきた。
最終試験って私の?
それともレオンが騎士になるための?
どちらにしても手は抜けない。
義弟は私が素人だと知っているから、どうかわからないけれど。
レイモンド様やエリオット様、試験官らしき人物の他にいつの間にか騎士達の人垣が出来ている。中にはリオネル様の護衛やザック様など何度か見かけた顔もある。
「相手はあいつの姉さんなんだけど……」
ザック様が驚くのもわかる。
正直私も驚いている。
何でレオンの相手が私なの?
「アリィちゃん、お互いに準備ができたら始めるよ」
レイモンド様に声をかけられ、レオンの方を見る。表情を消し去った彼の顔は、作り物の彫像のようだ。動揺している私とは違い、彼は落ち着いているように見える。
お互いに打ち合うのは初めて。姉弟として育ってきたけれど、まさかこんな日が来るとは思っていなかった。母のマリアンヌが見たら、卒倒するかもしれない。
正面で向かい合い、構える。
こういう所は、剣道とさほど違いは無い。私が正眼に構えるのとは対照的に、彼は長剣を斜めに構えている。睨み合い、互いに間合いを読む。
ジリジリと相手を見ながら動くけれど、遠慮をしているのか義弟は攻撃して来ない。タイミングを計っているのかもしれないし、怪我をさせないように私の実力を見極めようとしているのかもしれない。
それなら、遠慮なく。
飛び込んで軽く打ち合う。
思った通りレオンの剣は重く、躱さないと押し負けてしまう。
一旦飛びのいて体勢を立て直す。
適当に打ち合って、という思いはどこかにいってしまった。筋肉痛も気にならない。
ガキン、キン
こうしているのは、意外に楽しい。
何も知らなかった小さな二人にはもう戻れないけれど。
それにしても、無表情のレオンが気になる。受け流すだけの彼は、一体何を考えているんだろう?
全く本気を出していないレオン。偉そうな事を言えたものではないが、剣にも心にもまだ迷いがある。そんなんじゃ、騎士になれないかもよ? 大丈夫なの? 自分のことより義弟を応援したくて考える。
そうだ! 閃いた!!
昔からレオンは、私の方から極端に近付くと嫌がるクセがある。それなら……
一気に跳んで間合いを詰める。
ギーン
受けられるのは、予想通り。
ここからつばぜり合いに持ち込んで、顔をググッと近づける。レオンの青い瞳が揺れる。やはり、近付かれるのは苦手なようだ。自然と笑みがこぼれる。
けれど、一旦目を伏せた義弟は何かを考えたようで動きが急に変わった。
今までとは違い、遠慮なくガンガン打ち込んで来るレオン。
ガキン、ガキン、ガッ
一つに結んだ私の髪が激しく揺れる。避ける時に少しだけ髪が切れたかも。残念ながら防戦一方で、本気を出した彼の前には手も足も出ない。徐々に手が痺れて使えなくなってきた。連日の稽古による足の痛みもぶり返してきたようだ。
ガン、ガイン、ガキン
何があったの?
本気で勝ちに来ているのはわかるけれど、先ほどの無表情とは違う。怒っているようにも泣いているようにも見えるのはどうして?
「あっっ」
余計なことを考えていたせいか、よろけてバランスを崩してしまった。私の剣は手から弾き飛ばされ、その勢いで尻もちをつく。
残念! やっぱり負けてしまったか。我ながらよく持った方だと思う。普段騎士の訓練を受けている人とは、力の差があって当然だ。途中までレオンが手加減してくれたお陰で、怪我をせずに済んで良かった。でもまあ、終わってみれば楽しかったかな?
微笑んでレオンを見上げる。
けれど私は、信じられないものを目にしてしまった。
彼はそのまま、無表情で私を見下ろしている。そうかと思えば長剣を大きく振り上げ、私の元へ振り下ろそうとしていた。
何で? まさかっ!
目を丸くして恐怖で固まる。
ヒュッと鋭い音を立てて、頭上に剣が振り下ろされる。
私は思わずギュッと目を閉じた――
「そこまで!」
エリオット様の声がかかる。
恐る恐る目を開けると、振り下ろされた剣は私の頭上何センチかでピタッと止められていた。もし声がかからなければ、斬られていたかもしれない?
酷薄なレオンの表情に変化は無い。けれど、今見た光景が信じられない。大好きな義弟が、明らかに負けたとわかる私に対して、トドメを刺しにきたなんて!
恐怖が背中からジワジワとせり上がってきた。目を見開き、ガタガタ震え出す。
地面にへたり込んだままの私は、力が抜けて立てそうもない。片やレオンは、無表情で私を見下ろしている。その青い瞳には、何も映っていないよう。
彼は長剣をその場で大きく一振りすると、鞘に戻した。一応倒した相手に対する礼儀なのだろう。まだ立てない私を起こすために、白い手袋を嵌めたままの手を差し出してきた。
ここにいるのは、誰?
怖い――怖くて私は、その手を掴むことができない。
激しく首を振って拒絶する。いつもの彼なら、こんな時は嫌そうな顔をするか心配そうな顔をするはずなのに。レオンは表情を変えずに無言。差し出した手を下ろすと、エリオット様達の方を見て軽く礼をした。
「レ……」
話かけようとするけれど、唇が震えてうまく声にならない。レオンはレオンで、試験が終わると私に何の関心も無くなったかのよう。くるりと背を向けると、この場からさっさと立ち去ってしまった。
今のは何?
起こったことが把握できない。
呆然と地面に座り込んでいたけれど、しばらくすると、辺りの音が段々聞こえるようになってきた。
ギャラリーがざわついている。ザック様がレオンに駆け寄る様子が見えた。義弟は他の人にも囲まれて、何か言われているようだ。最後の容赦のない攻撃を、非難されているのだろうか?
歩み去るレオンを見ながら、私は思う。
最後に剣を振り下ろしたレオンは、私を本気で倒しに来たようだった。彼にとっては騎士になるのが最優先で、義姉であろうがなかろうが、私の存在はきっと関係ない。
それは、私が初めてレオンに恐怖を抱いた日でもあった。




