伝えられなくて
僕はこの国の王子であるリオネル。
成人したら一番に、幼なじみのアレクと踊ると決めていた。幼い日から温めていたこの想いを彼女に伝えようと。【黒い陰】のせいでアレクが倒れたから、その願いは叶わなかったけれど。
いつだって、彼女は僕の心の一番大事な場所にいる。アレクが笑いかけてくれるだけで、僕の心は舞い上がる。
だから、仮装パーティーに誘われた時には嬉しかった。元気になったという彼女にゆっくり逢えるから。
急だからヴォルフに日程の調整ができるか聞き、出席の返事をした。
「貴方次第ですがね」と、黒い笑顔で微笑まれたのには参った。これから数日、休む間も無く忙しくなることが予想されたが、この時仮装の衣装は『魔王』にしようと閃いた。
仮面を付けて恥ずかしそうにしていても、アレクのことは直ぐにわかった。キレイな身体の線を出す、白と水色のドレスに黄金の髪が良く映えていて、『人魚』は息を呑むほど美しかった。レースで隠されているけれど、衣装は前と後ろが深く抉れていたから、余計に想像を掻き立てられた。
近くに行って話かけたかったが、他の女性に囲まれてしまって中々近付くことができない。笑顔で他の男と話す彼女を見ると、思わず顔が強張った。
彼女の兄で僕の秘書官でもあるヴォルフは、人魚に似合う『海賊』の衣装を自分用にちゃっかり用意している。壁に手を当てそんなふうに顔を寄せて妹と話すのは、変じゃないのか?
最大のライバル、アレクのお気に入りのレオンは、友達を連れて来ていた。挨拶されたが、騎士全員の顔を覚えているわけではない。ザックと名乗った彼とは、これが初対面だという気がする。
レオンもその友達も、やっぱり彼女に近付き過ぎだ。特にザック! 話しかけられてそんなに幸せそうな顔をするなんて。アレク狙いなのが周囲にバレバレだ。ぶすっとするくらいなら、レオンもそいつを連れて来なければいいのに。
近衛騎士団長のガイウスにはいつも護衛をしてもらっている。顔馴染みだが、彼もアレクと近付き過ぎだ。爽やかな笑顔で彼女を惑わせないといいけれど。叔父のレイモンドが来る予定だったから、彼の衣装はそのままだ。けれど『吟遊詩人』は確実に彼には似合っていない。
アイボリーの長いローブに革のサッシュベルト、頭には金環を載せ竪琴らしきものを持っているが、竪琴が無ければそのまま闘技場にでも行けるかもしれない。
ワルツの調べが流れ出したので、「失礼」と周りに断ってアレクの元へ急ぐ。
成人して一番のダンスは無理だったけれど、パーティーで一番に踊るのは僕であって欲しい。手を差し出して正式に申し込む。
「アレキサンドラ嬢、最初の1曲を私と踊っていただけますか?」
「はい、リオネル様、喜んで」
彼女はそう言うと、恥ずかしそうに微笑んですぐに応じてくれた。そんな顔して頬を染めて笑うなんて、可愛い過ぎて反則だ。淡い瞳で容姿が少し変わっても、仮面で顔が隠れていても、そこには僕のよく知る可愛らしい幼なじみがいた。
心がじわっと温かくなる。
だから彼女に話しかけられた時、思わず本音が出てしまった。
「こんな魔王様に誘惑されたら、人間なんてひとたまりもないですわね」
「誘惑するのはアレクだけでいいよ」
自分の言葉で真っ赤になるアレクを見るのは、非常に気分がいい。
このまま想いを告げてしまおうかと、彼女の腰に回した手に力を入れて一気に距離を縮める。
「大人になったら一番に、君とこうして踊りたいと思っていたんだ」
感情を込めて耳元に甘く囁くと、何故かキョトンとした顔をされてしまった。
「光栄ですわ」
型通りの返し方でニッコリ笑う彼女。
絶対通じていないのがわかった。
僕の幼なじみは、時が経った今でも非常に鈍い。
気軽な内輪のパーティーのはずなのに、ヴォルフに諭されてアレクを奪われたから、次の機会を待つことにする。まったく、妹を溺愛するのもいい加減にして欲しい。
入れ替わるようにガイウスが踊っている。彼もちゃっかり機会を狙っていたとみえ、とても楽しそうだ。竪琴はどうした、竪琴は!
他の男が彼女に触れる度、「僕のアレクだ」と言いそうになる。さっさと婚約していれば、こんな思いはしなくて済んでいたのだろうか?
ジリジリしながら機会を待つ。
誰かと踊ったけれど、相手をあまりよく覚えていない。ようやく機会が巡ってきたので張り切って申し込むと、あっさり断られてしまう。
「私ばかりがリオネル様を独占するわけにはまいりません。脚も疲れましたし、お腹も空きましたので」
料理に負けたのか、とひどくガッカリする。僕のアレクは、相変わらず容赦がないようだ。
彼女と一緒にビュッフェを取りに行く間も、別の男が声をかけてくる。王子が隣にいるのに、遠慮というものを知らないのか? ザックはレオンの友人だから、これは彼の差し金だろう。僕をアレクに近付けまいと、友人まで使って邪魔をしにきたのか。
僕が「アレク」と呼ぶように、彼は「アリィ」と愛しそうに呼ぶ。血の繋がらない1つ上の彼女が好きな事は、はたから見ても良くわかる。今は騎士団の寮にいるらしいが、もしこの家に戻る事になったら……。そう考えると不安になる。城に戻ったら、騎士の帰省を制限するよう言っておこう。
アレクは本当にお腹が空いていたようで、次々と料理を皿に盛ってはニコニコしている。邪魔になる仮面も外したから、彼女の表情がよく見える。料理の入った皿を持ってあげたら、幸せそうに笑い返してくれた。その様子がとても愛らしく、小さな頃の彼女を思い起こさせた。……隣のレオンが邪魔だが。
アレクは、いつの間にか側に来ていたアイリス嬢と笑顔で話していた。アイリス嬢は例の事件の関係者。アレクにわざと害を与えたわけではないが、彼女の『時』を奪う原因の一端を担った女性だ。そんな相手を許して以前と同じように仲良く接するなど、なかなか出来ることではない。
――僕のアレクは、寛容で心が優しい。
そのアレクは、どうやらアイリス嬢をチラチラ気にしているようだ。そうかと思えば僕の目をじっと見つめて、訴えている。彼女を目で追っていた僕には、何を言いたいかがわかる。だからアレクの希望に沿うように、アイリス嬢をダンスに連れ出した。
ねぇアレク、僕が踊りたいのは君だけなのに……僕の愛しの君は、時々残酷だ。
戻った時にはアレクがいなかった。しばらくして外から戻って来た彼女は、顔が少し赤かった。
どうしたのだろう?
心配して近付く前に他の男に攫われる。騎士団のザックだな。覚えていろよ?
他の女性と話している間に、アレクはパートナーをレオンに代えていた。鈍いアレクは気付いていないようだが、レオンの表情は義姉を見るそれではない。彼の切ない表情に親近感を覚え、ふとこんな考えが浮かんだ。
なあ、レオン。互いにアレクを好きでなければ、お前とはもっと仲良くできたかもしれないのにな。
今日もまた、君に想いを告げられなかった。
僕の愛しい幼なじみ。
アレク、君が好きだよ。
これからもずっと隣で笑って欲しい。
君は、僕のことをどう思う?




