誕生日〜伝えられた真実
翌日の空は雲一つない快晴だった。
青い空と緑の木々が目に眩しく、我が家自慢の庭園には薔薇の花が咲き誇っている。この国は一年を通して温暖な気候なので、晴れた今日は爽やかな良い1日になりそうだ。
昨夜は想いに気づいたせいで、本気で眠れないんじゃないかと心配した。けれどいつの間にかぐっすり眠っていたようで、目覚めると朝が訪れていた。我ながら結構たくましいと思う。
昨日のレオンを私はおかしかった。
レオンを見てリオネル様に会いたいと思うなんて。二人は全然似ていない。綺麗な月が幻を見せたのかもしれない。
私は今日から大人になる。他人に迷惑をかけないように、より一層考えて行動しなければならない。16歳は、この国では正式に成人だと認められる。社交界にデビューできるし、お酒も飲める。親が認めれば結婚だってできるようになったのだ。結婚……幼なじみのリオネル王子を思い出した私は、また胸が苦しくなってしまった。
「どうかしたのか?」
朝食の席で兄が優しく聞いてくる。ヴォルフは立ち居振る舞いだけでなく、食事の所作も優雅で洗練されている。でも、さすがにこの気持ちを相談するわけにはいかないので、私は首を横に振った。
レオンは片方の眉を上げただけで、何も言わない。昨夜の事を気にしていないといいけれど。
私は、今度は両親に目を向けた。
父と母は相変わらずで、二人は朝から仲が良い。
互いに目配せをして、何やら会話をしているようだ。でもこんな時間に起きているなんて、お母様ったらどうなさったの? いつもは自分の部屋でお昼近くまで過ごすのに。
一家揃って朝食のテーブルを囲んでいる。特別な日の、光あふれる幸せな朝。大好きな家族と一緒に過ごせることが嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
朝食の後で家に届けられていた品々を見た。
綺麗な包みに添えられていたのは、女友達からの温かいメッセージ。色とりどりのカードに書かれた成人や誕生を祝う言葉に、嬉しくって泣きそうになってしまった。私はここで、得難い友人を得ることができた。彼女達とは今でも親しく付き合い続けている。
本当に私はなんて幸せなんだろう。
これ以上を望んだら、きっとバチが当たるに違いない。
お父様から、改めて話があると言われた。
きちんとした恰好で応接室に降りてくるようにと。
朝食の席で話してくれてもよかったのに。もしかして、成人としての心得を聞かされるのかしら。それとも、社交界のデビューの日取りが決まったの? どちらにしても着替えなくてはならないから、私はみんなに挨拶をすると急いで自分の部屋に向かった。
部屋に戻ると待ち構えていた、侍女改め太鼓持ちーズに捕まった。用意されていたのは、スクエアカットで胸の部分が大きく開いた青いドレス。スカート部分が長くて動くと足元にのぞく白のサテン生地が揺れる。大人っぽいドレスに身を包んだ私は、髪も結い上げてサイドを少し垂らしてもらうことにした。
首に飾るのは、兄から贈られた青い宝石。髪にはレオンの水色と白の髪飾りを合わせた。リオネル様からいただいた黄色い宝石は大切にしまってある。張り切っていた彼女達に念入りな装いをされたから、結局、お昼近くまでかかってしまった。
「お嬢様今日もお綺麗ですわ」
「まるで女神様ですわ」
「連れて回って見せびらかしたいですわ」
太鼓持ちーズは、今日もとても良い仕事をしてくれている。ちゃんと褒めて送り出してくれたし。でも、誕生日だからって着飾り過ぎではないかしら?
そう思いながら我が家の応接室に行くと、家族の他になぜかレイモンド様までいらっしゃる。
なぜ彼がこの場に?
今日は特に誕生会をする予定もない。
しかも、みんな揃って私を見ている。
何だかとても嫌な予感がする。
「成人したお前に、話さなければならないことがある」
父の公爵が重々しく口を開いた。
私は長椅子に座る母の隣に浅く腰かけると、黙って頷いた。
近くには兄が立ち、後ろでは義弟が腕を組んで壁に寄りかかっている。正面の椅子には父が座り、その隣の椅子にレイモンド様がいらっしゃる。
みんなが痛ましいような目で私を見るから、不安はどんどん高まった。私は膝の上に置いた手をしっかり握り合わせると、覚悟を決めて父の話を聞くことにした。
明かされた内容は、全く予想もしていないものだった。
私――アレキサンドラは、公爵令嬢では無かった。似ていないと悩んだ美貌の両親や兄は、似ていなくて当たり前。だって、他人だったのだから。実の父親は、父だと思っていたグリエール公爵の親友で、隣国の王家に縁のある者。けれど、トーマス=リンデルという名を、私は知らない。双子の姉がいると言われても、記憶が無いから実感が全くわかない。
話を聞いているうちに、手の指先がショックでどんどん冷たくなっていった。そんな私の手を、母――いいえ、母と慕っていたグリエール公爵夫人が握ってくれる。公爵の声が遠くで聞こえている。話を聞いてはいるけれど、言葉が素通りするらしく、なぜか他人事のように感じた。心配そうに見つめているのは、兄だと思っていた公爵子息のヴォルフだ。
後ろから気遣うように肩に手を置いてくれるのは、義弟のレオンだろう。
ごめんね、レオン。今まで偉そうなことばかり言って。私はこの家の本当の娘ではないみたい。そればかりか、この国の人間ですらなかったみたい。
父の話に時々補足をしながら、全く知らない本当の父親の話をするレイモンド様。父と容姿が似ていると言われたって、見たことも会ったこともないからわからない。実の親だと急に言われても、会いたいのかどうかすら定かではない。
今日は私の誕生日。
16になって、大好きなこの国の成人の仲間入りをするとばかり思っていた。こんなにつらい日になるなんて、夢にも思っていなかったの。
公爵夫人とヴォルフが私の手を握り、レオンが肩に置いた手に力を込めてくれている。けれど、ショックのあまり自分の身体が細かく震えているのがわかる。耳を塞いで目を閉じて、何も聞かずに何も見ず、全てを拒絶してしまえば……少しは楽になるのだろうか?
大事にしてくれたのはわかっている。
今まで真実を語らずにいてくれたのは、彼らの優しさだろうということも。けれど、わかっていても理解ができない。だって知らなかったのは、当事者である私だけみたい。その証拠に周りの誰も驚いていない。私以外の全員が、事情を知って既に理解していたようだ。
――どうして。
どうして誰も教えてくれなかったの?
優しさを勘違いする前に、ひと言伝えておいてくれたなら。
――なぜ。
なぜそんな憐れむような目で私を見るの?
真実を隠していたのは、私が傷つくと予想したから? 家族として過ごした日々、贈り物や優しい言葉の全ては、私を悲しませないために気遣いから出たものだったのね。
孤立していた頃のつらい思い出。
過去の記憶がフラッシュバックする。
いじめられたわけでもないのに、妙に疎外感を覚えてしまった。
頭も冷えて鈍くなっていくようだ。
周りの音もどうでもよくなる。
けれど、そんな頭がレイモンド様の言葉だけをはっきりと捉えた。
「トーマス=リンデルは戻って来た時には以前と全く異なった姿で、発音の難しい別の名前を名乗っていたそうだ」
次の言葉を聞いた瞬間、私は絶叫し意識を失った。
「トーマス=リンデル……彼は、トーマ=タカクラと名乗っていた」