今すぐ逢いたくて〜リオネル
僕はリオネル。アレク――アレキサンドラの幼なじみだ。
僕がその報告を聞いたのは、3日前。
大切なアレクが、とうとう目覚めたのだという。驚きと喜びのあまり、頭の中が一瞬真っ白になった。
けれど、僕は先日成人したばかり。公務を途中で放り出す訳にはいかず、彼女の所に駆け付けたい気持ちを何とか抑えながら、目的地まで馬車の中で悶々と過ごしていた。
心の中の感情を押し隠し、穏やかに微笑んで集まって来た人々に手を振り返す。
ここは、港町バラカ。この町は可愛らしい三角屋根のカラフルな建物が並び、我が国でも漁の盛んな地域だ。もうじき水揚げするはずの魚を狙って、海鳥たちが良く晴れた青い空を旋回している。
名物は、白身の魚に香草をまぶし蒸し焼きにした料理。
「アレクに言ったら、すぐにでも食べたいと言い出しそうだ」
可愛いものやお菓子も好きだが美味しい物にも目がない彼女のこと、連れて来たらどんなに喜ぶことだろう。
今までは彼女のことを考える度に『目が覚めたらいつかきっと』と暗い気持ちで考えていたけれど、これからは『時間が合う時に』と続けることができる。もしも彼女と正式に婚約する事ができたなら、これからは公務の時間も一緒にいられる。そう考えると幸せで、心が満たされるようだった。
早く会いに行きたい。
眠り続ける彼女を頻繁に見舞いに行っては公爵家に迷惑がかかる、と自重してきた。
だがこれからはまた、以前のように親密に交流できるはずだ。
アレクは起きた時、どんな反応をしたのだろうか?
その瞬間に立ち会えなかったことが、すごく残念だ。
成長した自分を見て、きっとびっくりしたに違いない。
彼女が大きな瞳を溢れそうな程見開く様を想像して、思わずクスクスと笑う。
「おーじさま、たのしそう。みんな、おこしをおまちしてました。お花をどうぞ」
茶色の髪の小さな少女から歓迎のブーケを受け取ると、自然と本物の笑みがこぼれた。
「心のこもった歓迎の言葉をありがとう」
握手のために膝をついてにっこりと笑いながら、ブーケを持っていない方の手を差し出す。すると、少女は小さな手で握り返し、可愛らしく頬を染めてうつむいた。
そういえば、小さな頃のアレクもこんな感じで可愛らしかったな。
公務をしながら別の事を考えてしまう自分は、お世辞にも王子として優秀だとは言い難い。一刻も早く幼なじみに会いに行きたいと考えていると知ったら、町の人はきっと呆れてしまうに違いない。
想いを遠くに置いたままではあるけれど、まともに仕事をしようと気を引き締めて残りの予定をこなしていった。
護衛と称して調査のためにこの町に一緒に来ていたレイモンド。彼とその部下と落ち合い、報告を受けた。【黒い陰】の被害はだいぶ減ったものの、先日もこの町で人がいなくなったばかりだという。
レイモンドは調査の責任者で、国王である父ラルフの弟、僕の叔父でもある。今年26歳の彼は長い金髪を後ろで結び、僕と同じ碧の目をしている。目尻の垂れた柔和な顔立ちは女性に人気で、本人も女性とみれば挨拶せずにはいられないから、華やかな噂が途切れた事はない。けれど本当は、情報局で仕事をしている彼。女性に対する人当たりの良さは、内偵のためにもカモフラージュのためにも必要なスキルだったんじゃないかと協力している今ならわかる。
「なぜ今まで結婚しなかったのですか」
叔父に一度聞いたことがある。
決してモテないわけでは無いのに……
すると、彼はこう言った。
「私の全てを受け入れて、それでも良いと言う人が現れればね」
冗談めかしてウインクまでされた。
危険を伴う仕事柄、結婚を安易に考えられないのはわかる。けれど、王弟という立場なら本当は危ない仕事を他人に任せて、もっとのんびりすることができるはずだ。
国を憂う気持ちは同じだが、『優秀過ぎるのも問題だな』と悲しく思った。
成人して良かったことは、堂々と国政に携われるようになったこと。『子供だから』と秘匿されていた様々な裏の事情も開示され、望めばある程度まで関わることができるようになってきた。
幼なじみのアレクを襲った事件。恐ろしい【黒い陰】の調査にも、解決に向けて協力できるようになったのだ。また、我が国では成人後に行われる王太子立太の儀の後は、結婚して『王太子妃』を持つことが許される。
僕の心は既に心は決まっている。
4年もの間、何度見舞ってもアレクは眠ったままだった。その間他の令嬢達の様々なアプローチを受けたが、まったく関心はなかった。
我ながら幼なじみに執着し過ぎるな、と苦い思いで考える。会えない日々も愛しさは募るばかりで、留まるところを知らない。どうすれば彼女と婚約できるかと、今はそればかり考えている。
王都に戻る馬車に揺られながら、思う。
もうすぐ彼女に会える。
以前より背も伸びて大人になった僕を見て、君は何を思うのかな? 今度こそ君は、ただの幼なじみではなく、男として僕を見てくれるのだろうか?
楽しい想像をしながら、逢いたい気持ちが少しでもアレクに伝わればいいのに、と僕は願った。